ゴードンを倒してから一週間以上が経っていた。
私とサンタは相変わらずフィンディラムで人助けを続けている。戦争によってもたらされた被害は私の予想をはるかに上回っていた。四大種族であるヒト、エルフ、ドワーフ、獣人の首都はその機能と役割を果たせないほど荒廃していた。首都から流出した人口は地方の町や村を圧迫してしまい、食糧難や衛生環境の悪化を招いていた。
サンタのおかげで当面の危機は去っているが、やはり魔王とその軍勢を打倒する必要があるだろう。サンタの力は驚異的だが、根本的な解決にはなっていないような気がする。
気がかりなのは、ゴードンとの戦い以降、サンタの様子が変わっていることだった。
皆の前ではこれまで通り豪快に明るく振舞っている。けれど、私と二人きりの間は沈んだ表情を浮かべている時間が多くなった。
私は、どうしたのかあえて聞かなかった。大方の予想はつく。
彼を消沈させているのはゴードンの存在なのだ。サンタは、ゴードンを救えなかったと考えている。先祖から受け継がれてきた呪いにゴードンの心は蝕まれていた。言葉を選ばずに言うならば、彼は操り人形と化していたのだ。自分の心を亡くし、亡者たちの怨念によって生かされていた存在だ。サンタは亡者の遺した思念を救う払い浄化することができなかった。
ゴードンを救うには殺すしかなかった。
それをサンタは悔いている。自分の力不足が原因で、命を散らせてしまった罪悪感を抱き続けているのだ。
しかし、ゴードンが死んだのはサンタのせいではないし、彼の力量が足りていなかったからでもない、と私は思う。サンタの力はそれを与えられた時から制限されていたのだ。救えるのは生者のみ。死者の心は本来私が呼び出そうとした『主』という人物しか扱えない。
サンタにはどうすることもできない。私たち天使だって同じだ。与えられた能力、役割、権限を越える行いはできないし、自分たちでその拘束を解くこともできない。
生を与えられた瞬間から私たちは完成していた。おかげで退化することはないが、同時に進化、成長することもない。それは下界の者たちに与えられた特権だからだ。
きっとサンタの世界でも同様なのだろう。それ故に、サンタにはどうしようもなかったのだ。
「…………」
晴天の空の中を翔ける。しかしサンタの表情は重たい。
このままではこちらの気も滅入ってしまう。どうにかしないと。
そこで私はオーリヤを思念で呼び出し、例の村の現状を聞いた。
「……よし!」
会話を終え修復されたソリに近づく。
「サンタさん」
「……おお。ヴィいやか。どうしたね?」
「ここ連日ずっと動きっぱなしでお疲れではありませんか?」
「いいや疲れてなどおらんよ。こんなことで疲れていてはサンタなど務まらんからの。それに私は鍛えておるからの。ホッホッホ」
出っ張った腹に目を向ける。
鍛えていてこのお腹?
口に出さず会話を再開する。
「ちょっと小休止しませんか。魔王軍の勢いはかなり弱まってますし、疲労がないとはいえ、私たちにも羽を伸ばす時間は必要でしょう?」
「確かに。それもそうだな。さて、どうしようかの」
「私に着いてきてくださいますか?」
「よかろう」
「それでは行きますよ」
方角を転じ、飛んできた空路を戻っていく。
「おお。あの村は確か」
「はい。アウストディモウスとジェンを預けてきた村です」
「これは懐かしい。ほお、以前に比べてかなり発展しておるではないか」
「そのようですね」
私はオーリヤから村のその後を聞いていたので驚きはしなかったが、サンタは村が様変わりしていることに感心していた様子だった。
あれからひと月も経っていないが、村は拡張され家屋や厩舎などの建物が増えていた。外には農場と牧場が出来上がり、アウストディモウスたちとはじめて会った川からは用水路が引かれていた。
変化は他にもあった。
「おお!天使様とサンタ様が参られたぞ!」
村長が私たちを出迎えてくれる。村人たちは仕事を放り投げて私たちを囲んだ。
「皆さんお元気そうですね」
「お二方のおかげで今日も平和に生きることができておりますぞ!」
「それにしても、ずいぶん人口が増えましたね。彼らの数も」
「ええ、そうなのです。アウストディモウスとジェンが中心となって、魔王軍から逃げ出した者たちを呼び集めてくれました。そうそう、私たちは彼らのことを亜人と呼ぶことにしました。いつまでも魔物と呼んでいては差別が生まれそうですので」
「なるほど。それはよい取り組みですね。私たちもそれに倣いましょう」
アウストディモウスとジェンの協力で、村には逃げ延びてきた亜人たちも暮らしていた。
村人と亜人はお互いの長所を生かし、短所を補うことで村の発展に力を注いでいた。
またヒトと亜人の混合捜索隊が組織され、定期的に村の近辺を巡回しているのだという。戦災から逃れてきた者、家を失い飢えている者たちが流れ着いていないか確認するのが目的だった。
巡回は効果があったようで、これまで何人もの避難民を助け出せたらしい。その中には、アウストディモウスたちに「死ねばいい」と怒声を浴びせていた男の家族もあった。男は亜人たちの働きに感謝し和解したという。
「今日は宴じゃ!宴を開くぞ!天使様とサンタ様に感謝をささげる宴じゃ!」
村長の言葉に亜人を含めた村人たちは拍手喝采だった。
陽が沈み、空が茜色に染まる。濃淡な紺色が空に混ざり始めた頃、宴が催された。
皆大いに食べ、飲み、歌い、語らった。そこには種族の垣根など存在しなかった。皆がこの村で生きる大きな命だった。
「どうですか?」
サンタと私は少し離れた所でその様子を見ていた。
「ああ。素晴らしいな。そして美しい」
「ええ。おっしゃる通りです。これはサンタさんが成し遂げたことなのですよ」
「?」
「サンタさんがいなければ、あのようにしてヒトと亜人が手を取り合い、共に笑い共に歌うことなどなかったでしょう。フィンディラムにおいて、これは正に偉業です」
「私は何もしておらん。恨みを忘れて共に生きる選択をしたのは彼ら自身だ」
「そうかもしれません。けど、それでもサンタさん無しでは成し得なかったのも事実です。サンタさん、あなたが救った命です。あなたが救った未来であり、あなたの成し遂げたことです」
「……そうかね」
「はい」
「ホッホッホ!」
サンタの顔にようやく笑顔が戻った。