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第7話 狂戦士ゴードン

 あれから数日、私とサンタはフィンディラムを奔走していた。

 困っている者を助け、魔物から悪の心を取り除き、心のない人形は壊して回った。

 そのおかげで、サンタの名声はどんどん高まっていた。それは傍から見ているだけでも分かるほどだった。今では聖ニコラスの剣を一振りしただけで魔物の心を浄化できるようになっていた。アウストディモウスたちを浄化するのに、何回も何回も剣を振るっていたのが懐かしい。

 長老から聞いたところによれば、魔王軍の勢いは日毎に弱くなっているらしい。サンタのおかげで、魔物たちが軍から離れているためだろう。誰も殺さず、傷つけず、サンタはフィンディラムを救っている。私はそんな彼を召喚し、行動を共にしている自分が誇らしかった。この戦争を終わらせられるのは彼しかいない。いつからか、私はそう信じて疑わなくなった。

 そんな中、嬉しい報告が耳に入ってきた。それは妹のオーリヤからもたらされた。

「お姉さま、お元気でしょうか」

「元気よ。どうしたのオーリヤ」

「例の村についてご報告があります」

「そうだった。最近忙しくてすっかり忘れてたわ。どういう状況?」

「あれから村人と魔物たちはそれなりの良好関係を保ったまま暮らしているそうです。アウストディモウスはサイクロプスの中でも目が非常に良いらしくて、見張り番や狩りの補佐、建物の老朽している箇所の発見など彼なりに役に立とうしています。元来優しくひょうきんな性格なのか、子供たちによく懐かれています」

「それはよかった!ジェンは?」

「ジェンは主に肉体労働を受け持っています。畑仕事や狩り、建物の増築や減築など、生活に必要な重労働を担っているみたいです。見ている感じ、彼はそういうのが好きらしいですね」

「そうなの。けど、『それなりの良好関係』というのが引っかかるわ。何か問題でも?」

「…………村人の中には彼らをよく思わない者もいます。アウストディモウスとジェンは何度も謝罪して、仕事を通して贖罪をしているのですが……」

 私は「死んでしまえばいい!」と怒声を浴びせていた男のことを思い出した。無理もないことだった。たった数日の内に消えるような恨みでもないだろう。

「報告ありがとう。引き続き見守ってやって。そう言えば避難命令は出ていないのかしら?」

「出ていません。お姉さまとサンタ様の活躍であそこまで被害が及ぶことはないと思います」

 姉妹たちは地上の様子を把握していた。妹をはじめ、天使の中にはサンタに魅了された者が多くいた。彼女たちはサンタのことを勇者様ではなくサンタ様と呼ぶ。天使ともあろう存在が、一人の人物に熱をあげるなど、あっていいことなのだろうかと疑問に思う。

「……分かったわ。何かあったらすぐに報せてね」

「分かりました。ではサンタ様とごゆっくり」

「ちょっと!慎みなさい!」

「それでは!」

 今度はオーリヤの方から思念を切ってきた。この前の仕返しのつもりなのだろうか。

 ため息を吐いているとサンタが怪訝な表情を浮かべて口を開いた。

「ヴィいやどうしたね。気分でもすぐれないのかね」

「いいえ。そういうのではないです。気にしないでください」

「そうか。何かあったらすぐに言うんだよ」

「はい」

 私たちは今、モルデスディルグという要塞に向かって空を翔けている。

 モルデスディルグの名前を聞いたのは昨日のことだった。助けたドワーフが教えてくれた名前で、どうやら魔王軍の根城の一つとして機能しているらしい。

 部隊を指揮しているのは狂戦士と渾名されている竜人族のゴードンという者だった。

 天使の間では狂戦士ゴードンでその名が通っている。知らない者はいない。魔王が我々に戦争をしかけてきてから、多くの冒険者や異世界から召喚された勇者たちが彼に斃されている。その中には彼らと行動を共にしていた姉妹もいた。

 狂戦士ゴードンは姉妹の仇だった。殺してやりたいと思ったことは数知れない。しかし、自分があの魔物の前に立つと思うと翼が震え足もすくむ。それほどゴードンは恐ろしい存在だった。

