―起きたことを振り返っても、本当に理解が出来ない。
意識を覚醒させると同時に目の前に広がった光景は、フランスの都市を感じさせた。
でも、その感性は少し違う。と脳の奥がそう言っている。…では、何なのか?
夢、だと思った。だから、頬を抓ってみた。…確かに痛かった。
痛みがあるということは、これは夢じゃない。
それとも…それすらも含めて全部、夢なのだろうか?
…でも、何処からか甘い匂いがするし大人の喧騒だって聞こえる気がする。
少し歩いてみよう、と思った。…前に歩き出そうとすると身体はすぐに動いた。
身長の3倍はある門を通りつつ周囲を見渡してみた。
ヤケにデカイ身体を持った狐の頭が何か商売をしているし木材を運ぶ狼男だって居る。
…改めて現実ではない、と俺は認識させられた。
対角線には変な文字で書かれた本屋があった。
…入る気はなかったのに、前を通っただけで中へと引き寄せられる感覚を味わった。
入り口には髭を生やした仏頂面の男性が座っていた。…店番、なのだろうか?
本屋にそぐわない雰囲気を漂わせているが男性に睨まれたので慌てて視線を逸らす。
1冊、本を取ってみた。厚さは其処までないのに…無駄に重い気がした。
何となくパラパラと中を捲ってみたが俺の読解力では全く読めなかった。
ふと、隣を見ると鏡が立て掛けてあった。俺は読めない本を戻すと鏡の前に立ってみた。
そうして気付けば、鏡を触っていた。鏡を触れなければならない感じがした。
鏡にゆっくりと触れた瞬間、俺の左手はするりと通り抜けた。
…どういうことなんだ?
痛みもなければ感覚もない。なのに、…鏡の奥であろう空間は冷たい感覚があった。
…全く持って意味が分からない。
早く手を引かなければ、そう自分の脳が警鐘を鳴らしていたのに動けなかった。
その時、男性が背後に立っていることに気が付いた。
言葉を出さなければ。そう思った瞬間_俺は突き落とされた。
身体は同じように鏡を通り抜け、闇の中へと落ちた。
何も見えないし手の感触もないのに冷えた風が通り抜けるのを感じた。
…誰かの焦った声も聞こえた気がした。
「…君は_誰、なの?」
…遠くでそんな声が聞こえた。次の瞬間に彼_アイダ・ソラの灯火は消えた。