私が色々と考えていると、お祖父様が私の名前を呼びました。
「……アイリス」
「はい、何でしょうか?」
「伯爵様を愛しているのかい?」
「はい、愛しております」
「伯爵様」
「ひゃ、ひゃい!」
「アイリスを愛しておりますか」
「も、勿論、僕は、アイリスを、妻を、愛して、お、おります」
「本当ですか?」
「は、はい。だから、こそ、この間、の、じ、事件は僕の、せ、所為だと思って、お、おります。ぼ、僕、が、まも、る、べき、だ、だったのです」
レイオス様は心底申し訳なさそうな表情をしてびくびくと怯えていらっしゃる。
「アイリスは、その事件をどう思っている?」
「誘拐した犯人と命令したレラ元辺境伯夫人が悪いので、レイオス様には非はありません。寧ろ早々に助けに来てくれましたから」
「でも、怪我をしたのでしょう?」
「それは蹴ったレラ元辺境伯夫人が悪いのです、レイオス様が蹴った訳ではありませんから」
「ふぅむ……」
お祖父様は難しい表情をしています。
別にレイオス様を庇っている訳では無い。
私の思った事を正直に話しているだけだ。
あのレラという女が全部悪いと思っている。
レイオス様は嫌だと拒否していたし。
それにあの女が何か言っていた、レイオス様の事を知らないというのは素の部分の事だろう。
でも、素のレイオス様も怖くない。
今は。
まだ私とレイオス様の結婚生活は始まったばかり。
だから、どうなるかはこれから次第だ。
「まぁ、難しい話はまた今度にしましょう」
「しかしですな、侯爵様」
「今日お招きしたのはレイオスと夫人が結婚式をちゃんとした形であげるのをお話にきたのです」
「え? ちゃんとした式を上げなかったのですか?」
「ええ、誓いの言葉は私が聞いたのですがね。レイオスが夫人の綺麗な姿を余所の連中に見せたくないと駄々をこねていましてね」
「まぁ」
お祖母様、レイオス様をそんな可哀想なものを見るような目つきで見ないであげてくださいませ。
私が綺麗かどうかはともかく、レイオス様はあの頃も今も他者が苦手なのでしょう。
「ここでは式ができませんので、私の領地で式を挙げようという話になっています」
「参加者は決まっているのですか?」
「はい、貴方達と、夫人のお母様が残したリストに載っている人物と、国王陛下と王妃殿下です」
うげ⁈
国王陛下と王妃殿下も来るの⁈
そんな心構えできてない‼
「あ、あの、国王陛下と王妃殿下の事は今私も初めて聞いたのですが?」
「あ、ごめん。言うのを忘れていたね」
ちょっとぉ⁈
侯爵様、そういう重要案件は先に行ってくださいよ、本当!
「な、なんで国王陛下と王妃殿下が?」
「王妃殿下に夫人の結婚式の話をしたところ『私達も必ず参列者に入れなさい、良いですねマリオン侯爵!』と釘を刺された」
「よ、余計なことを言ったから、だ!」
レイオス様は顔を赤くして怒ります。
「まぁ、参列者が一組増えるだけだから気にするなよ」
「ぼ、僕達が、き、気にする!」
レイオス様の言葉に私も静かに頷きました。
「お、お前が、喋った、から……!」
「でも、王妃殿下に内緒にしてやったのがバレたら、お前が締められるぞ」
「そ、それはそれで嫌だな……」
レイオス様は嫌そうな顔をなさりました。
まぁ、気持ちは分かります。
しかし、これは腹を決めるしかないですね。
「レイオス様、大勢の客人の前でやる結婚式は私も不安ですが一緒に乗り越えましょう」
私はレイオス様の手を握って言いました。
「……わ、わかった。君がそういうなら、ぼ、僕も腹を決めるよ」
「よし、じゃあ明日から夫人の式のドレスを決めよう」
「え?」
「あんな私が決めたドレスより、もっと良いドレスを着るのですよ。アイリス夫人」
なんか、凄く嫌な予感がするのは私だけだろうか?