 だが私にはサンタがいる。これまで不可能だと思われてきたことを可能にしてきた真の勇者がいる。二人なら立ち向かえる。二人ならゴードンの心も救えると思う。

「ヴィいやあれかな」

 今まで眼下に広がっていた森の景色は失せて、その代わりに凹凸の目立つ丘陵地帯が見えてきた。その更に向こう、空高くそびえる尖塔が見える。漆黒に塗られた石造りの建造物は、夕暮れの中にあって禍々しい雰囲気を醸し出していた。要塞と言うよりは城そのものだった。

「どの世界でも城のつくりはあまり変わらんのだなぁ。ホッホッホ!なんだか懐かしいわい」

「テラディラムにもあのような建造物はあるのですね」

「そらもうごまんとあるよ。多くは戦争のため、貴族たちの生活のために造られたものだが、今ではどれも観光の名所として多くの人々で賑わってとる」

「良い世の中ですね」

「昔に比べれば、な」

 私たちはどんどんモルデスディルグに近づいて行った。

「サンタさん。空に歩哨がいます。翼の形から見るに竜人とデーモン、ピクシーもいるようです」

「我々の姿は既に捉えられているかな」

「おそらく」

「であれば話は早い!行くぞ友よ!」

「はい!」

 サンタの掛け声にトナカイと私は速度を増す。

 私の言葉通り、私たちの存在は既に察知されていた。迎撃部隊が空中に展開している。

「ホーホーホー!」

 サンタがいつものように聖ニコラスの剣を抜きだして、魔物たちに一振り浴びせかける。殺気立っていた魔物は呆然と翼をはためかせていた。

「サンタさん、塔の向こう側、円形の建物の中に強いマナの流れが見えます!きっとあそこにゴードンが!」

「おう!」

 先頭を走るトナカイが角を前に突き出した。轟音と共に壁に穴があく。私たちは無機質な広間へと降り立った。

 広間の造りは天界の宮殿のものと酷似していた。吹き抜けになっている天井、縦に長い通路。奥に見えるのは黄色がかった白色をした、歪な形の玉座だった。そこに腰を降ろしているのは鱗で体を覆われた巨躯。翼をたたみ、長い首を前に伸ばして、じっと私たちを見据えている。

 その者こそ狂戦士ゴードンだった。

「…………!」

 思わずゾクリとする。ゴードンの黄色く鋭い瞳は、投擲された槍のように私の体を突き刺さっていた。翼が震え自然と防御体勢をとる。

 この玉座の間には血の臭いが立ち込めていた。

「お前か。天使が呼んだ勇者というのは」

 重苦しい声が広間にこだまする。サンタと同じで通りの良い声だったが、まとっている雰囲気はまるで別物だった。

 それに加えて私は驚いていた。ゴードンは魔物の言葉ではなくヒトの言葉を扱っている。他種族の言葉をよどみなく口にするその姿は、狂戦士と恐れられているイメージからは程遠かった。

「うむ。私はサンタクロース。この世界を救いにやってきた」

 サンタの声がいつもの調子ではない。彼もゴードンの圧を感じているのだろう。

「そうか。噂には聞いている。我々の仲間を軍から解放しているようだな」

「そうだ。彼らははじめから争いなどしたくない者たちだった。本来の自分を思い出させているだけのこと。ゴードン、お前もそうなのだろう?」

「そう、とは?」

「お主も本心では争いを望んでおらんということだ。ヴィいやから聞いた。竜人とは空の覇者と謳われ、自由を愛する誇り高い種族なのだと。そんな種のお主が平気で他者を傷つけるとは思えんのだ。他の者も同様に――」

「はっはっは!」

 ゴードンが高らかに笑う。彼の笑い声は地を震わせ、私をすくみあがらせた。

「傑作だなサンタクロース。お前は何も分かっていない。確かにそこの天使や他の連中からこの世界のことを少しは聞いているのだろう。だがたったそれだけのことで連綿と続く血の恨みを理解しきれたと思わんことだ。お前が考えている以上に闇は深いし、血の臭いは濃いのだ」

「ゴードン、お主の言う通り、それだけでは理解できると思っておらんよ。しかし、それでも心を救うことはできると思っとるよ。世界を理解できなくとも、その者に手を差し伸べることはできるのだ」

