side千擁四郎
「昨日未明、東京都で20代男性が暴行を受けた状態で見つかりました。男性は顎及び四肢など全身の関節が外されていたそうです。この異様な事件、警察はダンジョン外でスキルが行使された可能性が高いと見て、調査を行なっており……」
「久しぶりにニュースを見たが……99、あまり面白いものじゃないな……100」
今日は、部下達も加えて雲上とダンジョン配信をした、二日後の午後一時。
俺は暇を潰そうと、久しぶりにテレビを付けながら木刀の素振りをしていた。
なぜそんな暇ができたのか? それは今朝のこと、俺がいつも通り仕事をしようとした時、事務所から待機命令が下されたのだ。
今までこんな事は無かったが……恐らく中柱が言っていたようにダンジョン庁の調査が影響いているのだろう。
これで少しはまともな職場になるといいのだが。
「はあ……暇は……101……あんまり好きじゃないんだよな、102」
テン、テンテロテロテロテン!
「はい、もしもし」
いよいよ素振りも百回を超えて、そろそろ別の修練をしようかと思っていたら、電話が掛かってきた。
画面には「中柱白華」と表示されている。
「主任主任主任! マジでやばいんすよ! 今すぐ来てください!」
「うおう……落ち着け中柱。何があった? それで、俺はどこに行けばいい?」
「えっとその……とにかく親切探索者事務所の本部まできてください!」
「分かった。待っててくれ」
一体何が起きた?
俺は直ぐに着替えて、現場に向かうことにした。
こう言っちゃなんだが、暇が潰れて嬉しいな。
*
「むっ? 凄く人が集まってるな?」
事務所の前にはかなりの人だかりが出来ている。
集まっている面子は同じ親切探索者事務所の人間が多いようだ。
「中柱、何があった?」
「主任! これ見てくださいっす!」
中柱が指さしたのは事務所玄関のガラス戸、そこに貼られている紙だ。
「なになに……『臨時休業、4月5日〜未定』4月5日は今日だな。だがなんだこのふざけた張り紙は? 仮にも探索者事務所がこんな定食屋みたいな……」
「自分だけ待機連絡が来てなくていつも通り出勤しちゃったんすけど、こんな張り紙があって。事務所の中を調べてみたらもぬけの殻だったんすよぉ!」
「中柱は相変わらずだな……それにしてももぬけの空か……神陀とか葛所長も本当に誰一人居なかったのか?」
「そうなんすよ! 人っ子一人いなくて! しかも家具とかも無くなってるし! なんならなんか燃やしたみたいな焦げ跡まであったんすよぉ!」
「……まさか。あいつら証拠隠滅して逃げたのか? 単なる労働基準法以外にも色々やらかしてる様子は有ったが……」
「それは自分も同意見すけど……いやこの際所長はどうでも良いんすよ! このままだと私たち無職っすよ! しかも数少ない給料もまだなのに……」
中柱のネズミ耳が倒れ、見るからにしょげる。
戦闘になると頼れるんだが……普段は結構打たれ弱いんだよな。
「……いや、冷静になれ。俺達は探索者なんだから別に個人で働いてもいいし、再就職もそこまで困らないだろ」
「そりゃ主任みたいな実力が有ればそうもできるでしょうけど……」
「千擁せんぱーい。急にこんな所に来てどうしたんですか?」
中柱を宥めていると、後ろから聞き覚えのある声がした。
「雲上……? 君こそどうしてここに」
「私は千擁先輩がやる事はなんでも分かるんです。それに、この事務所にもまだ用が有ったので」
「お、おぅ……なんでもか」
「へー雲上さん用事あったんすか? 残念っすね、この事務所にもう人はいないんでもうその用事は白紙っす。ついでに自分の予定もこれからずっと白紙……」
「へぇ、人が居なくなったんですか?」
(チッ……所長を逃がしたか。必ず捕まえて……)
ザワザワ……
更にしょぼくれる中柱と、何故か殺気を立ち上らせる雲上。
更に二人にあてられたのか他の部下達も段々と焦りだしているようだ。
この状況どう収めれば……
「あーもしもし所長? あいつやっぱ逃げてました。うん、たぶん夜逃げです。だから千擁の住所とか聞けませんでした。とりあえずダンジョン庁に連絡を……」
思案していたその時。
事務所の玄関から、黒縁のメガネに赤い鼻、そして背中に大きなハンマーを背負っている青年が現れた。
彼は電話に気が向いていてこちらに気づいてないようだ。
だが、いきなり登場した部外者の彼はその場に居る全員の注目を集めている。
お陰で騒ぎも一旦止まった。
「はい、そういうことでよろしくお願いします。――ふぅ、たくっ小悪党が無駄足踏ませやがって」
電話は終わったらしく、スマホをしまった小年はこちらに気づく。
「ん? あれ? もしかして……千擁四郎? それに雲上愛羽も」
「確かに俺は千擁四郎だが。誰だ君は、親切探索者事務所の人間じゃないだろ」
「あーまあ、まずは自己紹介だな。僕の名前は
「快晴!?」
中柱が驚きの声をあげた。
その気持ちは分からないでもない。
流石の俺でも快晴探索者事務所の名前は聞いたことがある。
100年を超える歴史を持つ「神谷グループ」を母体とした、探索者事務所の中でもトップクラスの大手。
「それで、その快晴事務所の人がなんの用で?」
「単刀直入に言えばスカウト、ヘッドハンティングとも言うな。今をときめく探索者様に、うちに来ないか勧誘しに来たわけだ」
「スカウト? さっき自分で武器制作担当とか言ってたじゃないか」
「ああ、そうだよ。僕の本業じゃないのに所長が『たまには外に出たらどうだい?』なんて言って……って。俺の事は良いんだよ、問題はあんたがどうするかだ」
「俺は……」
「元は引き抜きだから、交渉とか色々真面目に考えてたんだがなぁ。見る限り事務所はもう終わっちまったみたいだし、悪い話じゃあないだろ?」
良秀の言う通り、親切探索者事務所が業務を再開する目途は低いだろう。
きっと悪い話じゃないのは確かだが……
「良いだろう。快晴探索者事務所に籍を置いてもいい。ただ一つ、こっちからも条件が有る」
「ほう?」
「元親切探索者事務所の奴ら……最低でも、四課に所属してた俺の部下達の面倒を見てくれないか? 実力は保証するし、神陀や葛所長と違って清廉潔白な奴らだ」
「千擁主任……!」
「「おお……」」
中柱をはじめとした部下たちの声に希望が戻る。
こいつらを路頭に迷わせたくはないからな……
「そいつはうちの上司に相談しねぇと分からねぇな。ま、どうあれまずはあんたに来てもらわないと話が始まらねぇ」
「……分かった、どうすれば籍を移せる?」
ああ、やっぱり交渉事は俺に向いてないな……結局相手のペースのままか。
「んじゃ、まずは俺に着いてきてくれ。色々手続きが必要らしいからな。……っと、雲上愛羽、あんたはどうする?」
「私は今までずっとフリーで活動してましたけど。千擁先輩についていきますよ、どこまでも」
「だよな? ……所長の予想どおりの展開か」
快晴探索者事務所に転職するため、その場にいるほぼ全員が良秀の案内に従って歩き出す。
退屈だと思ってたら予想外ばかりの一日になったな。
しかし、快晴に入る為の手続きなんてややこしそうだ。簡単に終わってくれればいいのだが。