「そのドレスで良いのかい?」
ホームパーティ当日、お母様の形見でもあり、お母様の私物でもあったドレスに身を包んだ私にレイオス様は尋ねました。
レイオス様に買ってもらったドレスは勿論あります、ですが──
「お母様の実家に行くなら、お母様の形見のドレスがいいかな、と」
品の良いペールブルーのドレス。
青色が好きなお母様が好んで来たドレス、私も青色が好きでこのドレスを着ることを夢見ていました。
「私自身、このドレスを着たいという気持ちが強いのです」
「そうか、分かった。ではそれでいこうか。さてマリオンは……」
私とレイオス様は玄関を出ると、魔法陣から侯爵様とスノウさんが現れました。
「お待たせ!」
「お待たせしてしまい、すみません」
「大丈夫ですよ」
「マリオン、アルフォンス子爵領への転移は任せたぞ」
「はいよ!」
若干不安を感じますが大丈夫でしょう。
……多分。
文字が変わった魔法陣の上にレイオス様と侯爵様、スノウさんと乗り、光に包まれました。
光が消えると門の前に居ました。
守衛の方のうち老齢の方は私を見て目を開いておりましたが、何故でしょう?
「レイオス伯爵様に嫁いだアイリスです。ホームパーティをやると言う招待状を頂きましたので、友人のマリオン侯爵様とスノウ侯爵夫人と来ました」
「うかがっております。どうぞ!」
若い守衛の方ともう一人の守衛の方が門を開けました。
門が開くと、執事の方が来ました。
「アイリス様、ようこそいらっしゃいました。旦那様と奥様達がお待ちです」
そう言われ、案内されるままに、ホームパーティの会場につきました。
親戚らしき方などがいらっしゃいました。
伯父様と、伯父様の側にいる女性。
もしかして伯父様の奥様でしょうか?
「おお、アイリス! そしてレイオス伯爵様に、マリオン侯爵様、スノウ侯爵夫人、ようこそいらっしゃいました!」
伯父様がそう言って挨拶するので私も挨拶します。
「お招き感謝いたします」
「お、お招き、か、感謝、い、致します」
レイオス様、おどおど挙動不審モードもとい、人見知りモード発動中。
でも……何故こうなったのでしょうか?
いつか、聞くことができれば良いと思います。
「アルフォンス子爵殿、感謝致します」
「アルフォンス子爵様、有り難うございます」
侯爵様と、スノウさんが会釈をしている。
「貴方! アイリスちゃんは⁈」
「メリッサ! お前は面識がないし、ちゃん付けするのは……」
女性の声に、伯父様が苦虫を噛み潰したような顔をなさりました。
「貴方の妹さんの娘なのでしょう! そして、今は私の養女! だったらアイリスちゃんで良いでしょう⁈」
「いや、仮にも伯爵夫人なのだから……」
「私は構いませんよ、伯父様」
「……そうか」
そう言って居ると、品の良い化粧に、紺色のドレスを纏っている女性がやって来ました。
「貴方がアイリスちゃんね!」
「はい、そうですが!」
「会いたかったわ! エミリアちゃんに良く似ているわ!」
この方も、私のお母様と知り合いなのだろうか?
