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第7話:侯爵夫人



 私の言葉で嬉しそうにするレイオス様に、私はある提案をしました。

「──ですが、他の素敵な奥様とも交流してみたいと思います」

「あーじゃあ、俺の奥さんどう?」

「侯爵様の、ですか?」

「うん、ここは日除けの加護もしてあるから連れてこられるんだ。待っていて、ちょっくら戻って連れてくる」

「あまり奥様に無理は……」

「無理そうなら無理って言う奥さんだから!」

 侯爵様は屋敷を出て行かれました。

「あ、あいつの、お、奥さんは、し、しっかり、して、る、よ。ふ、普段は、おっと、りさんだけ、ど」

「そうなのですね」

 日の光に弱いと確か話で聞きましたが、本当に大丈夫なのでしょうか?

「か、彼女は、に、日光、に弱い、け、けど、ここの結界は、彼女に、日光を、と、届かせない、から。マリオン、と、い、一緒に作った、んだ」

「レイオス様は、侯爵夫人と仲が良いのですか?」

「う、うん。彼女、マリオンには、勿体ない、くらい、だと、お、思っているんだ。だから、それくらい素敵……で、でも僕にとっては、君がそれ以上に、す、素敵なんだ、あ、アイリス」

 ちょっと気になりますが、素晴らしい御方なのでしょう。


「だーれが勿体ない位だって?」

「だ、だって、お前、ば、馬鹿、する、じゃない、か」

「うるせー!」

 とても貴族の会話とは思えません。

 が、それだけレイオス様と侯爵様と仲が良いのでしょう。

「マリオン様、伯爵様と仲が良いのは宜しいですが。伯爵様の奥様が少し混乱しているようにも見えますわ」

 透き通るような美しい女性の声がしました。

 私が視線をやるとドアを閉め、日傘を閉じ、真っ白な髪に、真っ白な肌、赤い目に、美しい黒いドレスの婦人がいらっしゃいました。

「初めまして、アイリスさん。私はマリオン様の妻、スノウと申します」

「スノウ様、初めまして。アイリスと申します」

 丁寧な仕草で挨拶をされたので、同じように挨拶をします。

 ちょっとぎこちないかもしれません。

 貴族社会から大分離れていましたから。

「スノウ、私はレイオスとちょっと話があるから、夫人とゆっくり話でもしてくれないかな」

「畏まりましたわ、貴方」

 スノウ様は微笑まれました。

「もう一つ客室があるので、そちらを利用致しましょう」

「はい、スノウ様」

 もう一つの客室に二人で入り、扉を閉める。

 私はスノウ様に座るよう促すと、スノウ様は会釈をしてソファーに腰をかけられました。

 私もソファーに座りました。

「スノウ様」

「スノウでいいのですよ」

「侯爵様の奥方様ですのでそれは……ではスノウさん?」

「ええ、それで良いですわ、アイリスさん」

 穏やかの微笑むスノウさんは確かにお美しいと思いました。

 このような方と侯爵様がいるのを見れば、レイオス様も奥方を欲しがるのを理解できました。

「最初に言っておくけど、私を見て伯爵様は結婚したいと思った訳じゃないのですよ?」

「え?」

 じゃあ、何が理由。

「身内の恥をさらすようだけど、マリオン様が毎日のように来ては私とののろけ話を戦争が終わってからずーっとしていらしたようなの、それに逆ギレするような形で伯爵様は『じゃあ、僕も奥さんが欲しいよ!』と言ったのが事の原因で……」

「なんですかそれ」


 なんじゃそりゃ。


 レイオス様、百年もずーっとのろけ聞かされていらしたの?

 よくまぁ、百年も我慢できましたね……


「あの、スノウさんは何処出身ですか?」

「私は貴族の産まれではないの」

「え」

「私はね、生贄として死ぬ運命にあったの。でもマリオン様が助けて下さったの、そしてそのままマリオン様の妻になったわ」

「反対とかは、無かったんですか?」

「相当あったわ、まず村の人が許さなかった、生贄にしないと村が滅びるというからマリオン様は生贄を欲する者を滅ぼした。次に、自分の屋敷の使用人達、私に何かするのを全て見通している、危害を加えるような事を実行に移した輩は全て処刑する、とね」

「……実行したのですか?」

「いいえ、使用人はその言葉を聞いて私に危害を加えてこなかったわ。寧ろ厄介だった村の人々、どこからか屋敷の存在を嗅ぎつけて私を殺そうとしたの、災いの子だからと」

「どうして、ですか?」

「その後村は作物等が上手く育たなくて飢饉に見舞われたから」

「何故ですか?」

「マリオン様がおっしゃったけど要するに反動。今まで良からぬ力で栄えていたから、その分マイナスに働いた結果だと」

 と言うことは、今は禁止されている生贄として人を捧げる行為などに依存していた結果と言うことでしょうか?

