【あ、あれ?死んでいない?おい、大丈夫か?】
【ほんとだ……どうなってるんだ?】
魔物たちは剣で滅多切りにされたのにも関わらず、生きていることに驚きを隠せないでいるらしかった。しかしこの中で一番驚いているのは私自身だった。何故なら、教わってもいない魔物の言葉が理解できるのだから。
【み、見ろ!天使様だ】
【あ……天使様】
魔物が私に気がついた。私は身構えた。けど、彼らは私の予想に反して、私に向かって首を垂れてきたのだ。
【まさかお姿を拝することができるとは】
【ありがたい。ありがたい】
その姿はさっきの村人たちと同じだった。
私は混乱した。どうして魔物が我々天使を敬っているのだろう。魔物は天使を目の敵にしている。そう教わってきた。けれど、今目の前にいる二体の魔物は、私を敵視しているようには見えなかった。演技をしている風でもない。
「ヴィいや、お主この者たちの言葉が分かるのか?」
「は、はい……。そうみたいです」
「ほほぉ」
「私も何が何やら…………」
「彼らと話したい。通訳を頼めるかね」
「……分かりました」
「ホー!ホー!ホー!私はサンタクロース!この世界を救いに来た勇者だ。君たち、名前はあるのかね?」
【勇者!?お、俺たちを殺しにきた…………】
「そう怖がることはない。私は君たちと会話しにきたのだよ。さあさあ、名前があるなら教えておくれ」
【俺はサイクロプスのアウストディモウスです】
【オーガのジェンです】
「アウストディモウスにジェンか。よろしく」
サンタが手を差し伸べる。魔物たちは尚も動揺していた。お互いに顔を見合わせ、サイクロプスのアウストディモウスがサンタの手を握る。
「握手してくれてありがとう。これで私たちは友達だ」
【友達?】
【ヒトの友達!?】
「そうだ。友達だよ。なあアウストディモウス、私に教えてくれんかね。何故君は魔王軍に与しているかね?ヴィいやへの態度といい、今の喜びようといい、とてもじゃないが君たちがヒトに害をなすようには思えんのだよ」
【そ、それは……】
アウストディモウスとジェンは気まずそうにしていた。私のいる前では話しにくいのかもしれない。
「言ってごらんなさい」
私が言うと、二体とも再び頭を下げた。それから口を開いた。
【俺たちはヒトを殺そうとか思ってはないんです。ただ、仕返しをしたかったんです】
「仕返し?それはまたどうしてかね?」
【俺たち、ずっと迫害されてきたんです。本当はヒトみたいに交流を持って生活したかった。でも見てくれがこんなんだから、ずっと昔から嫌われてきたんです。……だから、その仕返しをしたかった】
【そうです。俺たちオーガも同じです。仲良くなりたかっただけなのに、近づくと石を投げられて、罵詈雑言を浴びせられてきた。天使様にすがることも許されなかったんです…………】
「うぅむ」
私の中に相反する二つの感情が芽生えてきた。
一つは長老から教えられてきたフィンディラムの歴史や天使としての教えは本当に正しかったのか、というもの。
もう一つは魔物たちが嘘をついているんじゃないか、というもの。
「そうか。それは辛かったろうになあ」
サンタは魔物たちに同情している。
「この者たちの言葉を信じるのですか?」
猜疑心を抱いてしまったとはいえ、長年授かってきた教えをすぐ否定するつもりはなかった。私は無条件に魔物たちの言葉を信じている様子のサンタを咎めた。
「ヴィいや。聖ニコラスの剣は斬った者の悪の心を消滅させる。村人たちが私の存在を認めてくれたおかげで、剣にも少しずつ力が戻って来ている。この者たちの言葉は真心からのもの。疑う理由はない」
「しかし……!」
「私はな、どのような者にもチャンスが与えられるべきだと思っとる。行いを恥じて反省し、罪を償った者、自分を知ることができた者は、過去に囚われず明日を生きていけるのだ」
「それはサンタさんの理屈です。また邪心を抱いたらどうするのですか?葬っておける時にそうしておかなければ」
「やめなさい。倒したところで、何かが変わる訳ではない。どうしようもないんだよ」
「ではどうしろと」
「村へ連れて帰ろう」
「……は、はい?」
「平和はそこで生きている者たちがお互いを受容することから始まる。それが土台となってはじめて共存できるようになるのだよ。彼らは人々と交流したいと言っていた。ならその願い聞き届けてやらねばな」
「ですがそれは魔物たちだけの希望です。村人の意見や意思はどうなるのですか?」
「その辺は任せて貰おう。アウストディモウス、ジェン、ソリに乗ったことは?ヴィいや通訳を頼む」
「…………分かりました」
【そ、そり?なんですかそれは】
「そこの大きな箱のようなものだよ。乗ったことはなさそうだな。どうかね、私と一緒に近くの村へ遊びに行かないか?」
【行きたいけど、で、でも俺たち魔物だから……。皆怖がっちゃうんじゃないかな】
【俺もアウストディモウスに同感。石を投げられたくないな】
「安心しなさい。君たちにはこのサンタクロースがついておるぞ!」
【天使様、本当に大丈夫なのでしょうか?】
アウストディモウスが私に問う。私は、はじめの内どう答えていいのか分からなかった。
しかし彼らの慇懃な態度を見ていると、サンタの言うことも間違ってなさそうに思えた。それにこれは大きな試みとなる。フィンディラム史上初めて、ヒトと魔物が手を取り合うことができるかもしれない。
私は天使でありながら、その瞬間に立ち会いたいという欲望を抱いてしまった。
「あなたたちが本当に望むのであれば、サンタさんの言葉に従いなさい」
そう言うと魔物たちは目を輝かせながらサンタのソリに乗って行った。
「希望が出て来ただろ?ヴィいや」
「それは、まだ分かりません」
サンタの問いかけにそう答えたのだが、何かとんでもないことが起こっているのは分かっていた。