「アイリスちゃん、このドレスはどうかしら⁈」
「アイリス、こちらのドレスはどうかね?」
はい、嫌な予感的中。
見事私は話合いの後やって来た王妃殿下とお祖母様の着せ替え人形になっています。
ちなみにドレスは王妃殿下が有名なドレスの老舗店から一時的にお借りしたものです。
そして気に入って着る物を購入するという流れになっています。
どれも高価に見えて尻込みしてしまいます。
王妃殿下と、お祖母様はそんな事を気にせず私を着せ替え人形にしています。
そしてスノウさんに救いを求めるような目線を向ければ、困ったような顔をされました。
一端お二人が離れると、自分の時もそうだったと耳元でこそこそとおっしゃいました。
あ、これは諦めろという奴だな。
「王妃殿下、子爵夫人、アイリス夫人のドレスは決まりましたか?」
其処へレイオス様と国王陛下、侯爵様、お祖父様がいらっしゃいました。
「どのドレスも似合うけど、どこか似合わないの! どうすればいいと思う? 貴方?」
「いや、私に言われてもなぁ……」
「エミリアの娘さんが着るドレスなのよ!」
「分かった、ちょっと考えるから落ち着いて!」
国王陛下は興奮気味の王妃殿下を宥められました。
「王妃様のおっしゃる通り、何かが足りないのよ、貴方分かる?」
「うーむ、難しいものだなぁ……」
お祖母様の言葉に、お祖父様も頭を悩ませているようでした。
「おい、レイオス。お前の夫人が着るドレスだぞ、お前も見繕え」
「え? い、いいの、かい?」
「寧ろ何故参加しないでいいと思ったのかしら?」
王妃殿下の言葉にレイオス様はびくっとしました。
「王妃様、レイオス様にあまり圧をかけないでくださいませ」
「レイオスにはこれ位がちょうど良いのよ」
レイオス様の素を知っているのでしょうか?
おそらく、知っているのでしょうね。
レイオス様はキョロキョロと周囲を見渡すと、まだ手に取っていない品の良いドレスを手に取られました。
「い、一度、き、着てみて」と
そう言われたので私は試着をしました、その間殿方達は皆後ろを向いておりました。
「着てみましたが……」
「これに……」
レイオス様はどこからか青い宝石のネックレスとブローチを取り出しました。
針もないのに、ブローチはドレスにくっ付きました、不思議です。
レイオス様はその後、ネックレスを付けて、ヴェールをかぶせました。
「こ、これで、どう、かな?」
レイオスは不安そうにおっしゃいました。
それを見た王妃殿下とお祖母様は目を輝かせます。
「これよ! これだわ!」
「素敵だわ、とても!」
私は鏡を見ます。
見たことのない自分が其処に映っていました。
「に、似合っている、よ」
レイオス様ははにかんでおっしゃいました。
見たことのない自分が映るのは、衝撃的でどこか惨めでした。
父に大切にされなかった過去を割り切れていると思っていた。
でも、実際は恨めしく思って居て、着飾らせてもらえなかった時期を忌々しく思ってしまう。
今「綺麗」に鏡に映る自分が惨めでした。
「あ、アイリス」
レイオス様が私を呼びます。
反応するまえに、レイオス様が私を抱きしめました。
「き、君が僕の花嫁、になってくれた、時、から、き、決めていた。事情を知っていた、から……大切にしよう、と、もう君を疎む連中、の、ことを忘れ、さ、させよう、って」
「レイオス様……」
「で、でも、僕、の、せ、所為で一度、う、上手く、い、いかなかった。だか、ら、式、をあげた、とき、さ、再度、誓わせて、ほ、欲しい」
「君を、守る、って」
レイオス様の言葉に、私の目から涙がこぼれました。
レイオス様は涙を拭って微笑みました。
「か、かなしい、な、涙、じゃなく、う、うれしい、な、涙を、なが、ながせ、る、ように、僕は、が、頑張る、よ」
その言葉で私は救われた気がしました。
「こ、この、ドレスで、ぼ、僕と、式、を、あげ、て、くれ、る?」
「はい、レイオス様」
私は笑顔で答える事ができました──