「ん……」
私が目を覚ますと、レイオス様はいなかった。
「レイオス様?」
と声に出すと、扉が開いた。
「アイリス! 良かった、起きたのだね」
「アイリスちゃん、お邪魔しているぜー」
レイオス様と侯爵様がいらっしゃいました。
レイオス様はともかく、侯爵様は何故でしょう?
「本当は見せたくないんだけど、マリオンに昨日痣になっていたところを見せてくれるかい?」
「はい、構いません」
「ところで、なんで痣ができていたんだい?」
「……あのレラという辺境伯夫人に、腹を蹴られたからです」
そう言うと、レイオス様は表情を歪めどこかに行こうとします。
が、侯爵様が方を掴みそれを阻止します。
「離せ、マリオン。あの女の一族郎党皆殺しだ」
「それを決めるのは国王陛下だから、今は待機だってば!」
「待てるか」
淡々と喋っておりますが、レイオス様が怒っているのが分かります。
「レイオス様落ち着いてください。国王陛下が良いように計らってくれるはずです、ですから私達はそれに従いましょう?」
「だが……」
「どうか、お願いします」
私がそう言うと、レイオス様はため息をついた。
「分かった、アイリス。君が言うなら」
「有り難うございます」
「アイリスちゃん、有り難う! このままだったら大惨事になっていたよー」
侯爵様が、少し泣きそうな顔でおっしゃいました。
それほど、危機的状況だったのでしょうか?
レイオス様は、私のことを、それほど大切にしてくれると自惚れていいのでしょうか?
私は棚から瓶を出しました。
「あれ、それはメガヒールポーションじゃないか」
「はい、私の調合錬金術で作りました」
私はくいっと飲み干します。
お腹の中の違和感が消えました。
「ちょっとお腹見せて」
「はい」
「……治ってる調合錬金術は難しいのにアイリスちゃん君は凄いね」
「いえいえ」
「それじゃあ、俺は帰るわ。奥さんを待たせているからね」
そう言って私の服を整えると侯爵様は部屋を出て行かれました。
青い光が見えたので魔法陣で転移したのだと思います。
少しの間、ベッドの上でぼっーっとしていると、レイオス様が膝をつき、私の手を握りました。
「君が傷つくような目に遭わせたくなかったのに、すまない。本当にすまない」
「レイオス様……いいのですよ。だって助けてくださいましたから」
そう言うと、レイオス様は私を抱きしめました。
「もっと早くに助けたかった、体が傷つく前に」
「レイオス様……」
打算で結婚したというのに、ここまで深い愛情を私に下さり、私は少しばかり申し訳なくなりました。
私も、レイオス様を尊敬し、愛しておりますが、ここまで深い愛情かと聞かれたら分からないからです。
私は本当にレイオス様に相応しいのでしょうか?
「──レイオス様」
「どうしたのだ、アイリス」
「私は本当に、貴方様の妻で良いのでしょうか?」
「勿論だ、君以外に居ない」
「……」
「あの女に何か言われたのか?」
「いえ……レイオス様の愛情に私は同じ程度の愛情を返せているか不安になったのです」
「私は君をずっと前から知っていたけど、君は私の事を詳しく知るのは結婚してからだから仕方ないことだ、それは」
「ですが……」
それでは不義理になるのでは?
「ゆっくり愛情を育もう、それが私達夫婦には良い事だ」
「……はい、レイオス様」
「それに、私は君が打算で結婚したことも知っている、それでも私を愛そうとしてくれたのだから、私には文句はないのだ」
「!」
驚いてしまいました。
まさか、打算で結婚したことを知っているなんて、と。
「それより、さぁ、食事にしよう。ああ、その前に着替えないとね」
「は、はい……」
私は着替えると、ドアの側で待っていたレイオス様の手を握り、食堂へと向かいました。
暖かなスープ、白いパン、瑞々しいサラダなどを食べて一息つくと、鐘の音が聞こえました。
「来訪者だ、普段は鐘を鳴らして貰うんだ」
私はレイオス様に付き従って外に出ます。
「ああ、アイリスちゃん! 無事だった⁈」
「レイオス、聞いたぞ。アイリス夫人がレラに誘拐されたと!」
国王陛下と、王妃殿下でした。
まさかの訪問に驚きを隠せませんでした。
王妃殿下は私を大切そうに抱きしめてくださいました。
「結界をすり抜ける道具を使っての侵入でした、高価な物なので辺境伯がレラに渡していた金を集めても替えない値段です、ですのでレラの実家が関わっているかと」
「わかった、それも含めて調査をさせる」
「ところで、国王陛下、王妃殿下、何故いらっしゃったのです?」
「レイラが、アイリス夫人が怪我をしたと聞いてな」
「あの女、私と似た名前で、やることなすこと酷いから
そう言って王妃殿下は私をより強く抱きしめます。
「なるほど……それは仕方ないな」
「あの女の一族には文句言ってやる! そして今回の件に関わっているようなら一族郎党処分よ!」
「あ、あの、やり過ぎでは?」
私は不安になってそう言いました。
「アイリス、そんな事はないよ」
「アイリス夫人、それはないとも」
「アイリスちゃん、それはないわ」
三人に否定されました。
「英雄伯爵、本来なら侯爵の地位を与えられてもおかしくない人物の妻に危害を加えたのだもの、処分は当然よ。もし、アディスと血縁関係なら公爵だったかもしれないし」
「……」
そう言えば、レイオス様は英雄伯爵。
もし、国王陛下とわずかにでも血のつながりがあれば侯爵どころか公爵の爵位を与えられていたかもしれない。
それほどの人物の妻なのだ、私は。
ただの子爵令嬢だった私が、伯爵様の、レイオス様の妻になっている。
何という幸運なのだろう。
「無事なのを確認したから帰るぞ、レイラ」
「分かったわ、アディス。じゃあ、レイオス、アイリスちゃん。またね」
「またのお越しをお待ちいたします」
「お気を付けてお帰りください」
国王陛下と王妃殿下は馬車に乗り込み、走り去って行った。
「確実に、あの女の一族が関わっているだろう。金だけはあるからな、連中は」
国王陛下達が乗った馬車が見えなくなるとレイオス様はそう呟かれました。
「結界を強めたいが、それでも、結界透過の指輪があると侵入を許しかねない、やはり建物を頑丈にしたほうがいいか」
「頑丈に? どうやってですか?」
「こうする」
ボォっと炎が館を包んだ。
燃えてしまうんじゃ無いかと一瞬思ったけれど杞憂だった。
火は瞬きを数回するころには消え、元の屋敷が其処にありました。
ただ、雰囲気が前と少しばかり違いました。
「これで、結界を抜けても館を破壊して侵入できない」
「そうなのですか?」
「ああ、侵入してきた連中は私の炎に焼かれるし、壊そうとしても同様だよ」
「なら、安心ですね」
「もっと早くこうして置くべきだった、そうしておけば君は……」
レイオス様は沈痛な面持ちで私を見つめてから抱きしめました。
私はあっけにとられましたから、抱きしめ返しました。
「いいのです、レイオス様。貴方様が私を思ってくださっているのはよく分かりましたから」
「それでも君は私の所為で怪我をしてしまっていた」
「それは怪我をさせたあの女性が悪いのです、レイオス様に非はありませんよ」
「……有り難う」
レイオス様は私を抱きしめたままそう囁かれました──