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第36話 臨戦

side千擁四郎


「……朝か」


 昨日の夜、俺は念の為に中柱の行方を調べた。だが、結局連絡は取れず、誘拐が事実だと思い知らされただけだった。


 そうと決まればやる事は一つしか無かった。昨晩の俺はただ寝て、次の日に備えた。……睡眠薬の力を借りる羽目になったがまあいい。


「時間までは余裕が有るが……じっとしてられる気分でもないな」


 早速着替えて、脅迫状に書かれた住所へ向かおうとしたその時。


「お〜い、千擁居るか〜?」


 玄関からノックの音がした。

 この声は……良秀か?

 俺は扉を開けて対応する。


「どうした良秀?」


「あー本当にここで合ってたのか……インターフォン壊れてるぞこの家。もっと良い家住んだらどうだ?」


「これでも住めば都だ。えっとそれで……ああ、昨日の事なら悪かったな。真夜中にいきなり電話掛けて」


「いや、それは別に良いんだけどよ。俺の用はコイツだ」


「これは……」


 良秀は質の良さそうな布に包まれた長い何かを差し出してくる。

 なんだと思い布を解くと……そこには俺の愛刀「柳刃」が有った。


「ああ……鍛え直しが終わったのか」


 傷だらけだった鞘も新品同様に補修されている……刀を抜いてみれば、宝石の様に輝く刃が。それは朝日に照らされ、より一層光輝いた。


「……はっ、本当に芸術品みたいな美しさだな」


 ダンジョンが溢れる時代になり、刀は美術品から武器に戻ったが……。

 この刀なら、たとえ美術館に飾られていようが驚きはない。


「……これでいいか。はっ!」


 試しにあんまり使っていなかったまな板を放り投げ、切ってみた。

 するとまな板は、空中では二つに別れず、地面に落ちた途端に割れた。


「おお! 切断面がキレイ過ぎて直ぐには落ちなくなる奴じゃねえか!」


「この刀のお陰だ。新品の時より切れ味が増してる」


「いや……アンタの腕も……まあいいか。褒め言葉は素直に受け取っとくぜ」


 俺だって、刀も無しに誘拐犯の元に向かうつもりは無かった。

 道中で適当に見繕うつもりだったのだが……嬉しい誤算だな。


「……今日アンタの顔を見て確信したけどよ。千擁、アンタはこれから相当な修羅場を覚悟してるな?」


「……さあな」


 察しの良い奴だ……良秀には悪いが、俺は脅迫状のせいで何も言えない。


「昨日の電話でもなあ……エラく切羽詰まった声色で話すもんだから。たぶんコイツが必要だろうと思って、この僕自ら届けに来た訳だ」


「ありがとう」


「礼は要らねぇよ。代わりと言っちゃなんだが……朱空良秀様が鍛えた刀の凄さを相手に知らしめてくれ!」


「分かった、行ってくる!」


 良秀の激励を受け取り、俺は誘拐犯指定の住所に向かった。


 休みも充分に取れたし、頼もしい愛刀も有る。不幸中の幸いと言うべきか、今の俺は万全に近い。


 中柱は必ず無事に取り返す……。



「住所は……有ってるな」


 指定された住所の場所は、大きなビルの廃墟だった。


「ダンジョン化している廃墟に呼び出すなんて……」


 ダンジョンには大きく分けて二種類有る。

 一つは地面からなんの前触れも無く入口が生えてくる洞窟型。


 そして、まったく使われていない建物……中でもある程度の大きさが有り、更に荒れ果てている物がダンジョンになってしまう廃墟型だ。


 この事が発見され、世界中の廃墟は更地にされるか、管理人を住まわせてかろうじて人が利用している状態にされるか、どちらかの処置がされた。


 しかし、その発見まで時間が掛かったのも有り、廃墟型のダンジョンはそこそこの数が存在してしまっている。

 ここはそんな中の一つなのだろう。


「……壁や床に矢印が書かれてるな。比較的新しいみたいだし……この通り進めって事か?」


「……カラカラ」

「ガタンガタン!」


「っと、廃墟型は亡者系とか精霊系の魔物が多いんだったな」


 動く骨や浮遊する家具等の魔物を捌きつつ、廃墟の中を進んでいく。

 やがて、終点らしき突き当たりの部屋にたどり着いた。

 大きな赤い矢印がその部屋の扉を指している。


「……外から見た感じだと、そろそろ行き止まりのはずだ」


 とはいえ、物理法則が通用しないのがダンジョンだ。

 俺は油断せずゆっくりと扉を開けた。


「おやおや……随分と早いご到着で……」


 部屋には知らない人間がいた。奴は壁にもたれかかって俺を待っていたらしい。

 魔物では無さそうだし、灰風会の人間か……?


「お前が脅迫状の送り主か?」


「いいや違うな、俺はただの案内役。脅迫状は俺の上司が送ったのさ」


「つまりお前も灰風会の人間なのか……だったら早く案内しろ」


「そう焦りなさんなって。よっぽどあの子が大事なんだなぁ?」


 ヘラヘラと笑う案内人の胸ぐらに俺は思わず掴みかかる。


「……悪いが気長に待てる気分じゃないんだ……そういえば脅迫状には『案内人に手を出すな』とは書かれてなかったな。こっちはお前を締め上げて無理やり案内させても構わないんだぞ……?」


「へっ……人質が居るってのに強気に出やがる。ま、俺を締め上げなくてもそろそろ……」


ガコンッ! ゴゴゴ……


「な、なんだ……?」


 謎の音が響いた、かと思えば地面が地震の様に揺れだした。

 俺は案内人を手放し、周囲を警戒する……


「いや、違う……地面が揺れてるんじゃない……! 沈んでいる……!?」


 尻もちを着いたまま案内人は不敵に笑う。

 そして地面はまるで昇降機の様に下がり続けていく……!


「へっへっへ……地獄に一名様ご案内っと……」

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