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第28話 それは……そう

 俺は「気合い」で身体能力を底上げし、飛び立った。

 もちろん闇雲に飛んだ訳では無い。目標は……


「借りるぞ雲上!」

タンッ!


 雲上の倒した死骸喰いの死体。落ちていくそれを踏み台にする。


「カァ……!?」


 相方の死、そして俺の跳躍。死骸喰いは二重の衝撃を受けて動きを止めている。

 この機会を逃す訳にはいかない……!


「『天・死の抱擁』」


 俺は死体を足場に踏み込み、空中で死の抱擁を放つ。


ザザンッ!

「アア!!!」


 既にクチバシを砕かれていた死骸喰いは、少しの反撃も出来ず。俺の斬撃をモロに喰らう。

 俺は奴が血を吹き出し落ちていくのを後ろ目に確認しつつ、重力によって落ちていく。


「……くっ」


 俺は手足の四点で、何とか無事に着地した。


〈うおおおおおおおおおお〉

〈すげえええええええええ〉

〈侍って空中でも戦えるんだなあ()〉


「先輩!」「主任!」


 中柱と雲上が駆け寄ってくる。


「ああ、無駄な心配かけて済まなかっ……」


 また、あの声が出なくなる感覚がして。俺は二度目の脱力感に抗う事が出来なかった。


「……」

ガバッ!


「うへあ!? ちょちょちょ主任!? いきなりハグはなんというかその!」


「はあ!? ……いや違う! この人気絶してます!」


「ええ!? どどどどうするんすか!?」


「とりあえず目的の羽だけ回収してさっさと脱出を……! えっと……今日の配信はここまで! ご視聴ありがとうございましたぁ!!」



 目を覚ますと、俺は最寄りの病院に担ぎ込まれていた。今いるここは診察室で、運んでくれた雲上や中柱は外で待ってくれている。


 そして、もう検査は一通り終わって、いよいよ診断が降りる所だ。

 医者の先生は神妙な顔をしているが、一体どんな結果が……


「それで先生……俺の身体に何が起きたんですか?」


「過労です」


「……もう一度聞いても良いですか?」


「過労です」


 過労らしい。


「いやでも……それはちょっとおかしいですよ。むしろ最近は暇が増えたくらいで……」


「暇が増えたと……千擁さん。最近身の回りで何が変化が有りましたか?」


「……変化だらけですね。変な再会雲上したり職場親切探索者事務所が潰れたり」


「恐らく原因はそれでしょう。千擁さんは現場主任として働いていて、上司の方ともその……トラブルが絶えなかったとか」


「まあ、はい」


「恐らく、今まで貴方の精神は極限の緊張状態にありました。その精神力だけで身体を動かしていたようなものです。しかし、職場が無くなり。ある程度緊張状態から解放されたことで、身体のダメージが表に出てきたのでしょう」


「な、なるほど……いやでも、少し前は結構休めたんですよ? 三日くらいはちゃんと8時間も寝られましたし」


「千擁さん。親切探索者事務所には何年ほどお務めに?」


「……え? 3年程です」


「……常識的に考えて。3年間蓄積した疲労は、3日程度じゃ挽回できません」


「それは……そうですね」


「それに、千擁さんの問診表の通院歴……かなり昔ですが、精神科への通院歴が有りますね?」


「……はい」


「不眠症と強迫性障害……入院も視野に入れて考えた方がよろしいかと」


「いえ……入院は大丈夫です」


 たぶん入院したら行動を制限されるだろう。暇に殺される気しかしない。


「では自宅療養ということで。千擁さん。くれぐれも身体を休めるようにしてください」


「はい、ありがとうございました」


 俺は診察室を出た。



「先輩! 大丈夫だったんですか!?」

「主任! 身体の方は……!?」


 病院の待合室で、雲上と中柱が駆け寄ってくる。二人共不安そうな顔だ……


「ああ、二人共。まずは運んでくれてありがとう。俺の身体だが……過労らしい」


「過労……つまり病気とかの類いでは無いと?」


「ああ」


「良かったー……私の回復魔法じゃ怪我は治せても病気は難しいんですよ」


「……自分がもう少し主任の力になれていれば」


「いや、俺の自己管理が甘かっただけだ……」


 改めて、二人には無駄な心配をさせてしまったな。

 いや、二人以外にも配信を見てくれていた人とかも……そういえば俺が気絶した後どうなったんだ?


「そういえば……『黒鳥の羽』は?」


「ああ、それならバッチリ回収しておいたっす!」


 中柱が懐から美しく輝く羽を取り出した。


「中柱、よくやってくれた……早速良秀に届けに行こうか」


「……ちなみに千擁先輩を担いだのは私です」


「雲上もありがとうな。重たかっただろ?」


「いえ何と言うかアレは幸せの重みって感じで……」


「……」



「千擁! 大丈夫だったのかよ!」


「その様子だと、配信は見てくれてたみたいだな」


 快晴探索者事務所に出向くと、良秀が向こうからやって来た。


「ああ、最後にいきなりお前が倒れて……」


「医者いわく、過労だと。ちょっと無茶し過ぎた」


「……悪りぃな、もう少しお前のコンディションを良く見ておくべきだった。まさか倒れる寸前であんな強さだとは……」


「そう思うなら、俺の刀は責任もって仕上げてくれよ?」


「もちろんだ! ……ん? 電話だ。はい、もしもし……あ、神谷さん? ええ、千擁達はここに。わかりました、スピーカーに変えます」


 良秀は自分のスマホをこちらにも見えるように向ける。


「千擁くん? 体調の方は大丈夫かい?」


 電話からは神谷さんの声がした。わざわざ心配して電話をくれたのか。


「ええ、何とか」


「申し訳ないね……君を無理なく休ませるつもりで、良秀君にダンジョン探索の許可を出したのだけど。武器が無ければ無茶は出来ないからね。だが、読み違えてしまったようだ。君の限界が私の予想よりほんの少しだけ早かった」


 この人そんな先の事まで考えてたのか……。


「いえ、神谷さんのせいじゃありません」


「……済まない。けれど、なんとか予定通り休んでもらえそうだ。流石の君も、素手では実力を発揮しきれないだろう? 正式に入所が決まるまでは休む事、良いね?」


「はい、ありがとうございます」


 神谷さんからの電話は切れた。所長直々に休めと言われてしまったか……


「さて、そんじゃ俺はあんたの刀と素材を預からせてもらおう。俺の仕事はこっからだからな」


「ああ、頼む」


「この朱空良秀様が仕上げた刀を楽しみに休んでな!」



「さて、これでやるべき事は終わりですね。先輩はこれからどうするつもりですか?」


 快晴探索者事務所を出るなり、雲上が問いかけてきた。

 これからの予定か……


「……まあ、流石に帰って休むつもりだ。武器も無いしな」


「ただ、これは自分の意見なんすけど。千擁主任って仕事じゃなかろうが常に動いてるんすよね、本当に休めるんすか?」


 付き合いの長い中柱にそう詰められると反論しにくいな……。


「……医者、上司、友人。みんなから休めと言われてる訳だしな」


「そうですよね、いくら千擁先輩でもこの状況じゃ休みますよね!」


「……」


「そこは『はい』とか『ああ』とか言ってくださいよ」

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