「レイオス様達は何を話してらっしゃるのでしょう?」
「色々とあるようですよ、伯爵様の結婚相手があのエミリアさんの娘と聞いてどう育ったか見たいとおっしゃる方が多いとか」
「そう、なんですか」
私のお母様はとんでもない有名人だったようだ。
「それに国王陛下を王妃殿下もお会いしたいとおっしゃっているとか」
私は咳き込む。
飲んでいた紅茶が気管に入った。
「じょ、冗談ですよね?」
「いいえ、マリオン様がやりとりしている文面は全て見せて頂いているので事実です」
再度咳き込む。
「大丈夫ですか?」
「し、心臓に悪いですね。も、もしかして今日レイオス様と侯爵様がお話されている内容は……」
「おそらく誰を呼ぶかですね、悪意のある方は呼ばれないでしょうが、国王陛下と王妃殿下はお断りしづらいかと、いくら英雄伯爵とはいえ」
胃が痛い。
なんで、そんなとんでもない御方とお会いしないといけないのか。
「あの、スノウさん。お願いがございます」
「何でしょう?」
「レイオス様と私だけでは荷が重すぎると思うのです、正直に言うと。ですから侯爵様とスノウさんが一緒に同席して頂けないでしょうか?」
「私は構いませんがマリオン様はどのような反応を示すでしょうか?」
と、そんなあんまり胃には良くない会話をしていると扉が開いた。
レイオス様と侯爵様がいらっしゃった。
侯爵様は手紙らしきものを持っていました。
「スノウ、アイリスちゃん、待っていたかな?」
「いえ、色々とお話できて良かったです」
「私もです」
「よ、よかった」
レイオス様は安心したような顔をなさりました。
「じゃあ、話し合っていたことを共有するよ。実はレイオスが結婚したから妻であるアイリスちゃんの顔を見たいという貴族がかなりの数現れた、で私とレイオスで絞り込んでかなり減ったのがこれだ」
と、トランプのように見せた手紙は予想より少なかったです。
多くなくてほっとしました。
「この中には国王陛下と王妃殿下のも混じって居る」
「……」
スノウ様のおっしゃった通りだった。
「でだ、いくら何でもレイオスとアイリスちゃんだけじゃ心許ないから私とスノウで補助することになった」
「有り難うございます」
「畏まりましたわ、マリオン様」
「あ、スノウ。義母と義夫さんも来るから」
「まぁ」
マジかよ、スノウさんの義父母とも会うのかよ。
胃が痛い。
くれぐれも粗相だけはしないようにしないと、くそ胃袋痛くてしょうがない……
「あ、アイリス。大丈夫?」
「だ、大丈夫です。ちょっと、き、緊張しているだけで……」
「だよねー、公爵家の相手もしないと行かないしねー」
「えぇえ……」
心の底から不安ですと叫びたかったです。
何で私などに興味が湧くのでしょう。
お母様はもう居ないと言うのに。
どうして、私などに……
「手紙から私達が選んだ方達は君のリストに載っている方達だったんだ。国王陛下と王妃殿下以外は」
「え?」
侯爵様の言葉に私は驚きの声を上げます。
「皆、君から助けの手紙が来るのを待っていたんだよ。でも、それすっ飛ばして私がレイオスと結婚させたから、余計に心配になったそうだ」
「ひ、酷い」
「社交性のないお前が嫁さんとちゃんとやっていけるか心配されているんだろ、そこは否定できないだろう?」
レイオス様はしゅんとしょげられました。
ちょっと可愛らしいと思ってしまいました。
「だからレイオスだけだとアイリスちゃんが不安がると思って私とスノウも付き添いでならと返事を返したんだ。返事は良いものだったから、私とスノウも同席するよ」
「よ、よかったよ、本当に」
「感謝いたします」
「で、最初に屋敷に訪問するの、スノウの義父母なんだけどいいかい?」
「はい、それでお願いします」
「よし、それ以外の順番も決めたいからスノウとアイリスちゃんも混ざってくれる」
「はい」
「畏まりました」
遠い日、母に連れられて貴族達の集まりに行った事を思い出しました。
ですが、それは過去の話です。
その過去にしがみついていては前に進めないでしょう、おそらく。
「じゃあ、一週間後に向けて準備をしようか」
「はい」
「畏まりました」
「ぼ、僕も、せ、せい、いっぱい、やる、ね」
「お前は紅茶と茶菓子の準備やっとけ、アイリスちゃんはそういうのと縁遠い生活を継母連中にさせられていたから、スノウと一緒に見繕え」
「では私は」
「それまで基本的な挨拶とかマナーだね、といっても問題ないと思うけど向こうもアイリスちゃんの立場分かっているし」
「それでも、やれることはやりたいと思います」
「わかった、じゃあやろうか。ただし明日から。今日は疲れただろう? 早めに休んで明日に備えた方が良い」
「はい」
「わ、わかった」
侯爵様とスノウ様は帰宅なされました。
その日は夕食をレイオス様と共にし、湯浴みの後、ナイトドレスに着替えて私は寝室のベッドによこになりました。
すると、レイオス様もベッドに入ってきましたが、私と距離を少し取っていました。
「レイオス様、私を抱こうとは思わないのですか?」
「ま、まだ、だよ。だって君は、華奢、だ、し、こ、壊してしまいそうで、こ、怖い」
「──」
確かに、レイオス様のおっしゃる通り、私の体は細い。
目を盗んで酒場や継母の居ない屋敷の最低限の食材で食いつないできたから、成長も遅くなっている。
それなら私はレイオス様にとってまだ幼子同然なのでしょうか?
「レイオス様、ならせめて手を握ってはくれませんか?」
「い、いいよ」
レイオス様は手を握ってくださいました。
炎の手なのに熱くなく、ほんのり暖かい手。
心地良い感触に、私は次第にうとうとし始め眠りに落ちました。
アイリスが眠りに落ちるとレイオスはそっとベッドから抜け出した。
そして一瞬炎を纏い貴族衣装へと服を着替えた。
屋敷の外に出るとマリオンが居た。
「やっぱり抱かないのか」
「私は彼女が大切なんだ、それにあんなに痩せ細っている。壊してしまいそうだ」
「あースノウも見ていたが着脹れしていても分かる位、まだ栄養状態が良くないみたいだからな」
「やはり、か」
「だから、一週間のうち可能な限り栄養状態を良くしろよ」
「分かっている」
マリオンはそう言って魔法陣の中に立ち姿を消した。
それを見送ると、レイオスは炎に再び身を包み、寝間着に着替えて屋敷に入り眠るアイリスの頬にそっと口づけた。
「私の可愛いアイリス。これから苦難もあるだろうが、私が守るから。もう二度と失わせない」
そう言ってベッドに横になり、手を握って、目を閉じた。