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第8話 救えぬ者と救えるモノと

 私の首筋に牙が突き立てられる寸前、ゴードンの横っ腹をトナカイの鋭い角が貫いた。

 ゴードンは苦痛に顔を歪め咆哮する。駆け抜けようとするトナカイの一匹を掴み上げ空中へ放り投げる。そのまま口から炎を出してサンタの友人を焼こうとした。トナカイたちは体勢を立て直し炎を避ける。しかしソリは直撃をくらって蒸発してしまった。

 その隙に、私はサンタの傍へ駆け寄った。吹っ飛ばされてもサンタはまったくダメージを負ってなかった。しかし、聖ニコラスの剣が効かなかったことに驚きを隠せていなかった。

「おかしい。確かに奴の心は斬ったはず」

「本当ですか?」

「ああ。手応えで分かるのだ。彼の怨念は払われた。しかし何故だ。何故ゴードンは止まらんのだ!」

「…………」

「ほお。あれだけの攻撃を受けても傷一つないとは。流石勇者よ。恐れ入った。しかし、戦いとはこうでなくてはなぁ!」

 ゴードンが翼を広げ、私たちに突進してくる。

 私たちは寸でのところで回避した。ゴードンは外壁を破りそのまま空中へと飛び立った。

 頭上から火炎の弾を吐き出してくる。私はセイクリッド・ウイングで防御を固める。翼に何発もの弾が直撃していた。天使の加護で強化しているのに翼は熱く、痛みが走る。攻撃が終わった頃には私の翼の一部は炭と化していた。回復呪文を唱えなければ使い物にならなくなってしまった。

「天使は潰した!次はお前だ!」

 ゴードンの攻撃はまさに瞬足だった。気がついたら私たちの眼前に巨躯を現し、剣を振りかざしていた。

 やられる!と思い目を瞑ってしまう。その瞬間、耳障りな金属音が聴覚を刺激する。目を開くとサンタが聖ニコラスの剣で攻撃を受け止めている。

「ゴードン、お主まさか!」

「戦いに詮索など不要!」

 薙ぎ払い、受け流し、反撃し、それをいなす。

 得物を再びかち合わせ、打ち合うこと数十合。お互い決め手に欠けるまま剣戟が繰り広げられる。

 しかし、私にはサンタの方が劣勢に見えた。それは、サンタの剣筋に迷いが生じていたからだった。

「どうした勇者!動きが鈍いぞ!老躯には私の相手は荷が重かったか!?」

「サンタさん、どうされたのです!?」

 私は後方に下がって回復呪文を翼にかけていた。そのため身動きが取れずサンタの援護ができない。

「ヴィいや!何故聖ニコラスの剣が効かなかったか、それが分かった!」

「え!」

「ゴードンの心は最早――」

「無駄口を!」

「ちぃ!」

 ゴードンの攻撃はこれまでより苛烈になっていた。

 少し前までは剣と棘のある尻尾でしか用いていなかったが、今では火炎を吐いたり、瓦礫を放り投げたり、翼で風を起こして身動きを封じようとするなど攻め手が豊富になっている。その動きから、使える物は使うといったゴードンの意図が見て取れる。私は、人が変わった様な印象を受けていた。

 聖ニコラスの剣に斬られる前は、まるで決闘のような……まさか。

「ふん!」

 サンタの攻撃が再びゴードンの体を捉えた。聖ニコラスの剣は音もなく彼の胴体を横薙ぎにする。しかしゴードンに変わった様子はなかった。

「やはり駄目か!」

「さかしい老いぼれがあ!」

 サンタが炎を躱す。一瞬、私とサンタの視線が交わる。言葉は交わせなかったが、彼の考えていることは手に取るように分った。

「上手くいくかは分からんがやってみるしかない。シルヴィ!」

「はい!セイクリッド・レイ!」

 回復呪文を唱え終えた私は、翼を広げ高貴な輝きを放つ。

「天使め!回復呪文だと!?…………っぐ!」

 セイクリッド・レイは魔物には決して直視できない天界の光を周囲に出現させる呪文だった。ゴードンは眩しさに耐えきれず目を瞑る。

「サンタさん今です!」

「おう!」

 サンタが口笛を吹く。空中で待機していたトナカイたちが広間まで降りて来た。八頭が角をゴードンに向けている。

「真・ギブ・アンド・テイク!」

 サンタの叫び声がこだまする。同時にトナカイの角が虹色に輝き、ゴードンの体に七色の閃光が突き刺さった。

「ぐおおおおおぉぉ!」

 真・ギブ・アンド・テイクは人助けの過程で解放されたサンタの能力だった。他者を尊重し慈しむ真心を発生させ、対象となった者の邪悪な心を吸収しトナカイの餌とするらしい。これも精霊から授かった力だが、サンタはあまり好きでないらしい。真心は他者から生じさせられるものであってはならない、と彼は考えているからだ。誰かによって植え付けられた真心は本当の心ではない。

 だからサンタは、心を本来の姿に戻す聖ニコラスの剣を好んで使っていた。しかし、聖ニコラスの剣もまったく受け付けないゴードンが相手となると、真・ギブ・アンド・テイクを使わざるを得なかったのだろう。彼はいったいどういう気持ちで立っているのだろうか。