「あの、母とはどのような関係で?」
「そうね、自己紹介もまだだったわ。私はメリッサ。アルフォンスの妻で、エミリアちゃんは私とアルフォンスが結婚できる橋渡しをしてくれたの」
「なるほど……」
「エミリアちゃんのお陰でこの鈍感男を振り向かせられたのよ!」
「伯父様……」
伯父様はわざとらしく咳をしている。
これは相当メリッサ伯母様が苦労したに違いない。
「あの、メリッサ、伯母様?」
「うふふ、メリッサ伯母さんでもいいのよ」
「いや、それは流石に……」
「お母様、その方がエミリア叔母様の娘さんで、伯爵様の奥様?」
「マーガレット、もう少しこう、言い方があるだろう?」
「何よ、レイモンド。事実を聞いているだけじゃない」
「貴方達! 私が気安く話しているのはアイリス伯爵夫人が許可したから。貴方達はちゃんとお呼びなさい、子どもだからこそ、きちんと」
メリッサ伯母様が令嬢と令息を叱ります、御息女と御子息なのでしょう。
「ごめんなさいね、この子達が私の息子と娘。レイモンドにマーガレットよ」
「レイモンドです、アイリス伯爵夫人」
「マーガレットです、アイリス伯爵夫人」
お二人が挨拶なされたので私も挨拶します。
「レイモンド様、マーガレット様、アイリスと申します。どうぞ宜しく」
「はい!」
「勿論です。所で、素敵なお召し物ですね! 何処で仕立ててもらったのですか?」
「お母様の形見のドレスなのです」
「やはりか……」
ドレスのことを正直に話すと、伯父様と伯母様が納得したような顔をなされました。
「見たことのあるドレスだと思ったのだよ」
「ええ、エミリアちゃんはセンスが良いからどれも素敵なお召し物だったわ」
「お、おお。エミリアの為に仕立てたドレスだ」
「ええ、貴方。それを孫娘が──アイリスが着ているなんて」
「駄目、でしたか?」
お祖父様とお祖母様に問いかけると二人とも首を横に振りました。
「いいえ、エミリアによく似た貴方が着てくれて嬉しいのよ」
「好んで着ていた服だから、どうしてもエミリアを思い出してしまうのだよ……」
お祖父様は涙を流されました。
私がハンカチを取り出すと、それで拭われました。
「有り難う、洗って返すとも」
「いえ、気にしませんから」
そこまで気にする人ではないので、私は。
「ところでレイオス様は──」
「貴方があの英雄伯爵レイオス様なのですね!」
「どうぞ、アイリスを宜しくお願い致します!」
「アイリスとは仲良くやれておりますか⁈」
……
等など、私のお母様の親類に話しかけられて萎縮していらっしゃいました。
「あ、あいりしゅ、たしゅ、けて」
どもってしまうのを通り越して、舌足らずの口調に、青い顔で私に助けを求めていました。
可哀想ですが、可愛いと思ってしまう私はちょっと意地悪なのでしょうか?
「すみません、レイオス様は人見知りが激しいのです」
そう言ってレイオス様の手を握り、集団から救出します。
「レイオス様、大丈夫ですか?」
「らいじょうぶじゃない……」
「……」
私はレイオス様を抱きしめて囁きます。
「私がいます、私を頼ってください」
そう繰り返すと青い顔は元の顔色に戻りました。
一安心です。
そうなると、侯爵様と、スノウさんはどうなさっているのでしょうか。
「まさかかのマリオン侯爵がご来訪なさるとは……」
「レイオス伯爵と私は友人だからだとも、何より我が妻と伯爵夫人は仲が良い。此度ここに来たのは我が妻に伯爵夫人が頼んだのもある」
「あまり会うことがないと思った侯爵夫人はあのように美しい方だったのですね」
「妻は美しいとも! まぁ、ここに来る際にこの土地の結界が弱かったから強くさせて貰った。そうしなければ妻は体を痛めてしまう」
「そ、そうだったのですね」
侯爵様は威厳のある口調でお話してらっしゃる。
「これは火傷や乾燥、肌荒れに良いのですか」
「ええ、私が愛用していますから」
「有り難うございます!」
「これで、化粧で荒れた肌が良くなるわ」
「宜しければ私が使っている化粧品店を紹介しましょうか?」
「「良いのですか⁈」」
「ええ、勿論」
スノウさんは柔和な口調で、御婦人達と何やらお話中。
そんなこんな話していると料理がいつの間にか並べられていた。
「さて、遅くなってすまない! 今日は飲み、食べ、大いに祝おう!」
伯父様がそう言うと、皆ワインや料理に手を付けました。
私は菓子を手に取り、レイオス様の口に運びます。
「はい、あーん」
微笑みながら言うと、レイオスは顔を赤くしました。
「あ、あーん」
マカロンをさくりと口にする。
「お、美味しいから、き、君も、食べて」
「はい」
そう言うやりとりをしながら、パーティを楽しもうとします。
ただし、お酒は飲みませんでした。