エドモン辺境伯様とサーシャ様の結婚式から二週間後、侯爵様が屋敷に来訪されました。
スノウさんもご一緒に。
「なぁなぁレイオスー、まだ王宮からの夜会出ないのかー?」
侯爵様が、レイオス様にそうおっしゃると、レイオス様は首を振ります。
「分かるだろう、マリオン。エドモンの結婚式でもあのザマなのだ。私に夜会など無理に決まっている」
「でも、王妃様がさーそろそろ夜会にお前を引っ張り出せって、脅しをかけて来たんだぜ⁇」
「……」
「あの夜会は荷が重いですから、王妃様に頼んで、レイオス様の知り合いの御方のみのお茶会から始めるのはどうでしょうか?」
「それなら……」
「よし、言質取ったぞ!」
侯爵様はそうおっしゃいますと、姿を一人消しました。
「ごめんなさいね、ここ最近王妃様と国王様からの連絡でまいっているようだったの」
「アディス陛下もか……」
レイオス様は呆れたようにため息をつかれました。
「何故、そんなにレイオス様を夜会に出したいのでしょうか?」
「それは……」
「今もレイオスに焦がれている奴がいるんだよ」
スノウさんが話す前に、戻って来た侯爵様が説明してくださいました。
「レイオス様の妻の座を狙っているのはレラだけではなかった、と?」
「ああ、家柄目当てで狙っているのがかなりいるんだ。そいつらと会うのを避ける為にレイオスは夜会も、茶会も、ほとんどの行事を参加してないんだぜ」
他者と会うことで、自分の領域に入るのが嫌なのでしょう、レイオス様は。
特に、ティア様という心のよりどころがいるのに、それを土足で踏み荒らされたら堪ったものではないでしょう。
「レイオス様、貴方は私が守ります」
私はそう言ってレイオス様の手を握りました。
レイオス様は、首を振りました。
「いや、君を私が守るとも」
そう言って額にキスをしました。
「おーおー、熱いねぇ」
「マリオン、黙れ、燃やすぞ」
「ひっでぇ!」
「今のは貴方が悪いですよ、マリオン様」
「スノウまで!」
スノウさんにまで駄目だしされ、侯爵様はがっくり項垂れました。
お茶会は王宮がごたついている為しばらく先になったと聞き、その間に準備をすることにしました。
そしてその夜──
「全く、国王にも王妃にも振り回されるのはゴメンなんだ」
「でも、あまり拒否するわけにはもういきませんわ、私と結婚してしまったのですから」
「! すまない、君を責めるつもりじゃなかった。軽率だった」
「いえ、私の方こそ……」
「君を愛しているから、君に危害を加える輩が許せないのだ」
「レイオス様……」
そう言ってレイオス様と口づけをして私達は眠りにつきました。
目を開けると花畑が広がっていました。
ああ、これは夢だ、とすぐに分かりましたが、不思議と何か現実的な感覚もありました。
誰かいないか探していると、肩をとんとんと叩かれました。
「はい?」
茶色の長い髪に青い目の女性が立っていた。
「初めまして、レイオスの奥様。たしか、アイリスさんね」
「……ティア、さん?」
一度写真をマリオン様から見せて貰った事がありましたが、その人と瓜二つでした。
「そう、ティアよ。これは私が貴方に見せている夢」
「……私を恨みますか?」
そう問いかけると、ティアさんはくすくすと笑った。
「恨む理由がないわ」
「でも……」
「私はね、死んだあの日から魂の欠片がレイオスの魂に内包されていたの」
「……」
「だから毎日のように『前を向いて! 早く幸せになって!』って言っていたのに、届かなくてイライラしていたの」
「はぁ」
なんか想像とちょっと違う気もするが、愛する人を失ったレイオス様を愛していることだけは今も分かる。
「それで百年近くたってやーっと結婚するかと思ったら白い夜を続けてばっかり!」
「あ、あの、一緒に寝ていますし、キスとかも……」
「駄目よ、アイリスちゃん! あの奥手私と契る時も大変だったんだから!」
「そ、それはティアさんが大事だったからで……」
「婚前交渉は駄目! って言って中々してくれなかったのよ!」
「は、はぁ」
な、何か強引というか、レイオス様をぐいぐい引っ張っていく方だったのでしょうというのが分かります。
「まぁ、死んじゃったからお腹の子も駄目になったんだけど」
「え?」
お腹に、子どもが、いた?
