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第16話:準備の最中~レイオスの心の傷~



 見つめ合っている私とレイオス様を見て侯爵様がため息をつかれました。

「感動している最中悪いが、レイオス。お前のウェディングスーツも決めるんだぞ」

「え、ぼ、僕は普通ので」

「良い訳なかろう! 花嫁がこれほど美しく着飾っているのだ、お前も凜々しく、着飾らねばならぬぞ!」

 国王陛下の言葉にレイオス様はげんなりしているようでした。

 それからレイオス様の試着が始まりました。


 女性陣──私達は呼ばれるまで、お茶会をしておりました。

 お菓子はレイオス様がお作りになる物とはまた違う味で、美味しかったです。


 そしてしばらくして私達は呼ばれました。

 品の良い、白いウェディングスーツに、紫の宝石胸元に付けた格好でした。

「アイリスちゃんをイメージして着せて見たんだ」

「いいじゃない!」

「素敵だわ」

「素敵だと思います、アイリスさんは?」

 スノウさんの言葉にはっとして私は口を開きました。

「とても素敵だと、思います」

 きっと私も同じのを選んでいたでしょう、宝石は違う色にしていたと思いますが。

「どうして宝石を私の目の色に?」

「最初は青にしようと思ったんだけど、レイオスが『妻の目の色がいい』っていったからね」

「レイオス様……?」

「き、君に、つ、付けた、ぶ、ブルーダイアモンドは、と、とても、え、縁起が、よ、良いものだから……ぼ、僕には、に、似合わない」

「そんなことありません」

 と言うと、レイオス様は首を横に振りました。

「ほ、本当はこんな、幸せを、得る、権利も、ないと、思って居る、でも、君を手放したくない、だから、君の、その目の色を、み、身につけ、たかった」

「レイオス様……」

 どうして幸せになる権利がないと言うのでしょうか?


 本当は私との結婚も──


「馬鹿レイオス、何ほざいてやがる」

 侯爵様がレイオス様の頭を叩きました。

「い、痛い」

「痛くなるように叩いたんだよ。レイオス、お前は確かに戦争で多くの命を奪った。でもそれは仕方ないことだった。それが無ければ戦争は今も続いていただろうよ」

「マリオン侯爵の言う通りだ、レイオスよ。あの戦争はそれほど酷かった。人間が支配者になるか、魔族が支配者になるか、手を取り合うか。手を取り合うことを選んだ我らは窮地に立たされた」


 知っている、お母様達から歴史の勉強で教わった。


 国王陛下は続ける。

「その状況を打破したのはお前の炎だ、お前がいなければ今の世は無い、私達が統治することも無かった」

「そうですよ、レイオス伯爵。貴方のお陰で私達は救われ、報われた。今度は貴方が報われる番です」

「で、ですが……」

「とにかく! 貴方には幸せになって貰わねば困ります!」

「レイラ王妃殿下……」

「そうだぞ、レイオス伯爵。其方達には幸せになって貰わねばならぬ」

「アディス国王陛下……」


 レイオス様は何かを噛みしめるような表情をしている。


「取りあえず、着る花嫁ドレスと花婿服が決まったことだし、今日はお開きにしましょう?」

「ドレスとスーツには何かあったら困るので私が保管します」

「お願いね、マリオン侯爵」

「はい」


 そうして、その後、解散し馬車で私とレイオス様は屋敷に戻りました──



 屋敷に戻ったのに暗い顔のレイオス様、一体どうするべきか。


「レイオス様」

「……幻滅、したかい?」

 レイオス様は寂しそうに笑っておりました。

 私はそれに首を振ります。

「いいえ、レイオス様以外考えられないと思うようになりました。私はレイオス様の妻です。妻のままでいさせて下さい」

「アイリス?」

 私の言葉にレイオス様は驚かれたようでした。

「私は孤独でした、父は私を見ようともしない、継母と継子は私を虐げる、使用人達は皆解雇され私は一人辛い思いをしていました」

「アイリス……」

「そんなとき侯爵様からレイオス様を紹介され、すがる思いで結婚いたしました。それが間違いだとは思いません」

 私はレイオス様の手を握りました。

「レイオス様、どうか貴方が今も抱えている物を私と分け合ってください、一人で抱えるより二人で抱えた方が楽になりましょう」

「しかし……」

「貴方がどんなことをしたとしても私は貴方の味方でありたいのです」

「ありがとう……」

 レイオス様の表情はそれでも暗く、寂しげでした。


 私ではレイオス様の傷を癒やせないのだろうか?


 翌日、スノウさんと侯爵様が屋敷に来訪なさいました。

「いらっしゃいませ、侯爵様、スノウさん」

「アイリスちゃん、ちょっとレイオスの馬鹿借りるね」

「馬鹿とはなんだ!」

 抗議するレイオス様を侯爵様は別室に連れて行ってしまいました。


「スノウさん……」

「どうしたの、アイリスさん」

 客室で私達はお茶を飲みながら話しをし始めました。

「私ではレイオス様の負担にしかならないのでしょうか?」

「それは無いわ、伯爵様はアイリスさんのことを愛していらっしゃるもの」

「ならどうして……」

「……本当の事をこれから言うわ。伯爵様は、初めて愛した人を戦争で亡くしたの」

「え?」


 初めて聞いてしまった。

 これは聞いて良かったのだろうか。


「とても優しい女性だったわ、伯爵様は結婚も考えていた。でも──」


「戦争で人と魔族両方から狙われ命を落とした。そのことがきっかけで伯爵様はその炎で人と魔族両方の敵対者を滅ぼした」

「……あの、その人は私に」

「似ていないわ、名前も全く違う」

「……」

「でも、似ているところもあるわ。愛する者の為ならば命をかける、愛する者の全てを受け入れる、そう言うところは似ているわ」


 打算で結婚した私がそうなのだろうか?

 疑問が残る。


「だからこそ、伯爵様は貴方を失うのが怖いの、その所為か最初距離を置いて、その所為で貴方を危険にさらした」

「アレはレラ元辺境伯夫人が悪い──」

「レラが狙うのを分かっていながら寝ている貴方を一人にした時点で伯爵様の責任でもあるの」

「……」


 スノウさん、少しいつもより辛辣な気がする……


「伯爵様は、ずっと後ろ向きばかり、結婚式までに前を向かせてみせるわ、私とマリオン様で」


 だから結婚式までの日にちが割と長いかったのか。


 妙なところで納得している私の手をスノウさんが握りました。

「だからアイリスさん、貴方は伯爵様に愛を伝えて」

「……はい」

 私は静かに頷きました。


 知らなかった傷を負っていたことは言わない方が良いでしょう。

 伯爵様がおっしゃるまでは。

 私は伯爵様のことを待ちましょう。

 私なりの愛の伝え方で。


 でも──


 長い間、愛されなかった私に、それができるだろうか?




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