式場に入ると、レイオス様が既に神官の方の前に立っていらっしゃった。
私はスノウさんに誘導されるように歩きレイオス様の隣に立つ。
気弱そうな猫を被ったレイオス様が私を見つめる。
私が微笑み返すと、安心したように微笑まれました。
「──レイオス、貴方はアイリスを妻とし生涯愛する事を誓いますか?
「は、はい。ち、誓います……」
すこし、どもってしまったが、レイオス様はちゃんとおっしゃった。
次は私の番だ。
「──アイリス、貴方はレイオスを夫とし生涯愛する事を誓いますか?」
「はい、誓います」
ハッキリと言うことができた。
「では誓いの口づけを──」
レイオス様は顔を真っ赤にして混乱している様子でした。
今更ですが、精神状態が素かそうじゃないかで、行動がどちらかに引っ張られるのが強いようです。
私は小さくため息をつき、レイオス様にキスをしました。
「~~~~~~⁈⁈」
レイオス様顔を更に真っ赤にしてぼふんと湯気みたいなのも出しています。
可愛いのですが、情けないのもちょっとあります。
そして教会の中で、魔道カメラで写真を撮ることにしました。
真っ赤な顔のレイオス様を私が腕を組み、他の方々が囲んでと言うので撮りました。
伯父様とお祖母様とお祖父様、そしてお母様の親類達は仕事が入ったとのことで、侯爵様がお帰りの案内をすると、レイオス様は顔色を黒くして安堵の息を吐きました。
「やはり素を出してない方がいると調子が出ない」
「おい、レイオス。猫を被るのをやめたらどうだ? 面倒だろ」
「できたら苦労しない」
「全く、レイオスの心配症には困ったものだわ」
参列者の方々が頷いていました。
「お前達……」
レイオス様がジト目で参列者の方々を見つめます。
「レイオス様」
そんなレイオス様を私は呼びました。
「どうしたのだ? アイリス」
「私、もう一度誓いの口づけをやり直して欲しいのです」
「え」
レイオス様は硬直されました。
「そうだぜ、レイオス、ちゃんとお前からもやれよ」
「……わかった」
レイオス様は侯爵様に言われて私の肩を優しく掴みます。
「私、レイオスはアイリスを妻として生涯愛する事を誓おう」
「──私、アイリスはレイオス様を夫として生涯愛する事を誓います」
そう言ってレイオス様からの口づけ。
先ほどは熱っぽくてちょっと唇が熱かったけど、今は心地良い温度だった。
「よっしゃ! 2パターンレイオスがアイリス夫人との誓いの口づけをしているのを取れたぞー! いくらだすー?」
「マリオン! お前という奴はー!」
侯爵様とレイオス様の追いかけっこが始まりました。
その間、スノウさんのお義母様ですエリス夫人が葡萄ワインを下さいました。
グラスに注がれたワインは飲みやすく、それでいて香りも味も良いと初めてでも分かるワインでした。
「私の領地自慢のワインなの、美味しいかしら?」
「はい、美味しいです」
「良かったわ」
エリス夫人はにっこりと微笑まれました。
私もつられて微笑みました。
「いっでぇ!」
「次はないぞ!」
「え、第二夫人迎えるの?」
「前言撤回、貴様は今ここで締める」
「レイオス様、落ち着いてください。侯爵様、レイオス様をからかって遊ぶのはおやめください」
「……分かった」
レイオス様は落ち着かれました、その直後扉が開きました。
「アイリス、助けてくれ!」
聞き覚えのある声に私は表情が凍り付きました。
忌々しい、父の声だったからです。
「アイリス、助けてくれ!」
先ほどの幸せな時間、空間が嘘のように冷え込むのを感じます。
残った参列者の方々も、父を忌々しい物を見るような目で見ています。
私も同じ目で父を見ています。
「これはこれは、ルズ元子爵殿。どうなさったのですか?」