「それで、村人はどうなったのです?」

「分かりません」

「え?」

「マリオン様は屋敷に火を放とうとする村人を即座に転移魔法で飛ばしたそうです、ただ緊急事態だったから何処に飛ばしたかは分からないとおっしゃったの」

「……」

「でもきっとあの栄養状態で生きてられないだろうと、おっしゃっていたわ」


 きっと、侯爵様は今後も妻に害なすであろう村人達を一掃したかったのでしょう。

 栄養状態も把握した上で生きられない場所に飛ばしたのでしょう。

 でも、それを私が指摘することではない。

 平民が貴族に逆らった命は無い。


 特に魔族と呼ばれる方々が貴族の場合は。

 今の世界は。


 人でも敵に回してはならない貴族もいるが、より明確なのは魔族の貴族だ。

 魔族で貴族をやっているのは百年前の戦争での勝者だった証なのだ。


 そんな恐ろしい人物を敵に回そうとしているのか、あのレラという侯爵夫人は。

 貴族の立場でありながら。

 レイオス様が本気を出したら何も残らないと知りながら手を出しているのかそれとも──


「どうしたの、アイリスさん」

「い、いえ。それより、スノウというお名前は素敵ですね」

「マリオン様に付けていただいたの。私は名前がなかったから」

「そうだったのですね……」

「マリオン様と、後ろ盾になってくださったお義母様とお義父様には頭が上がらないわ」

「ああ……」

 確かに後ろ盾がないと大変だ、元平民ならば。

「ちなみに、後ろ盾になってくださったという方々は?」

「エリオス侯爵様よ」

 この方も名前は知っている、母のリストに載っていた。

「どうなさったの、アイリスさん」

「いえ、母のリストに載っていた方の名前が出たので」

「お母様のリスト? 宜しければ見せていただけないかしら?」

「はい」

 私は念の為リストの予備を渡した。

 スノウ様は静かにリストを見て口を開いた。

「どの方も有力貴族よ、かなりのそれにマリオン様と、伯爵様も書いてある。でも、エドモン辺境伯様は書かれてないわね、やはり奥方様に問題があるのを分かっていて書いてないのかしら」

「……」


 そうなれば、お母様は随分と貴族の情報に詳しかったことになる。

 ただ気になるのは、何故病気になった時に頼らなかったのか。

 これが疑問に残る。

 私には早い段階で頼るように言っておいて。

 お母様、貴方の真意は一体?


「……」

「アイリスさん? 何か気になる事でも」

「はい、お母様がこれだけの繋がりを持って居ながら使わなかった理由です」

「おそらく──使ったら子爵家は取り潰しになり、お母様と貴方は実家に戻ることになると思ったからでは?」

「子爵家を、お母様は守りたかった?」


 あの盆暗な父が傾け、最期には潰れた子爵家を?


「貴方の父、子爵様はよい統治者とはいえませんでした。それを危惧して貴方のお母様と結婚を国王陛下にベリオス子爵──貴方のお祖父様から頼まれたからこそできる限り家を守り続けたかった」

「はい、父方のお祖父様とお祖母様が頼みに頼んで王命で結婚したと」

 私は頷くと、スノウ様は続けました。

「自分の命を引き換えにしても、貴方のお母様はそう言う責任のある方でした。ただ、娘が不遇な目に遭うのは避けたかったから」


 それなら、納得がいく。

 私が我慢した月日は無駄だったのだろうか?


「私はアイリスさんが早く誰かを頼ろうとしなかったのは正解だったかもと思います」

「え?」

「早く連絡を取りそれがバレた場合、アイリスさんの身に危険が迫る可能性が否定できなかったのです」


 それは考えてなかった。

 でも、あの継母は父の妻なってしばらくの間はごろつきと一緒に居た。

 もしあの段階で助けを求めていたら──

 ぞっとする。


「アイリス様には苦難の日々だったと思いますが、その苦難の結果、今ここに居るのだと思ってください。子爵家は平民降格──お取り潰しになりましたが、後ろ盾があり、それに何より伯爵様がいらっしゃいます」

「そう、です、ね……」


 確かにそうだ。

 私が三年我慢してきたからこの結果に至ったのだ。

 侯爵様が、領地に直々に来て、私にレイオス様との結婚の条件をだして、その契約のお陰で私は母の形見などを守る事ができた。


 まだまだ、不安はあるけれど、結婚生活、上手くやっていかなければ──






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