辺境伯様の件が終わった翌日、のんびりと紅茶を飲みながら私はレイオス様に語りかけました。
「レイオス様、もし私が国家調合錬金術師じゃなかったら、辺境伯様は何方に頼むつもりだったのでしょう?」
「アディス陛下だろうね。自分の元妻が追尾式拷問器具を作っていたことを今回の件でエドモンは報告しないといけなくなったからそれが遅いか早いか程度の違いだよ」
「国王様が調合錬金術師だったのですか?」
「ふふ、確かにそうだけど、王宮にはお抱えの国家調合錬金術師が居るから」
「あ」
普通に考えればそうだ、ちょっと恥ずかしい。
「と、ところで、報告したら大変なことになるのでは?」
「その通りだよ、未使用もとい、起動済みの追尾拷問器具なんて危険な物体が自分の妻が死んだ後発覚したのだ、監督不行き届きも良いところだから罰則は付けられるだろう」
「罰?」
「聞いた話だと、一ヶ月自分の領地に謹慎で終わったそうだ。かなり軽いがやった相手が処刑済みの相手だからね」
「……」
軽くて少し安堵する自分がいました。
「今は自領を調査されて、夫人の手紙などがないか調べられているそうだ」
「手紙?」
「商人とのやりとりを残した物が残ってないか調べて、商人も捕まえる予定らしい」
「難しいのでは?」
「確かに」
そう言った物は処分されて無くなるのが普通だと思いました。
悪事がバレないように。
また何かありそうで怖かった。
「レイオス様、私薬関係を作りたいと思っています」
「──不安かい?」
「……はい」
「なら仕方ない、でも無理はしないように」
「はい」
私はそう言って薬草畑に向かい、使い魔さん達に頼み薬草類や水などを持ってくる用に言って、自室にこもりました。
「さて、やろう」
レイオス様に何があっても助けられるように。
ご友人方も救えるように。
「……」
レイオスは屋敷の中を彷徨いていた。
すると玄関の扉が開いた。
「よぉ、レイオス! あれ? アイリスちゃんは?」
マリオンだった。
「アイリスは今薬を作成中だ」
「どして?」
レイオスは少し苛立ったようにため息をついた。
「不安なのだろう、エドモンの領地での件と、お前の領地での件もある」
「あー……まぁ、こんなこと二連チャンで起きるなんてないだろうさ」
「だと良いが」
そんな話をしていると、チャイムが鳴った。
「誰だ?」
「分からん」
レイオスが扉を開けると仰天した。
「レイラ王妃⁈」
「しーっ、お忍びで来たのですから」
レイラ王妃は屋敷に入ると、来ていたローブを脱いだ。
「ここ最近不倫とか浮気とかそう言ったものの裁定ばっかりやって疲れちゃってアイリスちゃんに会いに来たの」
「申し訳ないが、レイラ王妃。アイリスはただいま薬を調合中だ」
「そうなの、じゃあ貴方達でいいわ」
レイラ王妃の言葉にレイオスとマリオンは顔を見合わせた。
「──で、どんな痴話話が?」
「結婚している夫婦の夫と、妻の妹が不貞行為をしていたの。しかも夫人に見せつけるように。だから夫人は妹が婚約する前に不貞行為で訴えを起こし、夫と、妹から大量の慰謝料を取り上げたけど、それに不服申し立てしてきたのよ、夫と妹が」
「うわ」
「酷いな」
レイオスとマリオンはドン引きする。
「勿論証拠がバッチリ残っている上、悪質と判断された結果更に慰謝料は上乗せになったわ」
「ところで、それ人同士ですか?」
「人同士よ」
「あー人同士だと割とありますよねー」
「本当にね」
マリオンの言葉にレイラ王妃は同意しながら紅茶を飲む。
「んー、やっぱりレイオスの所の紅茶は美味しいわ」
「それは何より」
「ワインは作らないの?」
「飲むと火の加減を間違ってしまう可能性があるので……一人暮らしのままならともかく、今はアイリスがいます」
「そうよね、アイリスちゃんに火傷をさせる訳にはいかないわね」
「お前酒には弱いよな」
「五月蠅いぞ」
レイオスはマリオンをギロリと睨んだ。
「……」
休憩を挟み、休んでいると、声がしました。
レイオス様以外の声。
誰か来ているのでしょうか?