侯爵様が嘲笑っているような笑みを貼り付けて
「ま、マリオン侯爵様⁈」
「貴方の前妻であるエミリア夫人には良くしてもらいましてね、此度、私の友との結婚式を挙げていたのですよ」
「わ、私はそんな話を聞いていなかった!」
「そりゃあそうでしょう。貴方の耳に入ったら邪魔をされますからね」
「それは、どういう……」
「やれやれ、頭の中が花畑な奴の相手は疲れる。つまりこう言うことだよ、貴様は不用、アイリスがレイオスと結婚し、幸せに暮らすには縁切りさせたかったんだよ。貴様と」
侯爵様は怒りの表情を貼り付けて父を睨み付けます。
父はひぃっと悲鳴を上げますが、それでも食いつきます。
「そ、それでもアイリスは私の娘だ、だから──」
「
「そ、そんな……」
「平民まで降格させられて、それでも虐げてきた娘から金をせびろうとするのは頭の中がどうなっているのか調べたくなるものだな」
「だ……あ、アディス陛下にレイラ殿下⁈」
父は平服した。
「私の耳にも届いて居るぞ、お前は不貞を働き、妻を──エミリア夫人を蔑ろにし、病気の治療の金も出さず死なせ、そしてそれに不服を申し立てた使用人達全て解雇して、実の娘であるアイリスを使用人としてこき使っていたと」
「じ、事実ではありません!」
「真実の裁判を行っても良いのだぞ?」
国王様の言葉に顔面蒼白になる父。
真実の裁判──嘘は全て見抜かれる、そして断罪される裁判。
これで裁かれるということは、真実が明確になっていないか、もしくは真実を認めようとしない者、真実を明らかにしたい者が行う裁判だと聞いている。
そして罪人とされた者は断罪される──私はこれ位しか知らない。
「
私は父とは呼ばず、そう呼んで近づいた。
「あ、アイリス?」
「貴方がお母様を裏切って不貞に走った時から貴方はもう私の父ではなくなった。継母と継子達が好き勝手にやり、家が傾きかけても何もしない貴方は貴族としても失格だった」
私は淡々と述べる。
「私が寒い思いをしても、貴方は私に毛布一枚渡そうとしなかった」
「私が料理などで手が荒れても、貴方は塗り薬一つくれなかった」
「継子達にはドレス等を買ってあげていたのに、私にはドレスどころか部屋着一つくれなかった」
「お母様は私に色々してくれたけど、貴方は私に何もしてくれなかった」
「どうしてそんな輩を父と思えと?」
私の言葉を聞く度に、参列者した皆様の怒りの視線が父に突き刺さる。
父は顔色を悪くして反論もできない。
「ルズ元子爵、貴方にとって子どもは継子達だけのようだったみたいだな。実の祖父母の目をかいくぐって不貞をして産まれた子だけどもな」
侯爵様が父にそう言うと、父は脂汗をかきながらガタガタと震えていた。
「で、アイリス夫人。こいつどうする?」
「引き裂く?」
「煮る?」
「焼く?」
「張り付け?」
貴族の方々が処刑方法を簡単に、それでいて想像がつくようにおっしゃいます。
私は──
「二度と私の目の前に現れないなら、見逃しましょう」
「いいのか?」
レイオス様の言葉に、私は頷きます。
「ルズ元子爵、貴方にはこれっぽっちも興味はありません、精々地面を這いつくばって生きると良いでしょう」
私の突き放す言葉に父はこくこくと頷き、その場から逃げて行きました。
「アイリス、良かったのかい?」
「父には興味も何もありませんから、精々平民暮らしで苦労してくれればいいと思っています」
「アイリス……」
不安そうなレイオス様に私は微笑みます。
「大丈夫です、レイオス様。私には貴方がいらっしゃいますから」
「そうか……」
私はレイオス様を抱きしめました、その最中侯爵様がいなくなったのに気付いたのは侯爵様が戻ってからでした。