「……」
レイオスは眠りに落ちたアイリスを確認すると、そっと手にキスをしてから部屋を出て、自室に戻り鍵をかけた。
そして鏡のような魔導器を作動させる。
『よぉ、レイオス。アイリスちゃんはもう寝たか?』
「ああ、眠ったのを確認した」
鏡が光り映像が映し出される。
マリオンと、アディスが映し出されていた。
『しかし、辺境伯夫人には悩まされる、このまま何もないといいのだが……』
「アディス陛下、何かあったら私はあの女を殺すかもしれませんが宜しいですか」
『半殺しでは駄目か?』
アディスが困り果てたように言う。
「できるかどうか分かりません、状況しだいです」
『状況しだいか……』
『アイリスちゃんが何かされたら無理ですよ、アディス陛下』
『それは分かる』
「アイリスを傷つける者を私は決して許さない」
『ほらぁ』
『ううむ……』
『あら、貴方達三人で密会?』
其処へレイラ王妃殿下が入って来た。
『王妃様、ちょっと最近こいつの周囲が不穏でしてね?』
『アイリスちゃんに何かあったらそいつを殺してもよくってよ』
『レイラ……』
『大事なエミリアの娘さんだもの、本当はもっと早く情報を知って助けたかったけどできなかった。私は王妃だもの、一人に肩入れするのは怒られるわ。よほどのことが無い限り。そうね、英雄伯爵の夫人とかだったら大丈夫そうでしょう?』
『まぁ、そういうのもひっくるめて私はアイリスちゃんをレイオスの妻にしたんですがね?』
『よくやったわ、マリオン侯爵』
王妃殿下の言葉に軽く会釈をするマリオンの映像。
「だが、共犯者が居そうだ」
『共犯者?』
『英雄伯爵に喧嘩売る馬鹿がいるのか?』
『居るでしょう、馬鹿なのですから』
『なるほど』
レイオスの発言に対し、疑問を持ったアディス陛下だったが、マリオンの言葉に納得したように頷いた。
「問題はその共犯者と犯人を早急に見つけ処分する方法だ」
レイオスはこれまでに無いほど低い声でそう告げた。
「何なの、あの小娘!」
レラは苛立っていた。
レイオスの全てを知っている自分では無く、何にも知らなそうな小娘が本来
「傷モノにしてやる、レイオス様の妻に勝手になったこと後悔させてやるのだから……!」
レラの表情は歪んでいた、その表情を見て男が一人呟いた。
「いやはや、女の嫉妬は怖いねぇ」
と──
私はその日、レイオス様の使い魔達と門の方の庭に居ました。
使い魔達は庭の手入れに熱心。
そんな中、門の魔法の壁を潜って、ローブで姿を隠した謎の存在が入って来ました。
使い魔達は反応しません。
不思議です、不審人物が来たら反応すると言っていたのに。
「奥様、貴方が英雄伯爵の妻ですかな?」
「……」
私は黙ります。
正体が不明な存在に、私の事を証明するような物言いは危険だと思ったからです。
「やはり貴方ですかな、いいですかアイリス令嬢、伯爵は貴方を
そう言ってひょこひょこと歩いて立ち去っていきました。
レイオス様が、私を、騙している?
何か引っかかる言い方でした。
騙していると思えないのに、そうであるかのように聞こえる言い方。
「あ、アイリス‼」
「……レイオス様」
レイオス様が慌ててやって来ました。
「ふ、不審人物が、け、結界を、つ、通過した、とで、出て。ど、どうやってかはまだ、ふ、不明だけど、だ、だから、つ、使い魔達は、き、気付かなかったんだ」
「道理で……」
「な、何か、され、な、なかった?」
レイオス様は手を握り、不安そうな顔で覗き込んできました。
隠すのも何か引っかかるので、私は正直に喋ることにしました。
「知らない方がこう言ったのです『伯爵は貴方を
「⁈」
レイオス様は困惑した顔をしました。
「ち、誓って、ぼ、僕は、き、君を、だ、騙して、な、ない!」
「落ち着いてくださいレイオス様、騙していないことは分かります。それに、私を騙すメリット自体ありませんもの」
「そ、そう、いうこ、ことじゃ、なく、て……」
「私は、旦那様を、レイオス様を、夫である貴方様を信じています」
私はそう告げた。
レイオス様は嬉しそうにはにかんだ。
「──と言うことがあった」
深夜、アイリスが寝静まってから通信の魔導器でレイオスはマリオン達と会話をしていた。
『確実にレラの差し金だな』
『そうだな』
「あの女、今どこに居る?」
『それが辺境伯曰く屋敷を出た途端行方がつかめなくなったって』
「エドモン」
レイオスはじろりとエドモンを睨み付けた。
『すまん、私の管理ミスだ』
「アイリスに危害が加えられたらどうするつもりだ⁈ 貴様は責任を取れるのか⁈」
レイオスが静かに激昂する。
アイリスが間違って目覚めないように気を遣って。
アイリスに異変が起きないか気を遣って。
『レイオス、落ち着け。お前一人で何かすると喜ぶのはあの女だ!』
「分かっている……」
『それに──』
ガッシャーン‼
マリオンが最期まで言う前に派手にガラスの割れる音がした。
レイオスはその場から急いで離れ、音のした場所へ急いだ。
音がした場所──夫婦の寝室へ。
「アイリス!」
もぬけの殻だった。
その直後、魔法陣が描かれ、そこからマリオンとエドモンが姿を現す。
「魔力の残滓がこうも残っていると罠にも見えるな」
「だが、行く」
「……本性がばれても?」
マリオンは確認するように言う。
「構わない! 彼女の心身の無事に比べれば!」
レイオスがそう言うと、マリオンは背中をバンと叩いた。
「そうじゃないとな! そら行くぞ!」
「私も同行しよう、始末をつけなければ」
レイオス達は魔法陣の中に入って姿を消した──