私は立ち上がり白衣を脱ぎ、椅子に掛けてから、部屋を出ました。
そして下の階へと向かいます。
「レイオス様?」
と声を掛けてみると──
「キャー! アイリスちゃん!」
「⁈」
抱きつかれて混乱しましたが、抱きついてきた相手はよくよく見れば王妃様でした。
「王妃様⁈ どうしてここに⁈」
「癒しを求めてアイリスちゃんに会いに来たのよ」
「へ?」
意味が分からずぽかーんとしていると、レイオス様が客室から出て咳をしました。
「……レイラ王妃、我が妻から離れていただきたい、困惑している」
「もう、分かったわよ」
王妃様はしぶしぶ私を開放しました。
「ところで今日はどのようなご用件で?」
「アイリスちゃんとお茶をしたいの? 駄目かしら」
「私は構いませんが……」
私はレイオス様に視線を向ける。
レイオス様は静かに頷き。
「構いません。が、妻に過剰なスキンシップなどをした時は遠慮無く止めますよ」
「分かっているわ」
そうして、始まったお茶会。
侯爵様がスノウさんを呼んでくださりました。
正直少し助かりました。
王妃様とお茶会なんて、私とレイオス様達だけでは恐れ多くて話すのが躊躇われますから。
「スノウ夫人、久しぶりね」
「王妃様はいつもにまして元気なようですが、何かあったのですか?」
「そうよ聞いて! レラの奴死んだと思ったから二度と迷惑掛けられないと思ったのに、死んでからも迷惑掛けられたのよ!」
「どのような?」
「あの女私の名前を騙って追尾式拷問器具の材料買っていやがったのよ! お陰であらぬ疑いを掛けられるところだったわ!」
「それは……なんとおっしゃればいいのか」
あの女よりにもよって王妃様の名前騙って迷惑掛けたのか!
死んだ後も迷惑掛けるなんて、ろくでもねぇなぁ。
そして王妃様が不憫だ。
「此度ばかりは我慢ができなくて残っていた一族にも文句は付けたわ」
「でも、それでお許しになったのでしょう?」
「まぁね、
「!」
初めて聞きました。
ですが、仕方ないのでしょう、その甘さがあの女を助長させていたのなら。
「金の出所も父母からだったから処刑は問題無しだったわ。現当主は何も関わっていなかったし、お金は父母が自分の物を売って与えたらしいが侯爵はそれは不可能だと行っていた、何を売っていたのだろうな」
「……」
そこまでして与えた金で買った物が、追尾式拷問器具か。
そして私の誘拐事件の際の魔導具。
私はため息をつきました。
「アイリスちゃん、ごめんね? 気が滅入る話題だった?」
「いえ……何故其処まで溺愛できたのか分からないのです。人を傷つけるような娘なのに」
「聞いた所、娘の幸せの為なら何でもできた、と言っていたわ。よっぽどレイオスと娘を結婚させたかったのね、あの女の願いを叶えたかったのね」
「……」
理解できるようで理解できませんでした。
亡きお母様は、私の為に私が助けを呼ぶリストを用意していた。
そしてそのリストの方々は私が助けを求めるのを待っていた。
全ては母の愛故からだった。
「現当主ということは、息子さんが跡継ぎに?」
「ええ、レラの弟さん。ただあの女と違って常識的で、理知的、両親がレラばかり見ていたから妹と一緒に祖父母達に育てられたと聞いたわ」
「……」
本当に盲目的な愛だった。
レラしか愛さず、弟と妹には興味を持たず、結果二人は真っ当に祖父母に育てられた。
何故その違いができたのか分からないけれども──
二人とも、きっと最初は苦しかったに違いない。
姉にしか興味を持たない両親。
それから引き離されて育ったからこそ、普通の愛を受け取れた。
それは良かったことに違いないけど──
やはり、どこか、悲しい。