殺気と畏怖の念が地上に広がっていた。
全身に黒い鎧をまとった魔王は、静かに私たちを見上げている。魔王の周囲にいる魔物たちは敵意をむき出しにしながらも、魔王という圧倒的な存在感に怖れを成していた。
「あれが魔王か」
「はい…………禍々しいマナの奔流が見えます…………迂闊に触れると、一瞬で消し炭になってしまうでしょう」
「ううむ」
「お前が勇者か?」
魔王の無機質な声が響く。顔が兜に覆われているのに、魔王の声は朗々としていた。
「いかにも。私はサンタクロース!この世界を救いにきた!」
「我が僕たちを解放し、ゴードンを討ち取ったのもお前だな」
「そうだ」
「お前はなにをしているのか分かっているのか?一部の権力を持った者たちによって創り上げられたこの世界は歪んでいる。魔物たちをフィンディラムで生きる命と認めず、迫害し排他的に扱ってきた奴らが支配しているこの世界。私はその歪みを正すために決起した。だがお前はそこの天使に呼ばれただけだ。自分たちの都合のいい様にしか世界を解釈しない、頑迷な天使にな」
以前の私なら、魔王の言葉に憤りを感じ怒りを露わにしていたことだろう。
しかし、サンタと旅をしてきて、私たちが創ってきた歴史は間違っているのではないかと感じていた。ヒトも魔物も関係ない。両者とも同じくフィンディラムを生きる種だ。それなのに、我々天使は魔物たちを邪悪な者たちと決めつけ、それをヒトに教え伝えてきた。彼らへの差別意識は天使が生み出したものだと言っても過言ではないだろう。
私がそう考えている間もサンタと魔王の問答は続いていた。
「分かっているとも。魔王よ、過去に囚われず今をもっと観るのだ。かつてお前の軍に与していた者たちはヒトたちとの共生関係を構築している。彼らは亜人と呼ばれ、もはや誰も魔物だと思っておらん。同じ日を共に過ごす仲間になっている。お前の目指した世界は既に出来上がりつつあるのだ」
「共生だと?仲間だと?それはあくまで表面上でのことだろう。扱いは家畜と同じ。それも歪みだ。断じて私は認めない。今度はヒトの番だ。ヒトが攻撃される番なのだ」
「それではなんの解決にもならん!」
「なる!私が世界を統治するのだからな!」
「子供のような理屈ですね……」
私は思わず口を開いていた。魔王というのだから、もう少し威厳があるのかと思っていたが、あれでは駄々をこねる子供と変わらないように見える。
「悪の心は人の理性や知性を蝕んでしまう。きっと魔王もそうなのだろう」
「……そうかもしれません」
「天使となにを話しているのだ勇者よ。お前は私と戦いに来たのだろう?ならば早くかかってこい!」
「交渉は決裂かの」
「そのようです」
「では、いくか!」
サンタがトナカイを突進させる。トナカイの角が虹色に輝き出した。真・ギブ・アンド・テイクを使うのだろう。
光の帯が魔王の鎧へ伸びていく。このまま鎧の中へなだれ込むかと思ったが、魔王は手を振り払い帯を消した。
それを見て取ったサンタはソリから飛び降りて聖ニコラスの剣で撫で斬りにしようとする。サンタの攻撃に対して魔王は長い槍を背中から抜き出し、一振りではじき返した。
その後、ゴードンの時と同じように剣戟が繰り広げられる。私も空中から援護したが、魔王は私の攻撃を意に介していなかった。私は目を見開いていた。セイクリッド・ウイングで放った光の矢が魔王の鎧にはまったく効いていなかった。矢は鎧に弾かれ呆気なく光の粒子となって消滅してしまった。
「流石はゴードンを倒した勇者だ。しかし、な」
槍の穂先がサンタの腹部を貫こうとする。サンタはそれを避けるも、地面から生えてきたマナで構成された青白い手に捕まった。
「なに!?」
「サンタさん!!」
私は急降下してサンタを助けようとしたが、魔王が放ったマナの濁流によって押し流された。
「サンタさん!!!」
「終わりだ勇者。死ね」
身もすくむような、冷たい声が聞こえた。
サンタは手を振り払い、体を横に向けて槍を躱そうとした。
けど、私は、サンタの出っ張った腹が槍に貫かれるのを見た。