週に一度の来賓に私は少しずつ慣れて行きました。
ただ、レイオス様は慣れてない様子で、私を抱きしめて怯えるような雰囲気を醸し出すことも。
侯爵様はそんなレイオス様に呆れつつも、様々な貴族の方を私に紹介し、繋がりを作って下さいました。
スノウさんも、私を気遣い色々と便宜を図って下さいました。
侯爵様とその奥様であるスノウさんには頭が上がりません。
そしてついに来客訪問最期の週。
国王陛下と王妃殿下がお越しになります。
本来は私達が伺わなければならないのに。
国王陛下と王妃殿下はレイオス様の事をよく知っているらしいのでこれが正解だと侯爵様はおっしゃっていました。
それでも、不敬ではないかと思うのです。
ですが、レイオス様も気にしないように仰っていたので、どんと構えて待つのみです。
そして、豪奢な馬車が屋敷の門の前に止まります。
私は背筋を正して、待ちます。
心臓が激しく鼓動して、緊張しているけれど、頑張らないと。
本当は逃げ出したいけど、やらないと。
「ようこそお越し下さいました。アディス国王陛下、レイラ王妃殿下。私はレイオス伯爵の妻、アイリスと申します」
と挨拶をすると反応がない。
やっべ、挨拶間違ったか?
とか考えていると──
「貴方がアイリスちゃんね! 会いたかったわ!」
王妃殿下に抱きしめられました。
何故でしょう。
「レイラ、急に抱きついてはアイリス夫人が驚くだろう。ああ、アイリス夫人私が国王のアディスだ、宜しく頼むよ」
金の角に、黒い髪に、赤い目のアディス国王陛下に、金髪に赤い目に、真紅の唇のレイラ王妃殿下。
どちらも魔族と拝聴しています。
「えっと、あの、レイラ王妃殿下?」
「貴方、本当にエミリアにそっくりだわ、若い頃の彼女にそっくり! あ、でも少しやさぐれた感じがするのは元子爵連中の所為かしら」
「こらこら、レイラ。そういうことは言うものじゃ無いよ」
「……国王陛下、王妃殿下、と、取りあえずこちらに」
すこしむくれているようなレイオス様が屋敷に案内しました。
何故でしょう。
「マリオンも夫人も相変わらずだな!」
「お褒めの言葉光栄でございます、アディス陛下」
「スノウちゃん、マリオンとの生活は大丈夫?」
「はい、マリオン様は私をいつでも大切にして下さいます」
「そう、なら良いのよ」
王妃殿下はスノウさんにそう微笑まれると、私の方を見ます。
「アイリスちゃん、レイオスとの生活は大丈夫?」
「はい、私の事を大切にして下さっています、元の生活にはもう戻れませんね。食事も自分で用意せずにすみますし、掃除もしなくていい、服の洗濯もそうです」
「あの、子爵と小娘と厚化粧女の一族、アイリスちゃんを使用人扱いしていたのはやっぱり真実だったのね、平民降格で良かったわ」
王妃殿下は何か忌々しげにそうおっしゃいました。
「というか、私は大反対したのよ、エミリアをあの子爵家に嫁がせることに!」
王妃殿下はじろりと国王陛下を睨まれました。
国王陛下は何かを誤魔化すように咳き込みました。
「し、仕方あるまい、先代は優秀だったから勿体ないと思ったのだ」
「その結果エミリアは早死にし、アイリスちゃんは要らぬ苦労をしたのよ! 分かっているのかしら!」
「分かっている、分かっているから頬を引っ張るな」
ギチギチと頬を引っ張る音が聞こえそうでした。
「レイオス、夫人と上手くやれているか?」
国王陛下が今度はレイオス様に質問します。
「う、うまく、や、やれています、が……」
「が?」
「……あの、女が最近、周囲を、う、うろついていま、す」
「辺境伯夫人か……私達が、お前が結婚を拒否していたから辺境伯と王命で結婚させた夫人か……」
「懲りない女ね、今はレイオスにもアイリスちゃんがいるのだから」
「……あの、女が、つ、妻に、何か、言わないか、し、心配で、す」
「あー」
「確かに」
「それはなぁ……」
「ええ」
何なのでしょうか?
