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王立魔法省に課されたミッションは月へ行って石を持って帰ること。隣国よりも先にね!
王立魔法省に課されたミッションは月へ行って石を持って帰ること。隣国よりも先にね!
潯 薫
異世界ファンタジー冒険・バトル
2024年12月16日
公開日
4万字
連載中
《注意》残酷な描写はありませんが、メインキャラの一部に欠損表現が含まれます。そうした表現を不快に思われる方は、ご注意ください。

 大賢者による「月へのゲート」を開く試みは、賢者本人や王を巻き込む大惨事を引き起こした。それから十年。国力の衰えた城塞都市国家シュタークが隣国との戦争を回避するために、王の孫娘リルム王女は、隣国との間で契約を交わす。それは、どちらの国が先に月の石を持ち帰るかで勝負するというものだった。

 リルム王女は賢者の孫のカイトを王立魔法省に招きいれ、彼の転移魔法の力を借りて月へ行く方法を模索するのだった。

「どうやって?」
「行くのよ。転移魔法でね」
「転移って……いったい月までどれだけの距離が……」
「知らないわ。まずは、そこからよね」

 この世界の魔法は決して万能と言うわけではない。あくまで、この世界の理(ことわり)の中にある。たとえ転移魔法を使っても、そう易々と月へ行くことなどできない。しかし、国を守りたいと願う王女の決意は固かった。
 実験により、月に空気がないことを突き止め、測量により月までの距離を割り出す。魔法と科学を駆使して、宇宙や自然の法則への理解を深め、遥か彼方の月を目指す。
 そんな魔法と科学が共存する世界を舞台に、少年と少女の月を目指す挑戦が、いま始まる。

第1話 月への魔術門(ゲート)

 それは奇妙な爆発だった。むしろ「爆縮ばくしゅく」と言うべきか。千年に一人の大魔道士と称された賢者ジダール。彼が闘技場の中央に開いた「月への魔術門ゲート」は、居合わせた人々ばかりか、辺りの大気すら飲み込んで大きな嵐を引き起こした。


 魔術門ゲートとは、魔力によって、離れた二つの地点を直接結びつける大技だ。賢者ジダールはその桁外れな魔力によって、地上と月面を直接結ぶ魔術門ゲートを開いてしまった……。


 最初の犠牲者はジダール本人だった。魔術門ゲートのいちばん近くに居た彼が真っ先に魔術門ゲートに吸い込まれた。続いて特等席で見物したいと、そばにいたバークレー王とその側近たち。少し離れて控えていた重装備の近衛兵たちも、魔術門ゲートに引き寄せられた。互いに腕を絡ませあらがってはみたが、とうてい彼らの力の及ぶものではなかった。金属のきしむ耳障りな音、武具の中で人体の損なわれる不快な音。彼らの発する叫び声。それすらも魔術門ゲートは飲み込んでいく……。


「あなた! あなた!」

「王妃殿下! 危のうございます!」

 側近たちは観覧席から闘技場へ降りようとする王妃を押し留めるのに必至だった。そのため王の孫娘が嵐に投げ出された時、そばで助けられる者は一人もいなかった。五歳になったばかりの幼い少女の体は軽々と風に持ち上げられ、ピンクのドレスが宙を舞う。


「あああっ! リルムさま!」


 円形の闘技場には中央の魔術門ゲートを中心に大きな渦ができていた。少女は観覧席の縁を周回する風の流れに捉えられ……人々の手の届かないぎりぎりを紙切れのように舞った。

 観覧席から身を乗り出すと我が身を危険に晒してしまう。椅子にしがみつき、己の安全を確保しながら手を伸ばしたところで……そんな躊躇ためらいがちに差し出された手が少女に届くはずもない。


「リルムさま!」

「リルムさま!」


 少女が青黒髪をなびかせて、糸の切れた凧のように風にもてあそばれる後ろから、人々の叫び声だけが、ただ虚しく追いかけていく。


 その時だった。

 少女と同じ年頃の一人の少年が。自分の眼鏡が吹き飛ばされるのもいとわず、吹き荒れる嵐の中へと飛び込んだ。少年の体が少女を追うように空を舞う。それはとうてい勇気と呼べる行動とは思えない。誰の目にも、むしろ蛮勇に近い行動と映った。


