「ん……」
私が目を覚ますと、朝早い時間に目を覚ましました。
まだ、早いと思いつつベッドから出ようとすると──
「ん……あ、アイリス、一緒に、いて?」
ふにゃりと笑うレイオス様が。
私の手をしっかりと掴んでおります。
ああ、お可愛らしい。
「分かりました、もう少し寝ましょう」
そう言ってベッドに横になりました。
そして目覚めて朝食を取り終わると、侯爵様とスノウさんがいらっしゃいました。
「じゃあ、俺がマナーのレッスンやるから、レイオスはスノウと出す菓子を考えておいて」
「……へ、へんなこと、す、するなよ」
「しねーよ。私は嫁さん一筋だ」
ふてくされたように侯爵様がおっしゃるので、私は首をかしげました。
「そう言えばマナー講師などはつけないのですか?」
「アイリスちゃん、こいつ、人見知り、知らない人にビビる。また普通の講師はこいつにビビる」
ああ、レイオス様は黒炎伯爵。
その黒炎で戦争を終わらせた英雄。
となれば、普通の方は萎縮してしまうでしょう。
「じゃあ、スノウ。レイオスと菓子を見繕うのを頼んだぞ」
「はい、マリオン様」
と、それからはそれぞれ別れて行動をした。
レイオス様は使い魔に指示を出してお菓子の本をスノウさんと一緒にひっくり返すように見ていらっしゃいました。
私はというと、最低限のマナーといいつつ、あれこれと侯爵様が指示をだし、挨拶の仕方から修正されました。
それが続くこと一週間。
ついに侯爵様とスノウさん、レイオス様以外の貴族の方と対面することになりました。
今日お会いになるのはスノウ様の義父母。
どのような方なのでしょうか。
入り口で出迎えます。
侯爵様達は後ろで隠れています。
馬車の扉が開き、二人の男女──貴族服に身を包んだ方が姿を現します。
「ようこそお越し下さいました。初めまして私はレイオス様の妻アイリス──」
「キャー! アイリスちゃんだわ、可愛いー!」
抱きしめられ、そのままぐるぐると振り回されます。
「お義母様! もう少しは我慢なさって下さい!」
スノウさんが姿を現し、婦人を怒鳴ります。
そうだ、この方、スノウさんのお義母様だった。
なんてことを考えながらキスの雨を貰う、うへぇ。
「エリス、久しぶりに会えたから嬉しいのは分かるが少しは落ち着きたまえ」
「つれないわね、エリオス。貴方だって抱きしめたいんでしょう?」
「私がそんな事をしたら大問題だ! だから我慢している!」
え、もしかして手紙で許可が出た貴族の方って、みんなこんな感じ?
うーわー、なんじゃそりゃー!
「え、エリス侯爵夫人、つ、妻を、あ、アイリスを離して、い、いただきたい、のです」
「仕方ないわね……」
エリス侯爵夫人は私の事を解放しました。
スノウさんが手鏡を見せると、顔に口紅の後がくっきり。
私は一度屋敷の自室にもどり化粧をし直しました。
その間にレイオス様がエリス侯爵夫人とエリオス侯爵様と、侯爵様を部屋に案内しておりました。
「ごめんなさいね、漸く会えたものだから嬉しくて」
「嬉しくて、化粧直しするほどキスするのかお前は」
「当然よ、あの可愛いアイリスちゃんが素敵なレディになったのだから」
エリス夫人はうっとりと語ります。
確かに顔に覚えがあります。
まだ、お母様が元気で社交場に連れて行ってもらえた頃、私を抱きしめてぐるぐる回っていました。
……今も昔も変わらないようですね。
「体調は大丈夫?」
「はい、調子は良いです」
確かに調子はいいです。
それと、ここ最近毎日ちゃんとした食事を取れているのか、体がびきびきと痛む事が増えました。
レイオス様はそれを見通すかのように鎮痛剤を処方して下さり、私はいま普通を装えます。
ここに来て身長もどれだけ伸びたのでしょうか?
