神谷と名乗ったその初老の男性は、頭のほとんどが白髪に染まっている。
確か実年齢は40代らしいが、かなり老けこんだ印象を受ける人だった。
そんな彼は優しげな笑みを浮かべて、こちらに歩み寄ってくる。
「所長、実際に立ち会った僕が保証する。腹立つが、千擁四郎は本物だ。雲上の事を考慮しなくても間違いなくうちに加入させるメリットが有る」
良秀は存外素直に俺の実力を認めてくれたようだ。
報告を受けた神谷さんはうんうんと頷き、俺の方に向き直る。
「うん、私もさっきから見させて貰っていたけど、素晴らしい。是非とも私の事務所に来てもらいたいね」
「えっと……まあ、認めてくださりありがとうございます。改めまして千擁四郎です。それにしても、所長が直接勧誘に来るんですか?」
「……私の悪い癖でね、大切な事はつい自分でやってしまうんだ。さて、どうも良秀君は色々雑に進めたようだし、色々確認しておきたいね。立ち話もなんだし、うちの事務所に来てもらえるかな?」
「俺はそれで構いませんけど……他の奴らはどうすれば?」
俺はこの場で一連の流れを見守っていた、
親切探索者事務所の同僚達について聞いてみた。
「そうだね……とりあえずは千擁四郎君と雲上愛羽さん、それに中柱白華さんだったかな? その三人だけ来て貰って、他は帰っていいよ」
「ま、私は千擁先輩さえ居てくれたらどこでも良いですけど」
「いきなり快晴に就職……!? それに千擁主任とも離れずに済むなんて……夢なら覚めないで欲しいっす!」
神谷さんの言葉に、雲上は表情を変えずにほとんど無反応、中柱は目を輝かせ、他の皆は少しガッカリした様子を見せた。
神谷さんが実力を認めているのは俺を含めた三人だけらしい。
つまり、中柱以外の部下も拾ってもらえるかは俺の交渉次第か……
「交渉は苦手とか言ってられないな……気合い入れるか」
*
「うひゃー! でっかいビルっすねぇ!」
快晴探索者事務所の本部は東京の一等地にあった。
見上げてもビルの頂上は、ほとんど見えない……
一体どれほどの金が有ればこんなビルが建つのか、想像するだけで恐ろしいな。
「当然だ、ここは快晴の本部だぜ?」
「大きいからって良いことばかりじゃないけどね……」
自慢するように語る良秀に反して神谷さんは微妙な顔だ。
「へぇ、例えば何ですか?」
「エレベーターの待ち時間が長い」
「ああ……」
*
神谷さんの言う通り、結構待たされてから俺達は50階の応接室に案内された。
「ここからは私一人でいい。良秀君は普段の業務に戻ってくれ」
「了解です、所長」
良秀は去っていき、俺達が応接室に通される。
「さて、それじゃあそのソファーにでも座ってね。そんなに緊張しなくていいよ、いくつか確かめるだけで面接とかじゃ無いから」
「っす……どうも」
雲上は堂々としているが、中柱には緊張の色が大きかった。
身体が固まってプルプルと震えている。
「神谷さん、早速ですけど確かめる事とは?」
この三人組の代表として、俺は率先して尋ねる。
この中じゃあ俺が年長なんだし、恥ずかしい所は見せられないな。
「そうだね、まずは
神谷さんが足を組み直すと、彼の目の光が僅かに強まる。
仕事人の目だ……
「私達は『誰も見逃さない』という理念の元、業界最大手としてダンジョン探索はもちろんの事、ダンジョン研究、人材発掘、装備開発など幅広く行っている」
「立派なことで」
「それらを充分にこなすには何よりも優秀な人材が必要だ。君たちのような、ね。……雲上愛羽さん」
「はい」
「15歳という探索者として最低限度の年齢から活動を始め、一年程で特殊職業「愛の天使」に覚醒。その後は全国を周りその治癒能力を振るいつつダンジョン配信者としても活動。最近になって千擁君と行動を共にするようになる……是非ともその力をうちで活かして欲しい」
「……私はまだここに所属するなんて言ってませんけど?」
「そうだね。けど、千擁君がここに入れば、君も来るだろう? その方が二人一緒に居やすいから」
「……ふん」
あの強引な雲上がペースを握られるなんてな。
この人、想像以上に場馴れしてる。
「次に……中柱白華さん」
「はいっすぅ!!」
「そんな大声じゃなくても大丈夫だよ。雲上君の配信で見せたあの動き……とても五級探索者とは思えない。君が入ってくれればダンジョン庁に正当な評価をさせてみせよう」
「はいっ! よろしくお願いしまっす!」
中柱は90度に頭を下げた。
認められて良かったな、中柱。
さて……順番的にはそろそろ……
「そして、千擁四郎君」
俺の番だ。
神谷さんを相手に、部下達を雇ってもらえるよう交渉する。
相手は快晴探索者事務所の所長と神谷グループ代表を務める人だ。
俺は何処までやれるのか……