「お腹に、子どもがいた、んです、か?」
心臓の鼓動が早くなっていくようだった、胸が苦しい。
「結婚式の後に知らせる予定だったのよ、でもそれは知らせなかった。知っているのはマリオン侯爵様とレイラ様と、アディス様だけ」
「……」
「不吉だって怒られたけど、私が死んだら子どもがお腹にいたことは絶対レイオスには伝えないでくださいって言って正解だったわ」
ティアさんは遠い目をしておっしゃった。
「貴方にはそうなって欲しくないの。だから早く契る──体を重ねて、交わって、本当の契約を完了させて欲しいの」
「ティアさんの時は契約を完了……」
「式終了後に契約を本完了させる予定だったから、それで死んじゃったのよ。私」
悲壮感を漂わせずにいるティアさん。
彼女は起こった全てをただ、淡々と受け入れている。
「レイオスの夢にもでているわよ」
「え」
「夢の内容は早くアイリスちゃんと契れー! 抱けー! って内容だけど」
「オゥイエ」
直球過ぎてやべぇ。
「じゃないと契約は完全に成立しないの。なのにあの盆暗……まったく、レイオスは何を考えているのかしら! あっちで聞いても答えやしないのよ!」
「……まだ、私が子どもだからじゃないでしょうか?」
「いいえ、貴方はもう立派な大人よ。年以上に、自分で自分の事を決められるもの。逆に子ども返りしているわね、レイオスは。自分で自分の事を決められないのだもの」
ティアさんははぁとため息をつかれました。
「悲しく、ないんですか?」
「死んだ時は悲しかったわよ、子どもも一緒に死んじゃったし。でもね、悲しんでばかりでは先には進めないの」
「……」
「アイリスちゃん、貴方はお母様を亡くしたとき前に進もうとあがいていた、そしてきっかけがあって前に進むことができた」
「侯爵様から頼まれたレイオス様との結婚……」
「そう、貴方はそれで一歩踏み出し、そして自分で歩き、臆病な所のあるレイオスと共に歩こうとしている」
ティアさんはバンと私の両肩を叩きました。
「なーのーに! アイツは! 私のことを引きずっているのか、それとも別の理由があるのか、結婚はしたものの、そこからはほぼ足踏み状態!」
「そ、そんな事はありませんよ! レイオス様は私の事を大切に思ってくださっています!」
「なら、どうしてレイオスは契らないの? そうしないとまた私の二の舞になるのを知っているはずよ」
「それは……」
「あ、欠片が聞いて来たみたい、今日こそは自白した……はぁああああ⁈」
ティアさんが信じられないものを見た、もしくは聞いたような顔をなさっていました。
「ちょっとふざけんな! あの馬鹿締める!」
「てぃ、ティアさん、何があ、あったんですか⁈」
「あの馬鹿、貴方が自分以外のことを好きになっても良いように契約しないって抜かしたのよ!」
「は?」
思わず声が出ます。
何だと、聞き捨てならない言葉だぞ。
レイオス様。
私は生涯貴方を愛すると誓った。
貴方は違うのか?
「ちょうどいい、レイオスの夢に行くわよ」
「え、ちょ」
ティアさんに手を取られると、真っ暗な空間に転移しました。
真っ暗で寒く、その中で黒い炎が光っていました。
ティアさんが何か言う前に、私が前に出ます。
「レ・イ・オ・ス・さ・ま⁈」
レイオス様は私に呼ばれるとびくっと震え、こちらを見ました。
「あ、アイリスまで⁈ これは夢だ、夢なんだ‼」
「レイオス様?」
私は肩を掴みます。
「一発殴らせろ」
「え、ちょ」
バキィ!
「痛ー‼」
「私はレイオス様以外の方を好きになるなんてあり得ませんから! だからその馬鹿な頭を一度診て貰ってください!」
「え、なんで、知って……」
「私が
レイオス様の炎が青くなります。
「えっとそれは、そのぉ……」
「レイオス様、もし本気でそう思っているなら離縁を言ってください! そうじゃないならキスを下さい!」
「抱けとは言わないのね」
「一応処女ですから!」
こっちも心構えがいる。
答えを聞く前に景色は白くなり、私達は白に溶けた──