side千擁四郎
「……朝か」
昨日の夜、俺は念の為に中柱の行方を調べた。だが、結局連絡は取れず、誘拐が事実だと思い知らされただけだった。
そうと決まればやる事は一つしか無かった。昨晩の俺はただ寝て、次の日に備えた。……睡眠薬の力を借りる羽目になったがまあいい。
「時間までは余裕が有るが……じっとしてられる気分でもないな」
早速着替えて、脅迫状に書かれた住所へ向かおうとしたその時。
「お〜い、千擁居るか〜?」
玄関からノックの音がした。
この声は……良秀か?
俺は扉を開けて対応する。
「どうした良秀?」
「あー本当にここで合ってたのか……インターフォン壊れてるぞこの家。もっと良い家住んだらどうだ?」
「これでも住めば都だ。えっとそれで……ああ、昨日の事なら悪かったな。真夜中にいきなり電話掛けて」
「いや、それは別に良いんだけどよ。俺の用はコイツだ」
「これは……」
良秀は質の良さそうな布に包まれた長い何かを差し出してくる。
なんだと思い布を解くと……そこには俺の愛刀「柳刃」が有った。
「ああ……鍛え直しが終わったのか」
傷だらけだった鞘も新品同様に補修されている……刀を抜いてみれば、宝石の様に輝く刃が。それは朝日に照らされ、より一層光輝いた。
「……はっ、本当に芸術品みたいな美しさだな」
ダンジョンが溢れる時代になり、刀は美術品から武器に戻ったが……。
この刀なら、たとえ美術館に飾られていようが驚きはない。
「……これでいいか。はっ!」
試しにあんまり使っていなかったまな板を放り投げ、切ってみた。
するとまな板は、空中では二つに別れず、地面に落ちた途端に割れた。
「おお! 切断面がキレイ過ぎて直ぐには落ちなくなる奴じゃねえか!」
「この刀のお陰だ。新品の時より切れ味が増してる」
「いや……アンタの腕も……まあいいか。褒め言葉は素直に受け取っとくぜ」
俺だって、刀も無しに誘拐犯の元に向かうつもりは無かった。
道中で適当に見繕うつもりだったのだが……嬉しい誤算だな。
「……今日アンタの顔を見て確信したけどよ。千擁、アンタはこれから相当な修羅場を覚悟してるな?」
「……さあな」
察しの良い奴だ……良秀には悪いが、俺は脅迫状のせいで何も言えない。
「昨日の電話でもなあ……エラく切羽詰まった声色で話すもんだから。たぶんコイツが必要だろうと思って、この僕自ら届けに来た訳だ」
「ありがとう」
「礼は要らねぇよ。代わりと言っちゃなんだが……朱空良秀様が鍛えた刀の凄さを相手に知らしめてくれ!」
「分かった、行ってくる!」
良秀の激励を受け取り、俺は誘拐犯指定の住所に向かった。
休みも充分に取れたし、頼もしい愛刀も有る。不幸中の幸いと言うべきか、今の俺は万全に近い。
中柱は必ず無事に取り返す……。
*
「住所は……有ってるな」
指定された住所の場所は、大きなビルの廃墟だった。
「ダンジョン化している廃墟に呼び出すなんて……」
ダンジョンには大きく分けて二種類有る。
一つは地面からなんの前触れも無く入口が生えてくる洞窟型。
そして、まったく使われていない建物……中でもある程度の大きさが有り、更に荒れ果てている物がダンジョンになってしまう廃墟型だ。
この事が発見され、世界中の廃墟は更地にされるか、管理人を住まわせてかろうじて人が利用している状態にされるか、どちらかの処置がされた。
しかし、その発見まで時間が掛かったのも有り、廃墟型のダンジョンはそこそこの数が存在してしまっている。
ここはそんな中の一つなのだろう。
「……壁や床に矢印が書かれてるな。比較的新しいみたいだし……この通り進めって事か?」
「……カラカラ」
「ガタンガタン!」
「っと、廃墟型は亡者系とか精霊系の魔物が多いんだったな」
動く骨や浮遊する家具等の魔物を捌きつつ、廃墟の中を進んでいく。
やがて、終点らしき突き当たりの部屋にたどり着いた。
大きな赤い矢印がその部屋の扉を指している。
「……外から見た感じだと、そろそろ行き止まりのはずだ」
とはいえ、物理法則が通用しないのがダンジョンだ。
俺は油断せずゆっくりと扉を開けた。
「おやおや……随分と早いご到着で……」
部屋には知らない人間がいた。奴は壁にもたれかかって俺を待っていたらしい。
魔物では無さそうだし、灰風会の人間か……?
「お前が脅迫状の送り主か?」
「いいや違うな、俺はただの案内役。脅迫状は俺の上司が送ったのさ」
「つまりお前も灰風会の人間なのか……だったら早く案内しろ」
「そう焦りなさんなって。よっぽどあの子が大事なんだなぁ?」
ヘラヘラと笑う案内人の胸ぐらに俺は思わず掴みかかる。
「……悪いが気長に待てる気分じゃないんだ……そういえば脅迫状には『案内人に手を出すな』とは書かれてなかったな。こっちはお前を締め上げて無理やり案内させても構わないんだぞ……?」
「へっ……人質が居るってのに強気に出やがる。ま、俺を締め上げなくてもそろそろ……」
ガコンッ! ゴゴゴ……
「な、なんだ……?」
謎の音が響いた、かと思えば地面が地震の様に揺れだした。
俺は案内人を手放し、周囲を警戒する……
「いや、違う……地面が揺れてるんじゃない……! 沈んでいる……!?」
尻もちを着いたまま案内人は不敵に笑う。
そして地面はまるで昇降機の様に下がり続けていく……!
「へっへっへ……地獄に一名様ご案内っと……」