レイオス様に隠し事でもあるのですかね。
ぶち切れると、敵対者を燃やすとか、それくらいなら想定済みなのですが。
何せ、英雄伯爵、黒炎伯爵、ですからレイオス様のあだ名は。
「あの女、辺境伯夫人とはこの間来た『レラ』いう魔族の女性ですか?」
私が問いかけると、王妃殿下はため息をつかれました。
「会ってしまったのね、なら、くれぐれも気をつけて。彼女の嫌がらせは酷いと聞くから」
「はい」
「そして私を頼って頂戴、その時は彼女に罰を与えるから」
「お心遣い、有り難うございます」
「そう畏まらないで、エミリアのように、彼女の娘である貴方とも私は仲良くしたいの」
「それは……」
嬉しいけど、恐れ多くて肯定できませんでした。
そんな私を王妃殿下は抱きしめて下さいました。
「エミリアを助けられなかった分、貴方を助け、時間を過ごしたいの、もし良かったらまた屋敷に顔をだしていいかしら。そうそうレイオス、心代わりがあったら王宮の夜会にも参加して頂戴」
「そ、それは……ちょっと……」
レイオス様は困った顔をなさりました。
「ふふ、気長に待つから、ね」
王妃殿下は茶目っ気たっぷりに微笑まれました。
それから色んな話をしました。
王妃殿下から、ルズ子爵──私の父との事を色々話しました。
私は父が母にしたことと、私の事を蔑ろにしたことを正直に話しました。
すると黒い笑みを浮かべて、何か企んでいるように私には見えました。
「今日は楽しかったわ、また来るわね」
「はい、いつでもお越し下さい」
「ひ、ひまだから、そ、それに国王と王妃が、くれば、あ、あの女も大人しい」
「そうね、また近いうち訪問させていただくわ」
「それまでは仕事を片付けねばな」
「ええ、そうね」
国王陛下に王妃殿下は国の運営をしなければならないのでしょう。
「では、国王陛下、王妃殿下。お気を付けて」
「アイリスちゃん、レイオスとは仲良くね」
「レイオス、妻を大事にな」
「わ、わかって、い、います」
お二人は馬車に乗り、馬車は去って行きました。
「ふ、ふぅ」
レイオス様は疲れたのかため息をつかれました。
「大丈夫ですか?」
「こ、国王陛下と、お、王妃殿下と話すのは、つ、疲れるよ」
「分かります、私は緊張のあまり、手汗をかいてしまいました」
「……て、てを、握って良い?」
「え、今、汗でべとついていますが……」
「に、握りたいんだ……」
「分かりました……」
私はレイオス様の手を握りました。
ほんのりと暖かいのが伝わってきます。
「ぼ、ぼく、も、き、緊張、して、手が、熱く、なっていて……」
確かに普段のレイオス様の体は人の体温と同じように感じられるものです。
今はそれよりも、暖かい、少し熱いです。
「お、おんなじだね」
「ええ、同じ、ですね」
この言葉を伝えたかった。
と言うよりも、自分も同じだから安心して欲しいというような気持ちが伝わってきました。
「レイオス様、有り難うございます」
「う、ううん」
「おーい、そこいちゃつくのは構わないが片付けやらせろー」
侯爵様が白い目でレイオス様を見ております。
「い、今命じる!」
レイオス様は私の手を握ったまま、使い魔達に命じて片付けをさせました。
「じゃあ、私達も帰るからな」
「アイリスさん、また」
「レイオス」
「な、何だ?」
侯爵様とレイオス様が隅っこに移動して何か話しているようでした。
「じゃあな、レイオス。アイリスちゃん」
「はい、侯爵様、スノウさん」
「ふ、二人とも、気をつけて」
侯爵様とスノウさんがお帰りになりました。
「も、もう、遅いし、ご飯に、しよう、か?」
「そうですね」
私とレイオス様は食事を取り、入浴をし、歯を磨いて、ベッドに入る手前まで来ました。
「あ、アイリス」
「どうしました、レイオス様」
「きょ、今日は先に寝て欲しいんだ。ぼ、僕仕事でき、た、から」
「お手伝いすることは……」
「ううん、ま、マリオンに言われたんだ、あ、アイリスちゃんを、か、関わらせ、せ、せるなって」
「はぁ……」
少し不安と不満はありますが、そう言われては仕方ないです。
無理に邪魔をしてはいけませんから。
「では、レイオス様お休みなさいませ」
「う、うん、お休み」
私はベッドに横になり、しばらく毛布を被ってうだうだとしていましたがそのうち眠気に誘われ、眠りに落ちました──