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第4話 御前会議

 緊急の御前会議が開かれた。

 クレダイン王とリルム王女の前に、各省の省長と王国軍の軍団長が並ぶ。各省、各軍にはそれぞれ決まった「色」があり、それぞれ制服のどこかしらに基調としてそれらの色が使われていた。

 人文・社会科学系の省は赤。内務省、外務省、財務省などがそうだ。

 理工系の省は黄色。物理科学省、地理省などがそうだ。

 そして生物系の省は青。魔法省もここに入る。

 赤、黄色、青の列と相対するように、白、黒、緑の列が並ぶ。こちらは光輝こうき軍、闇煌やこう軍と兵站軍の各軍団長、師団長の列だ。


 リルムは祖父バークレー王の膝の上からこの御前会議を眺めるのが好きだった。今の五倍の人々が色鮮やかなタペストリーを紡ぐ様を綺麗だと思っていた。だが、今はそんな呑気な気分ではいられない。父王と共に、この場を仕切る立場にあった。


 居並ぶ長たちの真ん中には、魔法省の省長ジルギスが魔術で可視化した隣国の飛翔体のイメージが浮かんでいる。先の尖った円筒に八枚の風切り羽を付けたような形をしている。機織りで使うロケートのようだと、誰言うでもなくロケートと呼称された。

 立体映像が誰からも見やすいように位置調整を終えると、ジルギスは自分の役割は終わりだと言わんばかりに、居並ぶ省長の末席で考えごとに耽っていた。


「では外務省直属の諜報部より報告を……」


 大仰な白髭をたくわえた外務省の省長がそう切り出すと、後を受けて、そばに控えていた諜報部門の部門長が静かに話し始めた。


「諜報部、バルシアです」


 流れるような銀髪を揺らして右腕を前に払い、略式の礼をする。流れるような物腰が嫌味なく優雅で、それが似合う男だった。魔法省の省長ジルギスと、諜報部門長バルシアは、王宮勤めの女性たちの人気を二分する美形どころだった。


「陛下。良い報告と悪い報告が一つ、そして最悪の報告が一つございます」


 自分の発したその物言いに場がざわつくのを、バルシアは愉しんでいる。リルムはバルシアのこうした斜に構えた話し方が鼻につくので、好きではない。


「良い報告から聞こう」


 クレダイン王はバルシアの皮肉な物言いを意に介さず、そう話を向けた。


「御意。隣国ガルスの飛翔体ですが、小型で人が搭乗できるサイズではありません。まだ試作段階であろうと思われます」

「ン! 物理科学省から補足を。人が搭乗するには、三倍、いや五倍のサイズが必要と思われ、開発期間は……少なく見積もっても、二年はかかると思われます!」

 そう物理科学省のガシュミットは補足すると、「ン! ン!」と咳払いをして、いったん話を終えた。


「ふむ。して、悪い報告とは?」

「その構造的特徴についてです」

 バルシアは、また割り込むつもりならどうぞとガシュミットを見た。が、ガシュミットはそんなことにはお構いなしに、バルシアに一瞥いちべつもくれず話し始めた。


「ン! 例の飛翔体の残骸からは、吸気口のようなものが確認できませんでした」


 つまり、燃料とそれを燃焼させるための酸素を内部に保持する構造だということだ。


「私どもは先日、宇宙に空気がないことに気がついたばかりですが、奴らも既にそれを知っていた、ということになります」

「我々が先んじていると過信してはならんということだな」

「左様で……」


 ガシュミットは今度は咳払いはせずに、そっと下を向いた。


 重苦しい空気を破り、クレダイン王が言った。

「して、最悪の報告とは?」

「は。例の飛翔体ですが、軍部の見解によりますと、先端部に火薬を詰めることで、兵器への転用も可能とのこと……」

「なんですって!」


 これには、リルムも驚きを隠せず、思わず叫んでしまった。


 ――あぁ。お人好しなのはお父さまじゃない。私の方がよっぽどお人好しだわ。やつら、たとえ月の石の勝負に負けたとしても、この国への侵略の手を緩めたりはしないんだわ。


 しかし、リルム王女以上に感情をあらわに怒り出した者がいた。

「まったく、けしからんことです! これは、科学を冒涜する悪業以外の何物でもない。科学は……科学をこんな……兵器なんぞに! 科学は人々に豊かさをもたらす福音でなければならんのです。こんな……こんな! こんなことは、断じて許されん!」


 ガシュミットが口角から泡を飛ばしながら吠えた。彼の信条から、科学を兵器に応用することは正視に耐えない行為なのだろう。上下に激しく腕を振るたびに、彼の大きなお腹が揺れる。

 しかし、その怒りを我々に向けられても。会議の出席者たちはガシュミットに同情しつつも、白けた空気を漂わせている。リルムを除いて。


 ――そうよ。だからこそ、負けるわけにはいかない。


 リルムはガルス共和国の宰相のニヤけ面を思い出しながら唇を噛み締めた。


 隣国の飛翔体ロケートについては、引き続きその進捗状況を諜報部で監視することになった。

 また、シュタークでもロケートの研究を進める必要があると、物理科学省が担当することになった。あくまで平和利用のためだと、皆はガシュミットを説得した。ただ、ガルスに一周遅れという厳しい現状を覆すのは用意ではない。月へ行くミッションは引き続き、リルム王女と魔法省を中心に各省が協力して進めると、改めて確認された。