「僕につかまれ!」


 少女はまるで空を泳ぐように手足をいた。少女の碧眼へきがんと少年の琥珀こはくの瞳が交差する。しかし、少年との距離は思うように縮まらない。風まく嵐の中で二人は徐々に闘技場の中心へと引き寄せられていく。

 中心部に近づくに連れて、二人を捉えた渦の回転は増していく。そしてついに魔術門ゲートが二人を飲み込もうとした、その時。


魔術跳躍サルト!」


 少女の手が少年の指先に触れたその一瞬、少年が念を放って叫んだ。そして二人は闘技場から姿を消した。


 そこは闘技場のすぐ外だった。

「うぅぅ……」

 少女の髪は乱れ、美しかったピンクのドレスは見る影もないほどにボロボロだった。しかし、それ以上に。少女はあまりの激痛に声も出せずに、引き伸ばされたうめき声をあげていた。


 少年が使ったのは「転移魔法」だった。自分を中心とした特定範囲を、離れた別の空間の物質とそっくり入れ替える魔法。物心ついた時には自然に身についていて、これまでにも何度も使ったことがある。しかし。に転移するのは初めてだった。咄嗟に転移範囲を広げはしたものの……少女の両足は……その膝から下は闘技場に置いてきてしまっていた。

 ぱっくりと切断された両足からは、噴水のように血が噴き出していた。そんな両足を抱えこむようにして、少女はうずくまっている。一方、少年は……。崩れた闘技場の外壁に体が埋まり、こちらも呼吸すらままならない。


「ご……めん……こうするより他に……」

 苦しい息の間から絞り出すように、少年は少女に侘びた。


「そういう、あなたも……死にそう」

「僕は平気……もう一度転移……から……」

 年の近い女の子の前で、少年は精一杯強がった。だが、琥珀の瞳には生気が感じられない。


「そうして次は木に……めり込んだら?」

「もう一度」

 少女は肩で荒い息をしながら。少年は苦しい呼吸の間から。それでも互いを気遣い声をかけあう。


「崖の……上だったら?」

「もう一度」

「なる……ほど……」


 少女の問いに答えているうちに、少年の瞳に徐々に生気が戻ってくる。崩れた壁の下敷きになり、呼吸は苦しいままだが、「転移魔法」で失った魔力は回復しつつあった。一方、大量の失血で少女の意識が薄れていく。もはや一刻の猶予もない。


「すぐに人を呼んでくる。魔術跳躍サルト!」


 そして少年は力を振り絞って再び念を放つと、闘技場の外壁に兎の穴のような跡を残して消えた。


   ●


 魔術門ゲートは、術者が解呪するか死亡するか、術者の魔力が尽きるまで消えることがない。術者以外の人間には閉じることができないのだ。そのため賢者ジダールを飲み込んだ魔術門ゲートは、自然に閉じるまでに十数秒を要した。その間に王や側近、たくさんの近衛兵を巻き込む大惨事となった。栄華を誇ったシュタークは、王と大魔道士を同時に失い、それまでの権勢が削がれてしまった。以来十年、辛うじて隣国からの侵略に耐えてはきたが、見る影もない弱小国家と化してしまった。


 城塞都市国家シュターク。その中心にある王城の西翼の端に王立魔法省はあった。十年前の事件以来肩身が狭く、細々と基礎魔法の研究や、魔具の開発を行うだけの構成員僅か三名の機関だ。しかし、今日は突然の来訪者に、皆浮足立っていた。


