「いや、向こうは待機済みだから、魔法陣で転移させればいいだけなんだけど」
「だ、だったらいい」
「よし」
侯爵様が指を鳴らすと、魔法陣が地面に一瞬で描かれました。
再度指を鳴らすと光り輝き、誰かが姿を現します。
「ここに、エミリアの子が嫁いだのか?」
「見て貴方、エミリアそっくりの子が居るわ」
「おお、本当だ」
初めて聞く声でした。
壮年の男性と、老夫婦が姿を現しました。
「貴方がエミリアの──私の娘の子ども?」
老婦人が言うので私は答えます。
「はい、私の母の名前はエミリアです。父はルズ子爵でした」
「間違い無い、エミリアの子だ、名前はアイリスであっているかね?」
老紳士が私に尋ねるので私は頷き答えます。
「はい、アイリスです」
「赤ん坊の頃見た子どもがこんなに大きくなって……!」
赤ん坊の頃というと18年くらい前の事でしょうか?
「赤ん坊の頃一度見てから、私達は遠方にある自分達の領地のことで手一杯になってしまってね。気がつけばエミリアは亡くなり、それでエミリアの件で私達夫婦と息子の仲が険悪になり、その間にも貴方の扱いがどうなっているか分からない状態になったのよ」
「何故分からなかったのですか?」
「貴方の父親に手紙を出したが、エミリアが死んだこと以外貴方のことは誰かが入れ知恵したのかのらりくらりと誤魔化されてね。侯爵様のお陰で知ることはできたのだけれども、その時はもう、伯爵様の嫁に出したと言われて……」
本当につい先日知ることができたのでしょう。
其処まで隠蔽工作ができるほど父の頭は働かない、となれば継母の方の誰かが隠蔽工作をしてきたのでしょう。
「あ、隠蔽工作していたのは継母の実家の元当主だよ、つまり継母の父親。継母の頼みと君への行動がバレると、家が取り潰しになるから隠蔽工作していたんだよ」
「なるほど……」
「だからタチが悪いから継母の実家も平民降格、あと親類達も継母と関わりがあるようなら降格されていたよ、降格されてないのは縁切りしているところくらいかなぁ」
「……」
普通の思考、いえまともな思考の持ち主もいたようですね。
継母と、継子は性格が最悪でしたから。
「ところでーアイリスちゃん、エミリアさんの実家──アルフォンス子爵と養子縁組する? 今のところ後ろ盾俺だけど、それじゃあ心元ないかなぁって」
侯爵様がそう仰いました。
「頼って欲しいのだよ、アイリス」
「アイリス、遠慮無く頼ってくれて良いのだ」
「そうよ、今まで頼れなかった分、今まで私達ができなかった分貴方に頼って貰いたいの」
アルフォンス子爵と老夫婦──伯父と祖父母は贖罪のつもり、ではなさそうです。
純粋に後ろ盾になろうとしてくれている、ならば私は──
「どうぞ宜しくお願いします」
「よし、手続きは──」
「書類はここにありますので、レイオス。ふてくされてないで皆さんを家に入れろ、此処で書けっていうのか?」
「い、言ってない!」
レイオス様はそう言うと、私達を屋敷の客室の間に通し、私と伯爵様──伯父様と養子縁組をする契約書にサインをしました。
「何かあったら帰って来ていいからね?」
「いえ、私はレイオス様と一緒に居ます。ですから、お手紙だけ」
「そうか……」
「でも、レイオス様のお許しがあるなら伯父様──お義父様の領地へ行きたいと思います。宜しいでしょうかレイオス様?」
「あ、う、うん……」
何か乗り気じゃなさそうです。
「レイオスー、自分だけ頼ってもらえるかと思ったら別の場所にも頼れる場所できて拗ねる気持ちは分かるけど、少しは隠そうなー?」
「⁈ う、五月蠅い!」
レイオス様……可愛い嫉妬心からでしたか。
「ではアルフォンス殿、そろそろお帰りのお時間ですよ」
「! そうだな、仕事が立て込んでいるし……帰るのが名残惜しい」
「まぁ、余裕ができたら連絡を下さい。俺が魔法陣でアルフォンス殿達を此処に転移させますので」
「侯爵様、感謝いたします」
「いいえ」
アルフォンス、それが伯父様の名前ですか、そしてこれから私の後見人。
「ではアイリス、元気でね」
「体には気をつけるのですよ」
「何かあったら便りを」
「はい、分かりました、伯父様、お祖父様、お祖母様」
三人は安心したように笑い、私の頭を撫でてから魔法陣の中央に立ち姿を消しました。
「さて、俺はこの書類を届けてくる、レイオス。お嫁さんを困らせるなよ」
「わ、分かっている!」
侯爵様は馬車に乗り、馬車は走りさって行きました。
「……」
黙り込んでいるレイオス様。
「レイオス様?」
「ほ、本当は、僕だけの、力で、き、君を守り、たか、ったのに……」
可愛らしい独占欲、嬉しい限りです。
「そのお気持ちだけで私は十分ですよ」
顔を手でそっと頬を包み、額を合わせます。
レイオス様は距離を取り、顔を真っ赤にしていました。
「あ、う、うん。あり、が、とう」
「レイオス様、私はレイオス様をお慕いしております。そのことをお忘れ無く」
「う、うん」
レイオス様は顔を赤くしたまま嬉しそうに微笑んでくださいました。
その後、ゆっくりとアフタヌーンティーを楽しみ、レイオス様のお仕事を手伝ったり、使い魔の子等に頼んで庭の花を少し貰い、花瓶に入れて部屋に飾ったりしました。
食事をし、入浴後、レイオス様とチェスをしていると、レイオス様は仰いました。
「ぼ、ぼく、はこんな、だけど、き、君だけを、あい、す、する、から」
顔を真っ赤にして薔薇の花を私に手渡しました。
「それは困りましたわ」
「え?」
「だって、子どもができたら子どもも愛してくれないと困りますもの」
そう言ってチェスの駒を動かしチェックメイト。
レイオス様は顔を赤くして、きょろきょろと少し挙動不審になられました。
「う、うん、そ、そうだね。家族が、増えたら、家族も、愛さない、と」
「ええ」
そう言ってチェスを終えて、私達はベッドに横になりました。
「あ、アイリス」
「何でしょうか、レイオス様」
「て、手を、に、にぎ、っても?」
「──ええ、良いですよ」
手を握り合って私は眠りに落ちました。