―奇想天外な展開に加え最後の綺麗な伏線回収。読んだ後の満足感○
俺はネットのレビューに書き残したことを確認すると本を閉じた。
読んだジャンルは久々のミステリだったが読み応えがあり中々だった。
それから、寝落ちしたであろう痕跡を払拭すると俺は椅子にもたれ掛かった
「あの作者さん、お勧めされて読んでみたけど…マジで最高だったな」
凝った身体をほぐしながら俺は目を閉じ読んだ本を振り返った。
家族を亡くした主人公がその死因を探る推理サスペンス。
途中で貼られた伏線を最後に回収するその凄さと物語全体の構成。
登場人物の会話の表現力。そして、主人公の最後の言葉。
それら全部を踏まえた上で納得する最高の締め。
「あんな作品、どうやったら書けるんだよ…?」
どう努力しても超えられない壁を実感しつつ俺は溜息を吐く。
「とはいえ少し、読み過ぎたな…。もう、深夜の3時だ」
高校生であっても遅めの時間帯だと自覚しつつも俺は自室を出る。
「(まぁ、夏休み期間だし?多少、夜遅くまで起きても大丈夫だろ)」
と自分に言い訳をしつつ台所にある棚を開け_
「げっ…もう、カップ麺切れてるじゃん。買い足せば良かった…」
と落胆する。どうやら、今日はツイてないらしい。
「このまま寝るのも癪だし…コンビニ行って買うしかねぇな」
小棚にある財布を取り中身を確認すると外へと出た。
夏なのにこの時間帯じゃ肌寒いらしい。まぁ、蒸し暑さよりはマシなんだけどな。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
名前、相田空。平成の日本に生まれ令和の時代を生きている。
彼の人生で特筆すべき部分はなく地元の高校へ流れるように進学。
絶賛、高校生として人生を送る彼だが…別に引き籠りでも根暗でもない。
挙げられる特徴もなく、敢えて言うならば平凡を具現化したような感じだ。
友達も数えられる程度は居るし趣味もちゃんとあるしで最低限は揃っている。
そんな彼でも得意なことはある。…空気を読むことと先を考えることだ。
と言っても日常で使える場面は修羅場や説教の時だけでそれ以外は効果なしなのだが。
それでも、彼は誰も敵に回すことなく平凡な生活を送り続けた結果_
「何もないまま、青春を終えようとしてる訳ってこと…なんだよな」
このまま過ごせば何の成果も挙げられない高校2年間を経て受験生となる。
それだけは何としても回避しておきたかった。
「と言ってもなぁ…こーんなお先真っ暗な場所に居て何をどうしろ…?」
ふと気付けば真っ暗な場所に居た。いや、夜中だし暗くはあるのだが_
「深夜だから暗いのは当たり前だが…少し暗過ぎると思うんだが…?」
辺りを見渡しても何も見えない。まるで、視界を奪われたような感覚だ。
別に道を間違えた訳でもない。何しろ、6年も通うコンビニだ。
6年も通ってるのに道さえ覚えられないはずはない、と自負している。
だとすれば、俺は何処へ来たんだ?全く心当たりないんだけど。
「―どうやら、起きたようですね」
「え?」
その言葉に振り返ると大きめの玉座?に美女が座っていた。
それもまた挿絵にあるような感じで神々しさを感じさせながら。
実った果実を携え金髪に白のレースを纏った彼女は微笑みを浮かべた。
「―様子を見る限り無事な様子ですね。心配しました」
「あの、すみません。俺、コンビニへ行く予定だったんですけど?」
俺は美女に自分の目的を伝えることにした。
残念ながら俺は映画撮影やドッキリに付き合ってる暇はないのだ。
出来ることならさっさと帰って詰んである本を崩しておきたい。
「…確かに空さんの亡くなった場所はコンビニ近くでしたね」
「何で俺の名前を知ってるんだ?俺たち、初対面だろ?」
突如、俺の本名を呼ばれて驚く。何処で俺の名前は漏洩したんだ?
それに加えて気になる単語も出た。まぁ…俺の聞き間違いだとは思うけど。
「私はずっと見てたので初対面な訳ではないですけど…まぁ、そうですね」
人が亡くなったらその流れで分かるものなんです。と解説してくれた。
俺からすればそんな便利なツールがあるなら是非とも貸して頂きたい。
学校での孤立具合を多少は緩和出来る可能性もあるし?
それで学校生活がより楽しくなるなら多少の覚悟は目を瞑ってでも_。
…。
「それは便利な仕組みって惚けるのも出来るけど…どういうことなんだ?」
「どういうこと、とは…?」
「あの、死んだって聞こえたんだけど。気の所為…だよな?」
俺のその言葉にきょとんとした彼女だったが少しの時間を経て…。
「そういえば、言ってませんでした?信号無視した車に撥ねられたんですよ」
あぁ。と何処か納得したような表情を浮かべながら美女は言った。
成程。俺は信号無視した車に撥ねられて死んだんだ。
だったら、俺が此処に居る理由も納得だ。
それに加えて無事に俺の死因も判明したと、正にめでたしめでたし_
「―じゃ、ないだろ!」
「ひゃっ!も、もう。突然大声で叫ぶのは止めてください!」
と美少女に注意されて俺は我に返る。
「(まぁ、待て。落ち着け、確かに俺は急な展開過ぎて取り乱していた)」
今の状況を改めて整理してみよう、何か見落としている可能性もあるしな。
まずは、俺は本を読んでその感想を書いたんだったよな?
