「はい」
「君には色々聞かなきゃいけない事が多いんだよね……ダンジョン庁から資料は送って貰ったけど、色々と常識から外れている」
ダンジョン庁の資料……。
ああ、そういえばブラックストームの奴らに襲われた日の晩に検査をされたな。
それも合わせて考えると。
俺が快晴事務所にスカウトされたのはダンジョン庁の思惑でもあるのか?
「まず、君は本当に『侍』の二次職、『侍大将』かい?」
「はい。もちろん。ここ数年はずっとそうです」
「だよね……一流の鑑定士が見定めた結果、間違いは無いか。これは嬉しい誤算だ……となると、やはり心情が三次職以降へのクラスアップを妨げているのか? 特殊職業でもなく。二次職であの強さとスキル量、これは予想より相当……」
神谷さんは目線を下に落とし、考えを纏めているようだ。
どうも俺は相当高く評価されてるらしい。
ダンジョン庁が直接、俺の扱いを考えるほどに。
よし、多少強気にでも交渉を進めてみよう。
「神谷さん」
「……っと、すまない。なにかな?」
「俺としても快晴探索者事務所で働く事に異議はないのですが。一つお願いが有ります」
「……聞こうか」
「中柱以外の部下もここで雇って貰えないでしょうか?」
「なるほど……」
「彼らも中柱に劣らない猛者達ですが、蓄えも人脈もありません。もちろんそんな状況でも、今の時代なら何処かの事務所には再就職出来るでしょう。けれど、苦労はしてしまうだろうし、新四と似たような状況に逆戻りの可能性も否定しきれません」
「主任……」
「俺は必死に着いてきてくれた彼らにこれ以上辛い目にあって欲しくない。快晴事務所に入れて貰えれば、俺の目が届きますし、仕事の安全も保証されていますよね? だから……」
「うん、分かった。構わないよ」
「しかし……え?」
予想していたより数倍あっさりと了承された。
こっちから交渉を仕掛けておいてなんだが本当に良いのか?
「人手は幾らあっても困らないし。仮に快晴の求める基準に満たなかったとしても、他の系列事務所や研究に回って貰えばいいしね」
「あ、ありがとうございます」
俺は咄嗟に頭を下げた。
何はともあれ、これで誰も路頭に迷わなくても済む。
「じゃあ、これで三人ともうちに籍を置いてくれるって事で良いかな?」
「はい」
「もちろんっす!」
「ええ」
「よしよし。で……早速なんだけどさ、君達にはちょっと休んで貰うから」
「え? どういうことっすか?」
「書類とか他の大手探索者事務所との話し合いとか、ダンジョン庁への報告とか……色々煩わしい手続きが多いんだよ。うちほどの大手になると、一人来てもらうのにもそう簡単にはいかないんだ。そうだねぇ……千擁君の部下達も含めて……大体二週間くらいかかるかな?」
「……つまりそれまで仕事は無いと?」
「うん、まぁ……働いてもらう事も出来るけど、正式な所員じゃないからただ働きになっちゃうし」
「俺はそれでも構わないんですけど」
「君は構わなくても、マスコミとかが黙ってないんだよねぇ……『某大手K事務所、無賃労働の実態とは!?』みたいなの想像できるでしょ?」
結構な暇が出来そうだな……
神陀や葛社長が本当に逃げたのか確かめるとか、一応やりたい事はあるが。
「あの……自分も少し気になってる事が」
「何かな中柱君?」
「制服とか探索者免許証とかはどうすれば……?」
「あーうちは制服とか無いから自由で良いよ、なんならその親切事務所の制服のままでもね。免許証みたいな必要なものはこっちから郵送するから」
「そうっすか! あと……」
その後も、中柱が基本的な事を聞いてくれたお陰で、大体俺達は何もしなくていい事が分かった。
「ん……もうこんな時間か。申し訳ないんだけど、私はそろそろ次の仕事に行かなきゃ行けなくてね」
神谷さんは残念そうに言う。
「いえ、色々とありがとうございました」
「正式に入ったら精一杯頑張るっす!」
「……あ、終わりました? じゃあ先輩、帰りましょうよ」
眠たげな雲上は立ち上がり、俺に退出を促す。
探索者とはいえ女子高生に仕事の話は退屈だったか?
「それじゃあ、二週間後にまた」
中柱と雲上は一足先に部屋を出た。
残った俺も別れの挨拶をして部屋の出口に向かう。
「うん、帰り道には気をつけて。それと……」
「?」
「10番目の特級探索者、『愛の天使』雲上愛羽。そして『
「っ!?」
救命の浪人……それはまだ良い。都市伝説としてある程度知られてたみたいだし、この人が知っててもおかしくは無い。
だが、巨人事変だと? それは誰にも話した事の無い過去。何故この人が。
「それを、何処で?」
「快晴探索者事務所の所長として、君については徹底的に調べたからね。雲上君と君自身の次には、千擁四郎という人間について知ったつもりさ」
…………
「……あれ、もしかして言わない方が良かったかな。どんな来歴だろうと受け入れるよって言いたかったんだけど……」
「いえ、大丈夫です。失礼します」
これ以上思い出してしまう前に、俺は部屋を出た。
そして素早くエレベーターを目指して歩く。
「あれ先輩? 顔が青いですけど大丈夫ですか……? そういえばこの前私と先輩が再会した時もそんな顔色してましたね」
「うわっ、腕切り落とされた時と同じくらい青いっすよ。やっぱり主任も神谷所長と話すの緊張してたんすか?」
(雲上さんとの再会って右腕が飛ぶのと同等の衝撃だったんすか……?)
「ああ、問題無い。帰ろう」
雲上の顔を見れないまま、俺は答えた。
「じゃあ先輩、帰りましょうか」
「ああ……」
「私の家に」
「ああ……あん? いや、待て。それはおかしい」
「……くっ! 同意して貰えそうな流れだったのに!」
「なんで同意得なきゃいけないって常識は有るのに、成人男性が女子高生の家に行くのはまずいって常識はないんすか」
「千擁先輩に言われるならまだしも貴女に言われますか……泥棒鼠め」
「どろぼっ……!?」
「……まだ事務所から出てもないのに喧嘩はやめてくれ。頼むから。それに雲上、俺が同意したとしても君の両親とか色々問題が残ってるだろ」
「そこは大丈夫です。特級探索者の財力にものを言わせて、私一人暮らしなんで。
ちなみに空き部屋が三部屋あります」
「……」
そう言って怪しく笑う雲上。
彼女を制する事が出来る人間は居ないのか?
「あー、御三方? イチャイチャしてる所悪いんだが僕の話を聞いてくれないか?」
「誰がイチャイチャ……って良秀?」
割って入ってきた声の主は朱空良秀。
彼はエレベーター前に待ち構えていた。
わざわざ俺達を待っていたのか、何の用だ?
「貴方は千擁先輩を撃ち殺そうとした不届き者。なんなんですかいきなり?」
「撃ち殺そうとはしてねぇよ! まあでも、僕もいきなり喧嘩売って悪かったとは多少思ってる。そこでお詫びがしたくてな」
「お詫び?」
「ああ、親切探索者事務所の武器制作担当として、あんたの刀を鍛え直してやる」