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第2話:打算での結婚



「ところで、奥方様の姿が見えませんが?」

「ああ、彼女は日の光が苦手でね、皮膚が荒れてしまうんだ。だから結界とかが無い場所は夜しか出歩かせないようにしているんだよ」

「はぁ」

「彼女の玉の肌に傷がつくのは嫌だからね」

「ヴァンパイアですか?」

「いや、人だよ。真っ白な肌に赤い目の──たまにあるアルビノって奴だよ」

「そう、ですか」

 嬉しそうに夫人の事を話す侯爵様は、よほどの愛妻家と見た。



 しばらく馬車に乗っていると、見慣れない場所に着いた。

 結構離れている場所だと感じ取れるのに一日もかかっていない。


「ここだよ、魔道馬車に乗っていたから、わりと早く着いた、他の馬車なら一日以上かかるんだよ」

 大きな屋敷の前で止まると、侯爵様が私の手を取って下ろしてくれた。

 次に案内をしてくれ、庭らしき場所に小屋を元の大きさにして、設置した。


 そして屋敷に入ると、誰も居ない。

 しかし、埃一つない。

「おい、レイオス何処だ?」

 と声をかけるも、誰も出てこない。

「誰も居ないのでしょうか?」

「いや、居る」

 侯爵様はため息をついた。

「おい! レイオス‼ お嫁さんを連れてくるって言っただろう! 出て来やがれ‼ この根暗が‼」

 侯爵様が声を張り上げると、階段から転げ落ちるように黒い炎で体が作られたような魔族の方が現れた。


「おいこらレイオス。お前の要望でお嫁さんを見繕ったんだぞ、分かったならちゃんとでてきやがれ」

「だ、だって緊張、し、しちゃって」

 立ち上がる伯爵様──もとい夫となる方を見て私は近づく。

「アイリスちゃん、誓いの言葉を──」

 私は頷く。

「私アイリスは、夫となるレイオスに生涯寄り添い愛することを誓います」

「え、あ、う、うわぁああああ!」

 黒い顔を真っ赤する彼に口づけてこうなったのである。


「よっしゃ! 夫婦誕生‼ 役所仕事はもう済ませたからな俺が立会人として提出してくる、そんじゃな!」


 侯爵様はそう言って出て行かれました。


「旦那様」

「ひゃ、ひゃい!」

 レイオス様は顔を赤くしたままびくっとされていました。

「不束者ですが宜しくお願いします」

「は、はいぃ……」

 そう言って手を握るが、不思議と心地良い暖かさだった。


 こうして、私とレイオス様は夫婦となった。





 ちなみに翌日、私の実家は家財一式差し押さえ、平民に降格され、領地は真面目な貴族が統治することになった。

 その際、侯爵様達が私と実家は縁切りをしたことを国王陛下達に言ったらしく私は被害を受けなかった。

 継母と継子は実家も平民に降格され、にっちもさっちもいかなくなったらしい。

 自業自得だが、私が知るのはその翌日になってからでした。





「あ、アイリスさん」

「アイリスで構いません、レイオス様」

「そ、そんな、さ、様付けなんて……」

「貴方様は旦那様で、私の家より身分が高いのですから様付けして良いのです」

「そ、そうですか……」

「全く、レイオス、お前、そんなので夫婦生活やってけるのか?」

 侯爵様が呆れたように仰います。

「ま、マリオン。僕と彼女は、ち、違うんだよ。た、確かに、結婚したいって言ったけど、あ、あのエミリア子爵夫人の、む、娘さん、だ、だとき、緊張するんだよ」

「え」

 母の名前が出て私は驚いた。

「エミリアさんか、彼女は本当に良い人だった、政略結婚で出来の悪い主人に嫁がされても文句一つ言わなかったんだからね」

「……」



 出来の悪い主人、父の事だ。

 父は貴族に向いてなかったのだ、頭が悪すぎて。

 だから祖父母が居た時は祖父母が領地経営をし、母が来た時は母が全て担っていた。

 その結果、母の娘である私は領民には愛された。

 だから母の死の時、領民達は盛大に葬儀を行った。

 愚かな父は既に母を裏切り、継母と通じていた。