…うん、合ってる。俺はZERO先生の作品を高評価したんだった。
それで…そう、夜食を食べようとして棚になくて…。
コンビニに行こうとしたんだ、そう。なくて買おうとして、合ってるな。
それで…俺はコンビニに行く途中で撥ねられた、と。
…。
「―あの、死ぬテンプレって行く途中じゃなくてコンビニを出た後、ですよね?」
俺の知ってるテンプレじゃコンビニを出て車に撥ねられたり刺されたりだ。
決して、コンビニ行く前。それもコンビニに着く前に死ぬなんて前代未聞のこと。
そんなテンプレ、通用するはずもない。それに、フラグも立ってないんだ。
「ほら、やっぱり俺は死んでな…」
「…人の死にテンプレなんてありませんよ」
「あの…夢オチってパターンもあっ_」
「何度も説明してるでしょう!」
「―っ!」
「…貴方はもう、死んでるんです」
…黙って俺は右頬を抓ってみた。
痛くない、じゃん。ほら、やっぱり夢だったんじゃな_。
「死んでるので抓っても痛みはありませんよ」
少しの苛立ちを含ませながらそう諭された。
「嘘、なんだよな…?本当は、本当は…俺は死んでなくてっ_!」
「…同情する、と軽々しく言えるとは思いません。だとしても…受け入れてください」
―最後通牒だった。
「本当に…本当に…死んじまったんだな」
…突然、目の前が暗くなった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「…納得、出来たようですね」
暫く経った後、彼女は立ち上がりへたり込む俺の前に立った。
「大丈夫なら、話を進めましょう。苦しいとは思いますけど聞いてください」
「…」
「その前にまずは名乗りましょう。私の名前はイリス。呼び捨てで構いません」
「―イリス…さん」
「時間もないですし結論を。…空さんは異世界転生というものを御存知ですよね?」
俺はその質問に頷くとイリスさんは安心したような表情を浮かべた。
「…空さんは転生して_異世界へ行くことになりました」
「…異世界?」
「そうですね。天国で退屈するよりマシな選択だと思いまして」
―異世界転生。
言葉だけ聞けばとても夢溢れるモノだ。
読書家なのだから当然、異世界系統は全て網羅している。
美少女と付き合ったり最強になったり異世界を征服したり。
「でも…俺にそんなことが出来るのか?こんな俺に…?」
「出来る、というより…空さん、次第というところでしょう」
次第ということを自分なりに解釈するとやりようによって色々出来るのだろう。
「ただ、色々と不都合なこともあります。それも、大きめの」
「不都合…?死んだら終わりだったり痛み感じたり…ってこと?」
「それはまだマシなもので…あの世界は凄く《理不尽》なんです」
「理不尽…?」
「空さんの想像通りな世界であることは保証します。でも、大体の知識は通用しません」
「…そう、ですよね」
許容範囲ではあるものの、中々に難易度高めの世界設定だと思う。
とは言ってもあって損はしない、言うなれば最低限の知識なら通用して欲しいところだ。
「それでは、覚悟が出来次第…異世界へ送ります」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
―それからどのくらい経ったのだろうか?
沈黙の末に俺はイリスさんに懇願した。
「出来ることなら…俺と…俺に関わる人の記憶を消してください」
「…何を、言っているの?」
「俺が死んだことを…まだ親は知りません。だから_!」
―悩んだ末の決断だった。
俺は両親に世話になってばかりだった。
海外出張が多いのにちゃんと家に戻ってきてくれた。
休みの日には俺を色々な場所に連れて行ってくれた。
ゆっくりしたいはずなのに、俺をずっと大事にしてくれた。
「そんな両親を悲しませるのは…嫌なんだ」
「…本当に、その選択をして後悔はないんですか?」
「…あぁ」
別にこの選択が最善だとは微塵も思っていない。
でも…両親や友達になってくれた連中に申し訳なかった。
だからこそ、俺を忘れることで罪滅ぼしになると思った。
「…分かりました」
それから俺は門らしき前に立たされた。
「…そういえば、異世界に行く訳だけど_目的ってあるの?」
「魔王も既に滅んでますし…少しでも癒されてみたらどうでしょう?」
「…それも、そうだな」
色々と冒険してみたりのんびり生活するのも楽しいかもしれない。
折角、転生出来る訳だ。こんな機会、普通はないんだし…色々とやってみよう。
「それでは…ゆっくりと目を閉じてください」
俺が目を閉じるとイリスさんの気配が隣から感じられた。
「最後に…何か言うことはありますか?」
最後にどんなことを言うのが相応しいのか?
結局、この人生で皆んなに返せるものなんて殆どなかったのに。
色んな人に迷惑を掛けて、呆れられて、怒られて。
…それでも俺は今日までの_この人生を生きることが出来た。
「(本当、散々な人生だったなぁ…。失敗や後悔ばかりして)」
―だからこそ、また後悔しないように…これだけは言っておこう。
「…この人生、そこそこ楽しかった。本当、ありがとうな」
父さんも…母さんも…俺を育ててくれてありがとう。
「(どうせなら…直接、言っておきたかった。なんて…)」
…両親の顔を思い出しながら。
―俺の意識は其処で途切れた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「…行ったようですね」
消えた彼を見送り終えると私は溜息を吐く。
正直、彼が死ぬには早過ぎる年齢だと思うし可哀想だと思う。
でも、私に出来ることは少ない。だからこそ、彼に楽になって欲しかった。
それは私の本音だし心から思っていたことだ。
でも…。
「…本当にあの選択肢で良かったのでしょうか?」
それが決して最適解ではないと彼自身も理解していた。
そして、出来る最善の選択はそれしかない。と思っている自分も居た。
例え、それが…自分にとって逃げの選択だったとしても。
「…2度目の人生、少しでも楽しんでくださいね。―空さん」