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第37話 奈落の底

ガッ! コンッ!


「止まった……」


「さ、行こうか」


 案内人はいつの間にか立ち上がり、奥を指さしている。暗くて見えにくいが……奥には螺旋階段が見えた。今までは床に隠されていた、新たな道だ。


 それにしても……更に地下に進むのか。


「ここは元々フロント企業を隠れ蓑に、地下闘技場をやってる施設だったんだ。けど、ダンジョン災害で、権利を持ってた組織が壊滅してね。放置されてる内にとうとう廃墟型ダンジョンになっちゃった訳」


 蝋燭の明かりしかない螺旋階段を降りながら、案内人が説明してくれる。


「さっきの昇降機もその頃からの物なのか?」


 俺は案内人に問いてみた。

 ダンジョンはいくら傷つけても崩してもしばらくすれば元に戻ってしまう性質が有る。


 つまり、あの大掛かりな設備は、元々ここに存在していた物だという事になる。


「そうだね。元々地下闘技場ってのは反社達のシノギ(仕事)の一つだった。だが、ダンジョン災害でほとんどの地下闘技場は崩壊。新しく建てようにもいつダンジョンが生えてきて潰れるか分からないから手が出し辛く……」


 へえ……裏社会の連中はダンジョン災害で儲けているとばかり思ってたが、被害も喰らってたんだな。


「でも、ここは例外だった。なんせダンジョンなんだから、ダンジョンに潰される心配が無いわけだね。所有権を巡って結構な争いが起きたんだけど、結局は幾つかの組織が合同で管理する事になったんだ」


「……魔物の脅威の時代に人同士で争いか」


「そう! まさにそれが今の地下闘技場の売りでね。『ダンジョン配信なんかじゃ見れない! 人VS人の殺し合い!』ってな謳い文句で客を集めてんだ」


 呆れるな。簡単に命が無くなる時代にわざわざ殺し合いを見に行くなんて……


「そんなに命のやり取りが見たければ探索者にでもなればいいのにな?」


 俺にしては珍しく皮肉を飛ばしてしまう。


「まあね〜俺も良く分かんないけど、安全圏から見れるのがミソなんじゃない?

それに単なる殺し合い以外にも今日は他の需要が……っと、そろそろ目的地だね」


 俺達は螺旋階段を抜けた。するとトンネルのような場所に出る。

 恐らく奥に進めば闘技場とやらが有るのだろう。


「君はまずあの横扉に入ってね。簡単な控え室が有るから」


「……その様子だと、お前は来ないのか?」


「俺の役目はあくまで案内人だから。じゃあね……ここは奈落の底、這い上がるのが誰なのかは君次第だよ」


 妙な捨て台詞を残して、案内人は螺旋階段の方に引き返して行った。


「……横扉だったな」


 別に奴を追う必要もないので、俺は控え室らしい横扉に向かう。



「ゲホッ、ダンジョンなだけ有って空気が澱んでる……いや、単に掃除がされてないだけか?」


 控え室は湿ったホコリの臭いと、ダンジョン特有の嫌な雰囲気が合わさっていて。あまり良い場所とは言えなかった。


「…… 我らが地下闘技場にようこそ、千擁四郎」


 聞き覚えの無い声がして、音の出処を探る。

 俺は、壁に古い映像機器が取り付けられているのに気づいた。


 やや乱れが目立つ画面の向こうには堂々とした男の顔が見える。

 ……どこか見覚えが有る様な?


「俺は灰風会会長の灰風強だ。うちの部下が渡した手紙は読んでくれたか?」


「読んでなきゃこんな所に来るか。つまらない前置きはいい、本題を言え」


「へえ、事前調査ではもう少し落ち着いた奴だって聞いてたけど……その方が面白れぇな」


「二度も言わせるな。本題は?」


「……勘違いするんじゃねえぞ。主導権はこっちだ」


 灰風強がそう言った瞬間、画面が切り替わる。


『ウー……! 人の事を芋虫みたいに転がして……! よっぽど自分を逃がしたくないみたいすけど、アンタらなんて主任が来ればモゴッ!』


 替わった映像には、簀巻きのままもがいている中柱の姿が映った。

 しかも口に猿ぐつわを噛まされている場面が。


「貴様……」


「人質を思い出せたか? 千擁、てめぇにはこれから殺し合いをしてもらう」


 映像は再び切り替わり、灰風強が映る。

 ……とりあえず中柱が生きてるようで良かった。

 だがこの報復は絶対に……。


「……誰と?」


「そいつは見てからのお楽しみだ。ただし、ハンデが一つ有る」


 ハンデ……中柱が人質に居る以上、断れないだろうな。


「そう難しいもんじゃない。お前の単純だろぉ?」


「なるほど、反撃も許さないと?」


「当然だ、防御くらいはしてもいいぜ。あんまり簡単に終わったら盛り上がらないからな」


「へえ、随分優しい条件だな」


「……強がりやがる。ベルが鳴ったら闘技場まで来い」


 画面は消えた。

 ……攻撃は禁止か。

 面倒な戦いになりそうだが……勝算は有る。



ジリリリリ!