「姫殿下。月って……あの?」

 魔法省の省長を務めるジルギスが、その端正な顔立ちに似合わぬ戸惑いの色を顔に浮かべて天井を指差す。


「そう。あの月よ」

 そうキッパリと答えたのは、艶のある健康的な青黒髪に透き通るような碧眼へきがんの美少女だった。


「よりによって、なぜ月なんですか? 十年前の……」

「もちろん。忘れてなんかいないわ」


 副長のオリディアにそう言うと、姫殿下と呼ばれた少女は車椅子に座ったまま、ピンクのドレスの裾を少しつまんで足元を覗かせた。失われた膝から下に義足がチラりとのぞく。


 その様子に、先月魔法省に入省したばかりの見習い魔道士カイトは眼鏡を曇らせうつむいた。


 ――あぁ……。僕とじいちゃんのせいだ。


 普通科課程を平凡な成績で卒業し、実家の宿屋を手伝うだけの毎日を過ごしていた彼に、突然魔法省から入省の召喚状が届いたことと、なにか関係があるのは間違いない。


   🌒


 十年前。あの惨劇の日。助けを呼ぶために少女を置いて転移した彼がなんとか闘技場に戻ると、少女は既に大人たちに囲まれ介抱を受けていた。止血の応急処置も済み、担架で運ばれるところだった。

 彼は静かにその場を離れると、祖母と母が切り盛りする宿屋へと帰り、事の顛末てんまつを語った。


 その時、カイトは初めて、自分が賢者ジダールの孫であることを知った。同時に、それを一切口外しないよう釘を刺された。

「良いかい。あんな偉い人の娘だ、孫だなんてのは、言うだけろくなことにならないからね。羨望せんぼうよりも嫉妬しっと、称賛よりも怒りを買うのが関の山さ。まして、そんなことになったのなら、あの人は国王をあやめた咎人とがにんさね。家族ばかりか、縁者も含めて罪に問われる可能性もある。たとえめかけだろうが、その娘や孫だろうがね。だから、いま話したことは誰にも言うんじゃないよ」


 祖母はそう言いながら、後ろを向いてそっと涙をぬぐった。

 以来、カイトは転移魔法を封印し、少女を救ったことも、足に大怪我を負わせたことも、その一切を誰にも話さなかった。しかし。拒むことのできない入省の強制召喚がこの一件と無関係なわけがない。

 そういうわけで、カイトはとても王女との十年ぶりの再会を喜ぶ心境ではなかったのだった。


 魔法省を訪れたリルム王女が、説明を続けている。


「隣国のガルス共和国とは、国境のラクーアの領有権を巡って長年争っているのは、皆も知ってるわね?」


省長のジルギス、副長のオリディア、そしてカイトはコクリと頷いた。

 語られる内容は、決して明るい話ではない。むしろ剣呑な話なのだが、王女は瞳をキラキラと輝かせ、まるで「園庭に綺麗なお花が咲いたのよ」ぐらいのトーンで話を続けた。


「もうね。このままでは戦争を回避できそうにもない情勢なのよ。そこで提案したの。シュタークとガルス、どちらが先に月の石を持ち帰るかで勝負しないか、とね」


「なるほど。代理戦争ってわけですか……しかし」

「理由はわかりましたが……あの大魔導士ジダール様ですら失敗したのに……」

 ジダール……祖父の名が出たことで、カイトはぎくりと目を見開いた。

 副長のオリディアは王女のここまでの説明で理由については一応納得したようだったが、省長のジルギスは、まだどこか納得がいかないといった感じでくうを見つめて思案している。


「見ていただきたい物があるの。皆さん、ちょっとご足労いただけるかしら?」


 そう言うと、リルム王女は車椅子の向きをくるりと変えて、魔法省のメンバーに付いてくるよう促した。王女の付き人が慌てて重い扉を開けようとする。


「そういうの良いから」


 小声で付き人に言うと、片手で扉を開けながら、もう片方の手で車椅子を扉の隙間にねじ込む。手慣れた様子で王女がさっさと魔法省から出ていくのを、付き人が追う。

 ジルギス、オリディア、そしてカイトも慌ててその後を追った。


   🌓


 そこは物理科学省の実験室だった。執務用の部屋とは別になった、実験のためだけの部屋だった。ドーム状の天蓋の大きな部屋。魔法省に割り当てられた手狭な小部屋とは段違いの広さだった。部屋の壁際には大小様々な実験装置や機械が並んでいる。それぞれの機械の前では、黄色い物理科学省の制服を着た人たちが忙しそうに作業中で、活気に溢れている。そして、部屋の中央の大きなテーブルの上には、ガラス球を二つ繋いだような実験装置があった。


「さぁ、実験を始めましょう」


 そう言ってリルム王女は、これからなにが始まるのかといぶかしむ一同にニコリと微笑んだ。

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