「式の手紙はどうしますか?」
「……」
「レイオス様?」
「……‼ ああ、手紙だね。分かっている」
心ここにあらずというレイオス様。
「レイオス様、私との結婚、後悔していますか?」
「そんなことはない!」
レイオス様は慌てたような声を出しました。
「ですが、試着をした日からどこか心が上の空のような気がするのです」
「それは……」
「……少し散歩をしてきます」
「散歩というと……」
「庭へ」
私はそう言って庭に向かいました。
広い庭の上には結界がはられ、危険な生き物が飛んでいるのが分かった。
「レイオス様……」
スノウさんから聞いたレイオス様の過去。
過去が忘れられないのだろうか。
だからほんのわずかだけ面影があるらしい私に後ろめたいのだろうか?
わからない。
あの方が考えている事が分からない。
でも、レイオス様も、私の事が分からないのだろう。
打算から来た結婚。
政略結婚ではない。
恋愛結婚でも無い。
侯爵様に頼まれて母の遺産を守るための打算による結婚からが私の始まりだった。
そこから、最初素を出していないレイオス様と関わっていった。
何故最初から素を出していなかったのか分からない。
理由を聞くこともできない。
レイオス様は私を大切と言ってくださった。
その理由は分からない。
スノウ様の言った、大切な方を一度失ったから?
では、何故私と結婚したいと申し出たのか。
分からない。
私には何も分からない。
このままで本当に良いのでしょうか?
ドレスを試着した日からレイオス様も私も、共に距離を置いてしまっている。
本当に結婚式を挙げてもよいのでしょうか?
「おい、レイオス」
「……なんだ、マリオン」
「そんなに結婚式が
「……ああ、怖い」
マリオンの問いにレイオスは静かに返した。
「また夢を見るようになった。でも彼女じゃない。アイリスが血まみれになって息絶える夢を」
「……」
「彼女が──ティアが死んだ時と重なる」
「じゃあ、結婚式取りやめるか?」
「……でも、私はアイリスのドレス姿が見たい。祝福されたい、今度こそ」
「皮肉にも、参列者のほとんどがお前とティアの式の参列者だからな」
「祝福されるはずだった、だけど──」
「あそこに、国王陛下──アディスが、リーダーがいたから狙われた」
「出席者誰かが漏らした訳では無い、アディスの参謀が裏切っていたから狙われた」
レイオスはふぅとため息をついた。
「また同じ事が起きるか不安になる」
「大丈夫だろう、俺の領地でやるんだし、護衛も付けるし」
マリオンが気遣うように言ったが、レイオスの表情は暗いままだった。
「そんなだからアイリスちゃんが距離取るんだぜ」
「お前に何が分かる」
「わかんねーからお前に聞いているんだよ。アイリスちゃんを不安にさせたまま何も言わず式を挙げる気か? 夫婦生活がままならなくなるぞ」
「それは……困る」
レイオスのその台詞に、マリオンは盛大なため息をついた。
「だったら、アイリスちゃんと話をしろ! いいな!」
そう言ってマリオンは立ち去った。
侯爵様がやって来た、どうやらレイオス様に用事があるようなので私は席を外した。
しばらくしてから侯爵様がやって来て──
「レイオスの所に行ってやってくれ」
と言って馬車でお帰りになった。
私は言われるがまま、レイオス様のお部屋へ。
「レイオス様」
レイオス様はびくっと、体を震わせてから私を見ました。
「アイリス……」
「侯爵様から貴方様の所に行くように言われました」
「マリオンの奴……」
レイオス様は忌々しそうに呟かれました。
「……私、帰った方が宜しいでしょうか?」
「ま、待ってくれ……そ、側に、来て欲しい」
レイオス様がそうおっしゃったので、私はレイオス様の隣にあった椅子に腰掛けました。
「……どこから話そうか」
「無理をなさらないでください」
私は無理に話して欲しいことはないと伝えますが、レイオス様は首を振りました。
「これは話さなければならないんだ」
「レイオス様……」
「……百年近く前、私にはティアという人の恋人がいた凜として芯のある女性だった」
「……」
「戦争中だけども、式を挙げようという話になり、安全地帯で式を挙げた──はずだった」
「はず?」
「連合軍の長──現国王陛下であるアディスの参謀がアディスを裏切って魔族の軍と人の軍の両方に情報を流した。その結果式は襲撃された」
「……」
襲撃された、もしかして──
「ティアは私を庇って死亡した、ティアを殺したのは私の父だった」
「な……⁈」
実の父親に、レイオス様は最愛の人を奪われた、と?
残酷すぎる……
「最愛の人との式は結婚式から葬式に変わったよ。アディスは自分のせいだと責めた、参謀は処刑された、家族や一族は戦争が終わるまで牢屋行きになった」
「だから、レイオス様は戦争を終わらせる為に英雄と呼ばれる程殺したのですね」
「ああ、身内も一族も殺した。黒炎の一族も私一人になってしまった」
「……」
「私は大勢を殺した、愛する人を奪われた憎しみで。それが事実だよ、戦争を止めたくてやったのではない、憎くてやったのだ」
私はレイオス様を抱きしめました。
「アイリス?」
「ずっと、その憎しみと悲しみを抱えて生きてきたのでしょう?」
「……そうだね」
「それはあまりにも辛すぎます」
「でも良いのだ、これが私への罰だから」
「そんなことありません、レイオス様は幸せになっていいのです」
「しかし……」
「あの時、私を必死になって助けにきてくれたこと忘れません。私は貴方に会うまで父にも顧みられることはなく、使用人としてこき使われていました」
「アイリス……」
「そんな私を大切と感じた思いを捨てられるなら、いっそ私を燃やしてくださいませ」
「それは……できない」
私はレイオス様の手を取って、自分の首に手をかけました。
「私にはもうレイオス様しかいないのです、伯父様やお祖父様やお祖母様が後ろ盾になってくれましたが、二人はお年を召していらっしゃる。伯父様にも家庭がある」
「……」
「ですから、貴方が私を要らないと言うなら、どうか燃やしてくださいませ」
「──できる訳がない、私は君を愛している。だから怖いのだ。また失ったらどうしようと……‼」
「レイオス様……」
レイオス様は赤い涙を流されました。
拭ってみるととても熱く感じました。
「大丈夫です、侯爵様を信じましょう。結婚式は、今度は上手くいくと」
「でも……」
「大丈夫です、私にはレイオス様がいるから大丈夫です」
「でも、もし守れなかったら……」
「狙われたら二人そろって隠れて侯爵様に文句を言いましょう、話が違う! と」
私は笑顔でそう言いました。
「結婚式、今度こそ、幸せになるようにしましょう?」
「……わかった、私も腹をくくるよ」
「有り難うございます」
「だけど、お願いがある」
「何でしょう」
私が首をかしげながら言うと、レイオス様は真面目な表情で口を開かれました。
「『燃やして欲しい』なんて二度と言わないでくれ」
「──分かりました」
私は微笑んで静かに笑いました。
結婚式まで残り一ヶ月、初めて楽しみで仕方がありませんでした。