式までの一ヶ月間、私はレイオス様と話す日々を送っていました。
今まで話して無かったレイオス様の過去、初めての恋人であるティアさんとの出会いまで全て。
「黒炎一族の次の長、つまり私は一族から将来を期待されていたのだよ」
レイオス様はそうおっしゃった。
次の長、という事はお父様が長だったということ。
「ティアさんとは何処で知り合ったのですか?」
「魔族と合流して人間と連合を殲滅するという事にたいして、私はどうにも気が乗らなくて村から離れた場所を歩いていたときに、ちょうど魔物の群れに襲われてね。それをティアが率いる連合軍の一部隊が片付けた」
「でも、その頃にはティアさんにも黒炎の一族は魔族側と届いていたのでは?」
「届いてみたいだけど、ティアは私を助け、その時ちょうど顔見知り程度だったマリオンとも会った。私はティアの家で傷を癒やした。その間に、魔族も人間もどちらも居なくてはならないと思うようになった」
「今のレイオス様がいるのはティアさんのお陰ですね」
「ああ、本当に」
レイオス様は嬉しそうに目を細めていました。
「……彼女は僕が黒炎の一族だからといって差別しなかった、マリオンもね」
「侯爵様も」
「マリオンも、昔からあんな感じだよ」
「そうですか……」
「怒らせると、怖いのは変わらないけどね」
「私、怒った侯爵様を見たことがないです」
「見ない方がいいよ、あれは他の者のトラウマになる」
どこか調子のよい侯爵様以外私は知りません。
ですが、それで良いのでしょう。
「……そうして私はティアと交流を深め、結婚式を挙げるまでに至った、だけど──」
そこから先は聞いている。
魔族と人の軍の部隊が攻め入り、ティアさんはレイオス様を庇って死亡した。
「二度とあの感触を味わいたくない……!」
レイオス様は吐き出すようにおっしゃいました。
「黒炎の一族を自分の手で滅ぼしたと聞いていますが……」
「より強い炎で焼き尽くしたのだ、何もかも。父も母も、一族皆全員女子どもも一人たりとも残さず……」
「後悔、していますか?」
「いや、一人だけになって良かったと思う。魔族だけの世界が良いと思う者達は滅びるべきだったのだ」
「……」
その考えは正しいのだろうか、いや正しくないといけないのでしょう。
私達は、今いる方達は戦争の勝者側なのですから。
「魔族も、人も、どちらか片方では生きられない、それが当然のはずなのに、私達はそう作られたはずなのに、いつしか憎み合うことが起きるようになった」
「……」
でも、忘れてはならない、憎しみあった過去を。
「結果がこれだ、父も賢ければ、あんな事をしなければまだ一族は残っていただろうに」
「レイオス様……」
「父は私を『人にそそのかされた愚か者』と言った。私は父に『目先しか見えぬ愚か者』と返し殺した」
「……」
「他の一族のものにも同じように返した、そして皆殺しにした」
「レイオス様……口にするのは辛くないですか?」
「辛くもある、だがそれは私が、私だけが背負わなければならないものだ」
「……それは一人では辛すぎるかと」
「いいのだ、私は英雄である前に、愛する者も守れず、一族を皆殺しにした大罪人でもある」
「なら、どうか貴方の重荷を半分にでも私に分けてください、私は貴方の妻なのですから」
「……有り難う」
レイオス様は辛そうに微笑まれた。
ああ、本当にレイオス様はお優しい方だ。
そんな方が戦争で敵対者を燃やし尽くすなんて、戦争はなんて残酷だ。
私は戦争を知らない。
私は憎み合うのを見たことがない。
だけれど──
こう思うのです。
戦争はあまりにも酷すぎると。
二度と起こしてはならないと。
そして結婚式当日──
「宜しくお願い致します」
「任せてください!」
侯爵様の──正確にはスノウ様のお化粧をなさる方が、着替えなどを手伝ってくださり、顔に化粧を施してくれました。
「スノウさん、どうですか?」
「ええ、とても綺麗よ」
「有り難うございます」
「「「アイリス!」」」
伯父様とお祖母様、お祖父様が入ってこられました。
「私はようやくお前の花嫁姿を見ることができたよ。綺麗だよ、アイリス」
「本当にそう、綺麗だわ、アイリス」
「エミリアを思い出す……美しかった、あの子も。勿論お前も美しいよ、アイリス」
「有り難うございます、伯父様、お祖母様、お祖父様」
確かに痩せ細っていたあの屋敷での日々を忘れるようでした。
綺麗な肌、薄紅に染まる頬、薄紅の唇。
白いドレスに青いダイヤモンドのアクセサリー、どれも素敵でした。
「レイオス様は?」
「伯爵様なら──」
「いいから入れ!」
「わ、分かっている、から、お、押すな!」
大勢の方々がいらっしゃるから、最初に会った時の口調に戻っています。
「大丈夫かね、伯爵様は?」
伯父様は不安そう。
素のレイオス様なら何も問題はないのですが、今のレイオス様は確かに少し心配になってしまいますね。
侯爵様に押されてレイオス様は部屋に入ってこられました。
「あ、アイリス!」
「何でしょう? レイオス様」
「き、綺麗、だよ」
レイオス様は優しく微笑まれました。
「有り難うございます。レイオス様も、素敵ですよ」
「ほ、本当? よ、良かった」
レイオス様は安堵の息を吐き出しました。
「伯爵様、アイリスと話したい事もあるでしょう。私共は出て、別の控え室へ向かいます」
そんなレイオス様を見て伯父様はそうおっしゃり、お祖母様達と部屋の外へ出て行かれました。
三人を見送るとレイオス様は、はーっとため息をつかれました。
「素を知らない方がいると疲れる……」
少しげっそりして見えました。
「仕方ねぇだろ、全く最初から素をだしてりゃいいものを」
侯爵様が呆れているようでした。
「お前と私は事情が違うのだ」
「へいへい」
「クソムカつくな」
「レイオス様、抑えてくださいませ」
黒い顔を薄らと赤くしてお怒りになるレイオス様を宥めます。
すると顔は元の黒い炎に戻りました。
「分かった、アイリス。君が言うなら」
「有り難うございます」
「全くアイリスちゃんの言うことは聞くんだからな、気持ちは分かるけど」
「五月蠅い」
侯爵様の言葉に、レイオス様は不服そうに返します。
「間に合ったわ!」
「遅くなってすまん!」
そうこうしていたら、国王様と王妃様が部屋に飛び込むように入って来ました。
「アディス陛下、レイラ殿下」
「きゃー! アイリスちゃん、とっても綺麗よ!」
私を見て王妃様は甲高い声を上げて喜んでいるようでした。
ちょっと私は引きましたが。
国王様も私とレイオス様に視線をやり頷かれます。
「うむ、良いな。これで、結婚式でお前が素を出せない状態でもヘマをしなければ問題ないのだが……」
「分かって下ります……」
レイオス様自信なさげです。
「レイオス様、私がおります」
私はレイオスの手を握りました。
「有り難う、アイリス」
「そろそろ式を挙げる時間だぜ」
「そんな時間か」
「と言う訳で陛下達は参列者席に移動してください」
「うむ、分かった」
「またね、アイリスちゃん」
国王様と王妃様が部屋から退出なされました。
「じゃあいくぞ、レイオス」
「分かっている」
侯爵様とレイオス様も出て行かれました。
「私が一緒に歩きますからね」
「スノウさん、宜しくお願いします」
私は軽く頭を下げてから、スノウさんの手を取って部屋を後にしました──