俺は「気合い」で身体能力を底上げし、飛び立った。
もちろん闇雲に飛んだ訳では無い。目標は……
「借りるぞ雲上!」
タンッ!
雲上の倒した死骸喰いの死体。落ちていくそれを踏み台にする。
「カァ……!?」
相方の死、そして俺の跳躍。死骸喰いは二重の衝撃を受けて動きを止めている。
この機会を逃す訳にはいかない……!
「『天・死の抱擁』」
俺は死体を足場に踏み込み、空中で死の抱擁を放つ。
ザザンッ!
「アア!!!」
既にクチバシを砕かれていた死骸喰いは、少しの反撃も出来ず。俺の斬撃をモロに喰らう。
俺は奴が血を吹き出し落ちていくのを後ろ目に確認しつつ、重力によって落ちていく。
「……くっ」
俺は手足の四点で、何とか無事に着地した。
〈うおおおおおおおおおお〉
〈すげえええええええええ〉
〈侍って空中でも戦えるんだなあ()〉
「先輩!」「主任!」
中柱と雲上が駆け寄ってくる。
「ああ、無駄な心配かけて済まなかっ……」
また、あの声が出なくなる感覚がして。俺は二度目の脱力感に抗う事が出来なかった。
「……」
ガバッ!
「うへあ!? ちょちょちょ主任!? いきなりハグはなんというかその!」
「はあ!? ……いや違う! この人気絶してます!」
「ええ!? どどどどうするんすか!?」
「とりあえず目的の羽だけ回収してさっさと脱出を……! えっと……今日の配信はここまで! ご視聴ありがとうございましたぁ!!」
*
目を覚ますと、俺は最寄りの病院に担ぎ込まれていた。今いるここは診察室で、運んでくれた雲上や中柱は外で待ってくれている。
そして、もう検査は一通り終わって、いよいよ診断が降りる所だ。
医者の先生は神妙な顔をしているが、一体どんな結果が……
「それで先生……俺の身体に何が起きたんですか?」
「過労です」
「……もう一度聞いても良いですか?」
「過労です」
過労らしい。
「いやでも……それはちょっとおかしいですよ。むしろ最近は暇が増えたくらいで……」
「暇が増えたと……千擁さん。最近身の回りで何が変化が有りましたか?」
「……変化だらけですね。変な
「恐らく原因はそれでしょう。千擁さんは現場主任として働いていて、上司の方ともその……トラブルが絶えなかったとか」
「まあ、はい」
「恐らく、今まで貴方の精神は極限の緊張状態にありました。その精神力だけで身体を動かしていたようなものです。しかし、職場が無くなり。ある程度緊張状態から解放されたことで、身体のダメージが表に出てきたのでしょう」
「な、なるほど……いやでも、少し前は結構休めたんですよ? 三日くらいはちゃんと8時間も寝られましたし」
「千擁さん。親切探索者事務所には何年ほどお務めに?」
「……え? 3年程です」
「……常識的に考えて。3年間蓄積した疲労は、3日程度じゃ挽回できません」
「それは……そうですね」
「それに、千擁さんの問診表の通院歴……かなり昔ですが、精神科への通院歴が有りますね?」
「……はい」
「不眠症と強迫性障害……入院も視野に入れて考えた方がよろしいかと」
「いえ……入院は大丈夫です」
たぶん入院したら行動を制限されるだろう。暇に殺される気しかしない。
「では自宅療養ということで。千擁さん。くれぐれも身体を休めるようにしてください」
「はい、ありがとうございました」
俺は診察室を出た。
*
「先輩! 大丈夫だったんですか!?」
「主任! 身体の方は……!?」
病院の待合室で、雲上と中柱が駆け寄ってくる。二人共不安そうな顔だ……
「ああ、二人共。まずは運んでくれてありがとう。俺の身体だが……過労らしい」
「過労……つまり病気とかの類いでは無いと?」
「ああ」
「良かったー……私の回復魔法じゃ怪我は治せても病気は難しいんですよ」
「……自分がもう少し主任の力になれていれば」
「いや、俺の自己管理が甘かっただけだ……」
改めて、二人には無駄な心配をさせてしまったな。
いや、二人以外にも配信を見てくれていた人とかも……そういえば俺が気絶した後どうなったんだ?
「そういえば……『黒鳥の羽』は?」
「ああ、それならバッチリ回収しておいたっす!」
中柱が懐から美しく輝く羽を取り出した。
「中柱、よくやってくれた……早速良秀に届けに行こうか」
「……ちなみに千擁先輩を担いだのは私です」
「雲上もありがとうな。重たかっただろ?」
「いえ何と言うかアレは幸せの重みって感じで……」
「……」
*
「千擁! 大丈夫だったのかよ!」
「その様子だと、配信は見てくれてたみたいだな」
快晴探索者事務所に出向くと、良秀が向こうからやって来た。
「ああ、最後にいきなりお前が倒れて……」
「医者いわく、過労だと。ちょっと無茶し過ぎた」
「……悪りぃな、もう少しお前のコンディションを良く見ておくべきだった。まさか倒れる寸前であんな強さだとは……」
「そう思うなら、俺の刀は責任もって仕上げてくれよ?」
「もちろんだ! ……ん? 電話だ。はい、もしもし……あ、神谷さん? ええ、千擁達はここに。わかりました、スピーカーに変えます」
良秀は自分のスマホをこちらにも見えるように向ける。
「千擁くん? 体調の方は大丈夫かい?」
電話からは神谷さんの声がした。わざわざ心配して電話をくれたのか。
「ええ、何とか」
「申し訳ないね……君を無理なく休ませるつもりで、良秀君にダンジョン探索の許可を出したのだけど。武器が無ければ無茶は出来ないからね。だが、読み違えてしまったようだ。君の限界が私の予想よりほんの少しだけ早かった」
この人そんな先の事まで考えてたのか……。
「いえ、神谷さんのせいじゃありません」
「……済まない。けれど、なんとか予定通り休んでもらえそうだ。流石の君も、素手では実力を発揮しきれないだろう? 正式に入所が決まるまでは休む事、良いね?」
「はい、ありがとうございます」
神谷さんからの電話は切れた。所長直々に休めと言われてしまったか……
「さて、そんじゃ俺はあんたの刀と素材を預からせてもらおう。俺の仕事はこっからだからな」
「ああ、頼む」
「この朱空良秀様が仕上げた刀を楽しみに休んでな!」
*
「さて、これでやるべき事は終わりですね。先輩はこれからどうするつもりですか?」
快晴探索者事務所を出るなり、雲上が問いかけてきた。
これからの予定か……
「……まあ、流石に帰って休むつもりだ。武器も無いしな」
「ただ、これは自分の意見なんすけど。千擁主任って仕事じゃなかろうが常に動いてるんすよね、本当に休めるんすか?」
付き合いの長い中柱にそう詰められると反論しにくいな……。
「……医者、上司、友人。みんなから休めと言われてる訳だしな」
「そうですよね、いくら千擁先輩でもこの状況じゃ休みますよね!」
「……」
「そこは『はい』とか『ああ』とか言ってくださいよ」