 そして継母と継子がやって来て、徐々に立ちゆかなくなっていた。

 私がこっそり深夜に書類を直していたが、それも限界だったのだ。

 継母と継子の浪費癖が酷かった。

「この穀潰し!」

 と罵られる事があったが、穀潰しはお前達だろうと思った。

 私を一切庇わない父にも愛情が尽きていった。

 だから、これから困る事が確定している奴らがどうなっても知ったことでは無かった。



「母は、貴方になんと?」

 私はレイオス様に問いかける。

「む、娘が、こ、困って、い、いたら、た、助けて、ほ、欲しいと」

「では私を助けると思って結婚して下さい、あの家にはもう帰るつもりはないんです」

 そういうと、レイオス様は、困り顔になり、口をもごもごさせた。

「わ、分かりました、け、結婚しましょう」

「有り難うございます、これから宜しくお願い致します」

 私が再度手を握ると、レイオス様は顔を真っ赤にして、ぼふんと湯気のようなものが立ち上った。


「大丈夫かね、これ」


 とおっしゃられる侯爵様。

 いや、知りませんよと言いたいが言えない私だった。


 ウェディングドレスから、母の形見の普段着用のドレスに着替えて、屋敷を黒い炎の妖精のような生き物とレイオス様に案内された。

「こ、こっちは、食堂、つ、使い魔達、が、働いてくれて、いるん、だ」

「そうなんですね」

 そして浴室に案内された、新しい作りだった。

「ひ、人のお、お嫁さんが来る、って、聞いていたか、から、作ったんだ」

「そうなのですね、有り難うございます」

「い、いや。ぼく、の、よ、浴室、とは、違う、から」

「どんな浴室ですか?」

「あ、熱いから、み、みない、ほうが、いい、よ」

「そうですか、分かりました」

 体が炎でできているから、溶岩風呂か何かな?

 とは思いつつも口にはしない。


「ところで、何故教会で式を挙げなかったのですか?」


 私は気になっていた事を尋ねた。

 侯爵様に促されて誓いの言葉を言ったが、神官役もおらず、参列者もいない式だった。

「ぼ、僕は、こんなだから、み、みられたく、なかった、し……そ、それに……」

「それに?」

「お、お嫁さんが、こんな、き、綺麗な人なのも、みられ、た、たく、無かった……」

 私を綺麗だなんて。

 死んだお母様と領民達以外からは聞かない言葉でした。

 領民は私ができる範囲で税収の負担を軽くしていることを知っていた。

 また、領主の子どもでありながら使用人扱いされていたのも知っていた。

 だからか、私を綺麗な御方だと慰めた。


 お母様は娘が可愛いからか私を可愛い、綺麗と褒めた。


「そ、それと……ほ、本当に、つ、連れてくると、お、思わなかったから……」

 なるほどそれは一理ある。

「なるほど、レイオス様は、本当に侯爵様が奥方様を見繕ってくるとは思ってなかったのですね」

「う、うん」

「ですが、侯爵様が夫婦になる手続きを済ませてしまっているから、一日も経たず追い出す、なんてことはしないでいただきたいのです」

「も、勿論、で、す!」

「本当ですか?」

「は、い!」

 レイオス様はぶんぶんと首を縦に振った。

 そして私の手を自分から握りしめ。

「あ、アイリス。どうか、こん、な、僕、だけ、ど、よろ、しく、おねがい、しま、す!」

 顔を真っ赤にしながら言うレイオス様は本当に健気で、愛おしいと思えました。

 ただ、ちょっと純粋すぎて心配……ではありますが。

 そんな事を考えていると、侯爵様が戻ってきました。


「言い忘れたことあった!」


 何でしょう?


「夫婦なんだからベッドは一緒にしろよー!」


 余計なお世話ですね。

「よ、余計なお、お世話だ‼ マリオン‼」

 レイオス様は顔を更に真っ赤にして怒鳴っていました。

 でも、怒鳴るだけ。

 本当に、気が弱くて優しい方なのでしょうね。

 ……多分。




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