「……遅かったな」


 刀の素振りで時間を潰していると、やっと呼び出された。俺は控え室を出る。


「……眩しいな、あっちが闘技場か」


 螺旋階段と真逆の方向に光が見える。

 俺は意を決してそちらに向かった……。


「さて……では出てきて頂きましょう! 東コーナー! ほんの二週間程前……彗星の如く現れた、探索者界隈で最も話題の男! 最強の侍! 千擁ァァァァァ四郎ゥゥゥゥゥゥゥ!!!」


「「「わあああああああああ!!!」」」


 トンネルを抜けると、耳障りな実況音声が俺を出迎える。

 闘技場は、俺が今いる試合場を中心に円形に広がった構造だ。


 俺が出てきたトンネルの上、二階にあたる観客席に、高い金を払ったであろう客が歓声を挙げている。


 個人的には斬撃の一つでも飛ばしてやりたい気分だが、半球状の透明な結界が貼られていて、簡単には手出し出来なさそうだ。


「続いて西コーナー! 千擁に敗れ探索者としての地位を失った悲劇のヒーロー達!! ブラックゥゥゥゥゥゥゥストーォォォォォム!!!」


「なんだって?」


 聞き覚えのある名前だ……向かい側を見ると、やはり知った顔が三人見えた。


「……リベンジマッチと行こうぜ。千擁ぁ……!」


 ブラックストーム……神陀の手下として動いていた三人組。

 なぜアイツらがここに……


「『なんでコイツらがここに?』って顔だなぁ!」


 ……!? 馬鹿な……。聞こえていいはずのない声がして、俺は探す。


「ここだよここ! お前の真後ろだ!」


 背後を見あげると、最前列の飾り付けがやたら豪華な特別席……そこに。

 神陀多沼の姿が有った。

 隣にはあの灰風強とかいう男も居る。


「……なんで」


「言っただろ! まだ終わらないってな!」


 自分の中で全てが繋がった……俺が灰風会に目をつけられていた理由、ブラックストーム、そして神陀……。


「なるほど、全部お前が仕組んだって訳か!」


 ここまで来て、まだ自分の手で戦わない気なのか……雲上にあれだけされても性根は治らなかったみたいだな。


 良いだろう……。

 やっぱり神陀とは俺が直接、決着を着けなくちゃならない運命らしいな。


「そうだよ千擁ぁ! しかもなぁ……これだけじゃないんだぜ!」


 神陀は懐から何かの端末を取り出し、操作する。

 すると、半透明の画面が空中に映し出された。

 雲上の配信でコメント欄を映し出していた機械に似ているな?


〈うおおおおぉ!〉

〈はよ始めろ〉

〈殺せぇぇえええええ!!〉

〈いえーい千擁くん見ってるー?〉

〈これが雲上を俺らから奪った罪だ!!〉


 これは……画面にはこの闘技場の様子とコメント欄が映っている。

 まさか配信されてるのか?


「コメントは見えるよなぁ? みんなお前に死んでもらいたがってる。これが正しいんだよ! こ、れ、が!!」


「みんな……? 俺なんかが?」


「いつまで一般人面してんだおめぇはよぉ!! もうお前はとっくに全国規模で知られてんだ! 英雄……最強の侍? いいや違うね! あの雲上愛羽を自分のモノにした馬鹿野郎としてだ! そりゃあこんだけヘイト買って当然だよなぁ!」


 つまり観客や配信の視聴者達……この戦いを見に来てるのは、俺が嫌いな奴だけってことか。


 神陀の奴……徹底的に俺を不利に追い詰めてきやがる。



「千擁! お前はここみたいな地獄……いや、奈落の底で死ぬべき罪人……偽善者なんだよ!」


 神陀は余裕のない、狂気的な笑いを浮かべて俺に言い放つ。

 ああ……そろそろこっちも我慢の限界だ!


「ほざけ!! お前は俺が気に食わないってだけで、何の関係もない中柱や部下達を巻き込んだ……。ここが地獄ってんなら神陀、お前の方が相応しい。だからそこでゆっくり見てろ……引きずり落とされるのを楽しみにな!」


 俺達の罵り合いを見て、観客やコメントはますます盛り上がっていく……充分だと見たのか、実況の男が静止するように手を挙げた。


「そろそろ良いでしょうか? では時間無制限、ルール無し! 千擁四郎VSブラックストーム……デスマッチの開始だあ!」


 ゴーンと、銅鑼のような開始の合図が響く。


「てめぇのせいで俺の探索者としてのキャリアは終わっちまった……だからここでお前を殺って、今度は裏社会で成り上がってやる……行くぜ……千擁ぁ! お前らもいいな!」


 先頭に立つ土志炭は闘志を燃やしている。


「おう!」「う、うん!」


「ああ……まずはお前らからだな……」


 攻撃は禁止、味方も無し……馬鹿みたいに不利な状況だが。

 不利な状況で戦うのはいつもの事だ。


 いつもと違うのは、人質の中柱やら神陀やら、負けられない理由が多い事くらいか。


「――必ず勝つ」

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