 そして。万一のロケートによるガルスからの攻撃への備えについては、闇煌やこう軍と兵站軍で協同し、対策案を練ることとなった。


   🌔


 御前会議から戻ったジルギスが魔法省のメンバーに報告する。リルム王女も一緒だ。


「私たちもうかうかしてられないわ。課題を洗い出して一つずつ対策を立てていきましょう。残された時間はしかないわ」


 ジルギスは王女が敢えて期間を短めに話すのに気がついたが、わずかに目を細めただけで何も言わなかった。


 ひとことで「月へ行って、月の石を持って帰る」と言っても、そのプロセスはいくつもの段階に分けられる。

 まず、地球の重力を脱して宇宙に行く。そこから月を目指す。月周回軌道に乗る。月面に降りる。月の石を収集する。月の重力を脱して再び宇宙に行く。地球を目指す。地球に降下する。無事に帰還する。

 移動に転移魔法を使ったとしても、それだけでは解決しきれない問題が山積していた。


「今日は宇宙服の試作品が出来たから、試してみましょう。まだ試作品だから、問題点はあると思う」


 リルム王女がそう言うと、お付きのガーベラが台車に乗った大きな荷物を運び込んできた。真空実験の時に見たガラス球を取り付けたようなヘルメット、白いゴーレムかと見紛う、腕や足先までひと繋がりのジャケットやズボン。チューブ状のものがびっしりと縫い込まれたシャツ。

 大きな荷物だったが、これで一人分しかないとのことだった。


「これはなんですか?」

 副長のオリディアがチューブがびっしりと縫い込まれたシャツを指さして聞いた。


「下着だ。縫い込まれたチューブに水を流して体温が上昇するのを防ぐんだ。水は魔石を仕込んだこの装置で冷却、循環される仕組みだ」

 宇宙服の開発にも関わったジルギスがそう答えた。


「さ。眼鏡めがねくん。着てみせて」

 リルム王女にそう促されたものの、最初におむつを着用すると聞いて、カイトは女性陣には一時退室を懇願した。オリディアは唯々として部屋から退散したが、リルム王女は、私は気にしないと抵抗した。

「姫殿下がお気になさらなくとも、彼が気にされるのです」

 そう言うと、ガーベラはリルム王女の車椅子を押して無理やり退室した。


 水冷チューブを編み込んだ冷却下着を装着した時点で、かなり動きが制限されることがわかった。


「これ、自分では着られそうにないです……」


 ジルギス、オリディア、そしてガーベラまでが手を貸して、ようやく宇宙服を装着することが出来た。

 宇宙服は、気密性と断熱性を確保するため、七層にも及ぶ様々な素材の集積体だった。それでも耐圧性能を高めるためにはまだ尚、改良の余地があった。

 胸のところにホースの取り付け口のような金具が付いている。


「そこに酸素ボンベを繋ぐのよ」

「前にあると邪魔ですね」

「まぁね。でも、前だと酸素ボンベの交換を一人で出来るでしょ」

「あ、そっか……」


 最後にヘルメットを装着する前に、ジルギスがカイトの耳から顎下にかけて、通信用のインカムを取り付ける。これも魔石を利用した小型軽量なアイテムだ。


「テスト、テスト。カイト聞こえるか?」

「はい。ばっちりです」


 右手の親指を突き上げ、カイトはジルギスに答えた。


「じゃあ、ヘルメットを被せるわね」

 オリディアとガーベラが左右からカイトを挟むようにしてヘルメットを被せた。


 酸素ボンベを含めた総重量は120キロ。カイトは立っているのが精一杯だった。


「動けません……」


 インカム越しに訴えた。


「転移魔法があるじゃない?」


 リルム王女がそう言うと、裏庭の惨状を魔法省の部屋でやられてはかなわないと、ジルギスが猛反対した。


「冗談だって」


 カイトは宇宙服を部屋に運び込む時に使った台車に乗せて運ばれることになった。


   🌕


 宇宙服を着込んでの転移魔法の使用は、転移距離が著しく短くなってしまうことを除けば、問題はなかった。

 プールを使った気密性の確認実験はいったん見送られた。カイト自身の体重を含めて、約180キロ。自分でプールから上がることはおろか、人が手で引き上げることも難しい。

 滑車を使ったステージのような昇降装置を用意する必要があった。


「疲れたか?」

「まぁ、それなりに……」


 ジルギスが疲れを癒やすポーション効果のあるお茶をカイトに手渡す。


「ありがとうございます」


 沈黙。今はジルギスとカイトの二人しかいない。


「どうしたんですか?」


 沈黙に耐えかねてカイトがそう言うと、ジルギスが言った。


「それを飲んだら、ちょっと付き合ってくれ」

「あ、はい」


   🌖


 何ごとかと身構えるカイトを連れ立って、ジルギスは、これまでに何度も転移魔法の実験を繰り返してきた裏庭にやってきた。


「負荷重量、転移範囲、どちらも問題ないはずだ。カイト、俺を連れて転移してみろ」


 ジルギスは、静かにそう言った。

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