「世迷言を」

「では試してみるかの?お主を救えるか、救えぬか」

「面白い」

 ゴードンは玉座から立ち上がった。その時はじめて気がついたのだが、ゴードンが座っていた玉座からはかすかにマナの痕跡が見て取れた。そこで私は理解した。あの玉座は、骨で出来ているのだと。きっと殺してきた者たちの屍から作り上げた物なのだと。

「邪悪な……!」

「気づいたか。そこの天使」

 ゴードンが鋭利な牙を見せて笑った。

「お前の考えている通りだよ。この玉座は私が殺してきた者たちから作ったものだ。魔法で骨を歪ませ、快適に座れるようにな。お前の姉妹もこの中に混ざっているぞ?挨拶させてもやってもいいがな」

「言ったな!」

「ヴィいや、落ち着きなさい」

「……で、でも」

「のせられるな。いつもと同じようにしていればいい。気持ちは察するが、今は忘れなさい。分かったかね?」

「……はい」

「結構。……ゴードンよ。これまでのお主の行い、決して本心からではないということを教えよう」

「ならば来い。異邦人」

 サンタはゴードンへ目にも留まらぬ速さで突進した。

 聖ニコラスの剣を振りかざし、ゴードンを斬る。しかし、ゴードンは玉座に立てかけてあった鋼鉄の剣で難なくサンタの攻撃を受け止めた。

「むぅ、やるのお主」

「お褒めに預かって光栄だよサンタクロース」

 ゴードンがサンタを振り払い、頭上から剣を叩きつける。サンタは左に避けてから剣を突き出した。ゴードンは難なく攻撃を躱す。彼の身のこなしは巨躯にはとても似つかわしくなかった。

 その後も二人の剣戟は続いていた。玉座の床は抉れ、壁の所々は崩壊していた。

 打ち合ってから何合になるのだろう。剣と剣とがぶつかりあう度に火花が散っていく。火花は、まるで夜空に瞬く星々のようだった。

「こんなものかサンタクロース!これでは私どころか魔王を救うこともできんぞ!」

 ゴードンの攻撃を躱したサンタに尻尾からの追撃が迫る。サンタは拳で尻尾を殴り返して距離を取った。

「ゴードン、これほどの力がありながら」

「もっと私を楽しませろ勇者!」

「それがお主の望みとあれば!」

 サンタが飛び上がりゴードンの脳天目掛けて剣を振り下ろす。ゴードンはまたもそれを受け止めた。口元が嘲りの形に歪んでいる。

「ヴィいや!」

「はい!」

 私たちはその隙を見逃さなかった。

「セイクリッド・ウイング!翼よ、姉妹たちの無念を晴らせ!」

「!?」

 光の矢をゴードンの胴体目掛けて放つ。ゴードンは身を守ろうとしてバランスを崩した。

「でぇい!」

 サンタは聖ニコラスの剣を再び振りかざし、ゴードンの首元から胴体にかけてを薙ぎ払うようにして斬った。

 ゴードンはその場に倒れ込んだ。粉塵が巻き起こり、広間が揺れる。破損した箇所からは石の破片が降っていた。

「やりましたか……?」

「おそらく、な」

 恐る恐るゴードンに近づく。胸が上下に動いている。

「狂戦士ゴードン、強敵でしたね」

「そうだな。この者の心も救いたい…………!ヴィいや!危ない!」

「…………!しまっ!」

 ゴードンは油断していた私を剣で貫こうとしていた。それを防ぐため、サンタは私を吹っ飛ばして剣で攻撃を受けた。

「そ、そんな…………!聖ニコラスの剣で確かに斬ったはずなのに!」

 私は動揺して叫んでしまっていた。今まであの剣を受けた者は皆落ち着いて敵意を喪失させていた。それなのに、どうして?

「はっはっは!愚か者どもが!」

 ゴードンの高笑いが夜の帳が降りた空へ響く。

 サンタも唖然としている様子だった。ゴードンに殴りつけられ広間の奥へ飛ばされる。

 私の目の前にゴードンがかま首をもたげてきた。口から血と臓物の混ざったような悪臭が漂う。

 私は自分の死を予感した。

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