「え?」
槍に貫かれたサンタの腹部からは、白いふわふわとしたものが飛び出ていた。
「なんだ、これは?」
魔王も私と同じく状況が飲み込めないらしい。
そんな私たちをよそに、サンタは笑いながら魔王の槍を突き放した。
「ホッホッホ。これはな綿の詰め物だよ。子供たちに人気での。こうして腹に詰めておる」
サンタはそう言い終えると、腰に巻き付けたベルトを取り外した。
するとワタの入った袋が音もなく落ちる。
「私に傷をつけるとはなかなかやるな魔王よ。どういう呪いかは知らんが、聖なる守りを貫通するとはな」
サンタはコートをゆっくり脱いでいく。コートを脱ぎ、詰め物袋を外したサンタはぴっちりとした肌着をまとっていた。サンタの体はしなやかで、それでいて筋肉がついていた。スラリと立つサンタの姿に思わず見とれてしまっていた。
「久しぶりだ。コートを脱ぐのは」
頭に被っている赤帽子が風に揺れている。
「魔王よ。すまないが時間があまりない。感じるのだ。元の世界ではもうすぐクリスマスがはじまる。全世界の子供が私を待っている。それ故に、手加減抜きでやらせてもらうぞ」
「手加減だと?子供たちが待っているだと?……馬鹿にして…………」
魔王が再び槍を前に突き出す。サンタは槍を躱して柄を脇で挟んだ。
「ふん!」
右肘で柄を折る。そのままサンタは槍の穂に対して何やら呪文を唱えていた。
すると槍の穂が白く輝き始めた。あまりの眩さに私も目を覆ってしまった。
「な、何をした!?」
魔王のうろたえる声が聞こえる。
「これに呪文をかけ、一時的な聖遺物にしただけのこと。お前を打ち倒すには並大抵の武器じゃ敵わん。ちょっと借りるぞ魔王よ!」
雷鳴を思わせるサンタの声が響いた。
聖なる武器と化した槍の穂先が魔王の兜を捉えた。
金属音が耳朶を打つ。兜の一部が壊れていた。そこに現れていた魔王の顔に私は驚きを隠せなかった。そこには子供がいたのだ。
「こ、子供!?どうして?」
「やはりの。言動の節々から感じておったわ。ヴィいや、この鎧にはかつての持ち主の怨念が憑りついておる。ゴードンの時と同じようにな。どういう経緯かはしらんが、偶然その邪気に触れてしまったのだろう。この少年は悪くない。ただの操り人形だ。怨念そのものが魔王なのだ」
「…………そんな!それではその子は…………」
「安心しなさい。ゴードンの時のように殺しはしない。怨念の出処はこの鎧だ。ならば、ことごとくを打ち壊すまでのこと!」
サンタは兜を弾き飛ばして、胴体の部分を壊し始めた。
「やめろぉぉ…………」
少年の口から、おぞましさを覚える声が漏れていた。
人間が発声できる類のものではない。
「魔王よ!この少年を解放しろ!」
そう言いながらサンタは槍を振るい続ける。仮に解放したとして、サンタは攻撃を止めるのだろうか。
「逃がさん。逃がさんこの者だけは。我らの意思を受け止める器。逃がさんぞ」
「だろうな。ならば、今こそ悠久の怨念から解放してやろう」
「殺せ……こいつを殺せ!」
怨念の思念が少年にサンタを攻撃させる。サンタは攻撃を軽くいなした。
「ヴィいや!」
サンタはボロボロになった鎧から少年を掬い上げ私の方に寄越してきた。
「見てやりなさい」
「はい!」
私はサンタから少し距離を取った。
少年は意識を失っていたが、体の方は傷一つなかった。呼吸も安定しているし、この分ならその内目を覚ますだろう。
「よくも、よくも器を…………」
「もう諦めろ魔王。お前の復讐は果たされない」
「忌まわしい、忌まわしい勇者め」
「私はサンタクロースだ。……メリークリスマス魔王君」
サンタが槍を鎧の胸に突き刺す。それが、私が最後に見たサンタの姿だった。
穂先が鎧を貫くと同時に眩い閃光が視界を覆った。
サンタが魔王を倒してからまる一年が経過していた。
フィンディラムには平和が戻った。
魔王の怨念に取り込まれていた少年は、無事両親の返した。大天使ガリオのせいで強力な魔力を身に着けた彼は、家族や友達のために力を使っているらしい。
亜人たちも今ではヒトと共生するのが当たり前になっていて、盛んな交流が続けられている。
そんな世界の立役者だったサンタは、魔王を打ち倒した直後、テラディラムに帰っていたらしい。召喚術は、召喚した者が役目を終えるとすぐに元の世界へ送り返す。親切心からそうしているのだろうが、別れを告げられなかったのは悲しい。
そう思っていた。ついこの前までは。でも今は違う。
「お姉さま、早く準備しないとプレゼントを配れませんよ!」
オーリヤが私を急かす。
「分かってる!ちょっと待って!!」
フィンディラムには確かに平和が戻った。けど、同時に新たな風習が生まれてもいた。
サンタが魔王を討伐した日を「クリスマス」として、サンタを讃え、平和を祝う祝日が下界にはできた。それを受けて天界では、クリスマスの日、彼のように世界中の子供たちに希望を届けるという役目が誕生した。そしてのその栄えある任務を仰せつかったのは、彼と行動を共にした私だった。
そうだ。私は今フィンディラム中の子供たちのプレゼントを整理して、手配をしている最中だ。目が回るし頭はパンク寸前だった。てんてこ舞いだ。
もうすぐクリスマスになる。早くしないとプレゼントを届けられなくなってしまう。下界ではクリスマスの他に「サンタが召喚された日」や「サンタが歌を伝えた日」など空前のサンタブームが起こっている。このような状況でサンタとしての役目を果たせずに終わると、下界からも他の姉妹たちからも非難が殺到するだろう。
「姉さま!」
「ああ、もう!」
声を荒げてしまう。どうして私がこんなことをやる羽目になったんだろう。別に望んだ訳でもないのに。そう思うと、怒りとも恨みとも言えない感情が胸の内から湧き起こった。体が震え、翼がかさかさと音を立てている。
「あ、あの、姉さま……?大丈夫ですか?」
「…………!!!!こっちに戻って責任を取れ!サンタのバカヤローーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
私の怒声が、星が瞬く夜空に虚しく舞っていった。
おしまい