わかりません。
「アイリスちゃん、お母様の事は……」
「お母様は最期まで子爵家を守ろうとしたのです、祖父母がよくしてくれたからですがお母様が居ない子爵家にもはや価値はなかったのです」
「アイリスちゃん……」
「父が少しでも改善しようと努力を見せてくれたなら、お母様に不義理を働いていなかったら、私は父を助けるつもりはありました、その他の勉強もしてきましたでも──」
「君の父君は努力もせず、不義理を働き君と母君を裏切った、そうだね?」
「はいエリオス侯爵様」
私はエリオス侯爵様を見据えて言います。
「ならば、あの家は潰れても仕方なかった、代々続く子爵家ではあったが、前の子爵夫妻の失敗は遠縁からでも良いから養子を取らなかった事だ」
「はい」
「少しでも、実子が駄目だと分かれば切り捨てられない程情に厚いのは理解できる。だが、その所為で結果潰れてしまっては意味が無い」
「その通りです」
「ちょっと貴方! アイリスちゃんに失礼じゃないの⁈」
「いいえ、気にしていません。母に不義理を働いた時点で父への尊敬の念はとうに失せておりますから」
「……無理してない?」
エリス夫人が心配そうに私を見ました。
私は微笑み首を振ります。
「いえ、無理はしていません」
「無理と言えばレイオス! 『契約結婚』なのに未だ白い結婚というのはどういう事だ⁈」
「し、白くないです! ちゃんと、あ、アイリスを大事に、しています!」
「そういうことでは無い! その調子ではアイリスが年老いてしまうぞ! その前にちゃんと契約を結び終わることだ、良いな!」
「わ、分かって、い、居ます!」
「貴方! もう少し落ち着きなさい!」
先ほどとは変わって、エリス侯爵夫人が夫であるエリオス侯爵様を叱りつけています。
「『契約結婚』をしておいて、契ってないなど──」
「あ、な、た?」
「……すまん、言い過ぎた」
「いいえ、大丈夫です。私の事を思ってのお言葉でしょう」
「分かってくれて助かる」
それからお茶にしてのんびりと世間話をしたりしました。
エリオス侯爵様の領地についても知ることができました。
エリオス侯爵様の魔力のお陰で肥沃な土地になり、誰も飢えること無く、また畜産業なども盛ん、ワインも良い味だとか。
ワインは高級品ですから、私は飲んだ事はありません。
継母達は高級なワインを買って、がぶ飲みしているのを見ましたが、あれは味が分かってないのだろう。
今思えば。
ステータスで買っていたのだろう。
「今日は楽しかったわ」
「ああ、そうだな」
「どうかまたいらっしゃって下さい」
「う、うん、あ、アイリス、がいいなら、いい、よ」
レイオス様はにこりと笑い、私も微笑んで侯爵様夫妻を見送りました。
「じゃあ、俺も帰るから」
「アイリスさん、伯爵様また明日」
「はい」
「う、うん」
マリオン侯爵様と、スノウさんを見送ってから、私達も家に戻りました。
「元気そうで良かったわ、体も痩せ細っていたと聞いていたけどこれなら順調に標準の体型に戻りそう」
「そうだな」
馬車の中でエリスとエリオスは話合っていた。
「しかし、レイオスの
「その時、アイリスちゃんはどう反応するか、それだけは不安だわ」
「ああ、でもあのエミリアの娘だ。猫を被っていたと知ったところで変わらないかもしれないぞ?」
「ふふ、確かに」
「へっくしゅ!」
「くしゅ!」
私とレイオス様は同時にくしゃみをしました。
「風邪……ではないですね、では噂?」
私は首をかしげました。
「う、噂?」
「いえ、噂をする程人に会っていませんし、ただのくしゃみでしょう」
私がそう結論づけると、レイオス様も頷かれました。
「ところで、最期は一体どのような御方と?」
「こ、国王陛下と、お、王妃殿下だよ」
「……逃げたいです」
「わ、分かる。で、でもマリオンがそれを許さないよ」
「ですね……」
国王陛下と王妃殿下とは面識はない。
それなのに、どうして会いたいのか。
やはり母に理由があるのでしょう。
心に、不安を抱えますが、それを気遣うようにレイオス様が手を握って下さいました。
「だ、大丈夫、大丈夫、だから……」
「はい、レイオス様」
私はレイオス様に従う事にしました。
それが最善だと信じて──