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第32話 良い夢

 眠りに落ちた俺は懐かしい記憶の夢を見ていた。


 舞台は3年前の、寒い冬の夜。場所は今とは別のボロアパート。

 俺は一人で夜空の星を眺めていた。


 別に、俺に天体観測の趣味が有った訳じゃない。ただその日も、ダンジョンを体力の限界まで探索して、仰向けに倒れて動けなくなっていただけだ。


「何処で聞いた話だったか……死んだ人は星になる……」


 守れなかった人達、もう顔すらあやふやな死んだ両親。


 俺が生き残った意味はなんなのか?

 この苦しみが終わる日は来るのか?


 いくらそう考えたって答えが出る訳ないのはとっくに分かってる。

 だが、考えずにはいられない。


 考えれば考えるほど、脳味噌と心臓が握り潰される様な苦しみは増していく……。だから、出来るだけ考えない様に、限界まで動き続け、気絶する様に寝る。罪悪感に押しつぶされる日々。


 そんな生活の中迎えた五度目の冬。

 転機となった日の思い出。


「……なんの音だ?」


 ピピピピと言う電子音が、電話の着信音である事に気づくのに少し時間がかかった。


 なぜなら、喪失の痛みが怖くて、この五年間、俺は誰とも関わらない様に生きていたからだ。


 どこの事務所にも所属せず自由業の探索者として生き、住む場所も一月毎に変えて。


 電話なんて本当に久しぶりの事だった。


「あ……えっと……? ここ押すんだっけ……?」


 焦りながら、緑に輝く「応答」を押す。


「もしもし?」


「……もしもし?」


「おう、本当に生き残ってたんだなぁ、千擁。久しぶり」


「やっぱり……神陀か?」


 電話からは聞き覚えのある声がした。数少ない、俺の友人の神陀多沼の声だ。

 とはいえ、卒業以来、段々と連絡しなくなり疎遠になったはずだが……


「なんか死にそうな声してんなぁ……調子はどうだ? なんかお前有名人じゃんか。『救命の浪人』とか言われてさ」


「……確かに、ダンジョンで助けた探索者からそんな風に言われる。けど俺が名乗り出した訳じゃなくて……良く気づいたな?」


「『侍』職の強者で、全国中を回ってる奴なんてお前くらいしか居ないだろ」


「……それもそうだな……」


「んで、本題なんだが。やっぱりお前は、今も無所属でやってんのか?」


「ああ、まあ」


「だったら話が早いな……お前俺の事務所に来ないか? 『親切探索者事務所』って言うんだけど」


「……なんだって?」


「ほら、俺達も23だろ? 探索者じゃなくてもほとんどの奴が定職に就いてる年頃だ。それに探索者は、何時までも一人でやれるほど甘い職業じゃねぇ」


「……」


「まあ、ちゃんと考えてくれよ。俺はお前の為に言ってるんだぜ?」


「……分かった、良いよ。親切探索者事務所とやらに所属する。長続きするかは保証出来ないが」


 未だにこう答えた理由がなんなのかは、自分でも分からない。

 気まぐれだったのか、心の何処かで今の生き方に限界を感じていたのか。


「それで良いんだよ……」


 どうあれ、こうして根無し草だった俺は人間社会に復帰した。

 その後どうなったかは……もう何度も言った話だな。神陀と俺の戦いが始まったんだ。



「……輩……先輩!」


「ん……あ、ああ」


 目を覚ますと、プラネタリウムはとっくに終わっていて、暖色系の明かりがドーム内を照らしていた。周りの恋人達も帰り支度を始めている。


「少し想像は出来てましたけど、本当に寝るだけで終わらせてくれやがりましたね……」


 雲上の言う通り、俺は何もせず寝るだけでやり過ごした。……今更ながら、プラネタリウムの関係者には申し訳ない使い方をしてしまったと思う。


「……俺達は元々休みに来たんだろ?」


「それはそうですけど……はぁ……」


 期待通りの展開じゃなかったのか、雲上がため息を着く。

 ……悪いが、俺にも大人としての矜恃プライドが有るんでな。


「ま、今日はありがとうな雲上。俺達も帰ろうか……」


「オラァ! 出て来いや千擁ァ!!」


 ……受付の方から、ガラスを割った様な破砕音と怒鳴り声が聞こえてきた。


「……何ですかね?」


「わからん。だが、俺を呼んでるようだし……行くしかないか」


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