「もう少し頑張れ!」

 トナカイたちは懸命にゴードンから邪悪なエネルギーを吸収していた。しかし、脚が震えて立っているのですら辛そうだった。

 閃光が途切れ、虹色の輝きが消失する。するとトナカイは臓物のような腐った物体を口から吐き出した。

「駄目か!」

「どういうことですか?」

「餌としれきんかったのだ。あやつの心に巣くう闇は、想像をはるかに超えて重く血生臭い」

「私には分かりません。聖ニコラスの剣も真・ギブ・アンド・テイクも効かないなんて」

「ヴィいや、ゴードンの心はな、最早彼だけのものではなくなっているのだよ」

「……と言うと?」

「ゴードンが言っていただろう。『連綿と続く血の恨み』と。そう、彼の心は先祖代々から続く恨みや怨念によって食い尽くされておる。そこにはもう彼自信の心、魂の居場所はなかった。あの者の心を成しているのは奴の親兄弟、そのまた両親、友人といったありとあらゆる亡霊の思念だ。長きにわたって紡がれてきた、ヒトに対する復讐の念。それが奴の心の正体だ」

「しかしそんな邪悪なものなら聖ニコラスの剣や真・ギブ・アンド・テイクで浄化できるのでは?」

「…………無理だ。私の力は生きている者に限定されているからの。…………死者の心を救ってくださるのは、我らが主なのだ。私の力では、限界があるのだ……」

 私たちが会話している間、ゴードンはまだ光に苦しみ悶えていた。

「……ではいったいどうすれば」

「……………………」

 サンタは答えなかった。沈鬱な表情を浮かべ、戦いの傷痕が生々しい床を睨んでいる。

「どうした……サンタクロース!」

 ゴードンが片目を開けて私たちを睨んでいた。肩で大きく息をしながら、剣の柄を握っている。私たちの攻撃は堪えたのだろうか。ゴードンの一挙一動が酷く緩慢に見えた。

「は……はは!殺すしかないのだろう?分かっているぞサンタクロース。お前は言ったな『世界を救いに来た』と!救うにはどうすれば良いのだ?ん?答えは明白だ。私を殺すしかないのだよ」

「…………しかし、ゴードンそれではお前が」

「私は受け継がれてきた願いのために生きてきた。迫害した者たちを殺せ、私たちの血を穢した者たちを抹殺しろと。そう願われ私は殺してきた。我が一族に仇名した奴らを」

「それはお前の願いだったのか!?」

「私の願い?何を言っているのだ。親の願いを成就させるのが子の役割だ。それが血肉を与えられ生を与えられた子の責任だろう!」

「違うぞゴードン!それはあくまでお前の親の宿願だ!子供に親の願いなど関係ない!お前はただ血に呪われているだけなのだ!」

「しかしだなサンタクロース。振りかざした拳は言葉では止められんぞ。止められるのは血、流血のみだ」

「ゴードン!」

 ゴードンは目を見開き咆哮を轟かせた。

「改めて問おう勇者よ。私を殺し多くを生かすか、私を生かし多くを殺すか。道はどちらかしかないぞ!…………勇者あ!」

「…………!」

 剣の薙ぎ払いを飛び上がって避ける。サンタは苦悶していた。唇を震わせ、眉間に皴を寄せている。しかし長くは考えなかった。

「ヴィいや、武器を貸してくれんかね」

「…………はい!」

 私は呪文を唱え、輝く天使の槍、セイクリッド・スピアを顕現させた。

「……何をしておるのだ?」

 私はスピアをサンタだけに握らせることはしなかった。柄の部分をしっかりと握り、サンタにも握るよう目で促す。

「ヴィいや……」

「あなただけの手を汚させはしません」

「…………すまんな」

「…………セイクリッド・レイ!」

 眩い光が辺りに満ちる。ゴードンの目が閉じる。

「…………!」

 それと同時に、私たちは、聖なる槍を竜人の心臓に突き立てた。

 輝きが夜の闇に溶けて消える。私たちを照らすのは夜空に煌めく星と煌々と浮かぶ月だけになっていた。

 玉座の間で私たち以外に動いている者はいなかった。ゴードンの鼓動は完全に停止している。

「ヴィいや。分かったよ。何故私がヴィいやに呼ばれたのか」

「…………聞かせてもらえますか?」

「本来なら、ヴィいやに呼ばれるのは我らが主のはずだったのだ。『強力な聖なる力を持ち、最も知名度と人気が高い聖人』。条件に当てはまるのはあの方しかおらん。しかし主は世界を離れられぬ。そういう理になっている。だから私が呼ばれたのだ。主の代わりとしてな」

 私はサンタを召喚した日を思い出していた。通常、呪文の詠唱が終わると同時に条件に合致した人物が召喚される。しかしあの時はサンタが召喚されるまで少し間があった。呪文を間違えていないか、何度も確認できるだけの間が。なるほど。召喚できない者が対象になったから、代わりの者を探すのに時間を使っていたのか。これで合点がいった。

「主ならゴードンをお救いになれただろう。彼を汚染していた悪しき魂や思念も浄化できたことだろう。しかし私では…………」

「…………確かにゴードンは救えませんでした。でも、サンタさん、見てください」

 私がゴードンの顔を示す。サンタはゆっくりと視線を上げた。

「こんなに、穏やかな顔を浮かべています。殺し合いに敗れ、命を奪われた者がこのような表情をするでしょうか。……私はしないと思います。…………きっと、ゴードンは最期の瞬間、サンタさんに心を救われたんです」

「…………」

 私の言葉にサンタは何の反応も示さなかった。

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