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第15話 地獄変 ※side神陀多沼

 side神陀多沼


「……クソッ! どうしてこうなった……!?」


 現在の時刻は深夜1時。

 場所は親切探索者事務所のトイレ個室。

 そこで神陀は頭を抱えてうなっていた。


 ブラックストームの奴らがしくじったあの配信から嫌な予感はしていた。

 だが、ここまで大きな騒ぎになるとは予想していなかったのだ。


「あの約立たず共が……!」


 朝にやって来たダンジョン庁の連中によって、この職場の違法行為はほとんど摘発されたも同然の状態になった。


 配信にギリギリ神陀という名前が乗らなかった事もあり、なんとか逮捕されるような事態は免れたものの、それでもかなりまずい状況だ。


 実際、トイレに逃げてきてからエゴサーチの手が止まらない。

 ネットでは既に実名が特定されてしまっていて、煽られたり顔写真が貼られたりしている。


「倫理観を忘れたドブネズミ共が……。まずいな……今後の身の振り方を考えなくては」


 神陀はひとまずスマホをしまい、トイレから出た。


 *


「……」


 社長室に戻ると、既にダンジョン庁の奴らは既に帰ったらしい。

 親切探索者事務所所長の下戸葛しもどかずらだけが険しい顔で座っている。


 下戸はこの世の不幸が全て降り注いだかのような顔をしているが、千擁をはじめとした親切探索者のメンバーに異常な労働を強いて私腹を肥やしていたのは他でもない彼だ。自業自得であるのにここまでの被害者面をできるのはある意味才能である。


「社長……? ダンジョン庁の奴らはもう帰ったのでしょうか?」


「ああ、帰ったさ」


「それで……どういう処分に?」


「そうだな、とりあえず神陀君、君はクビだ」


「……は?」


「もう君はこの会社の人間じゃない。つまり君が何をやらかしていようが私には関係ないと言うことだ」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 あまりにも唐突な失業に、神陀は見るからに狼狽えた。


「あなたがこの事務所を運営するうえで、表には出せない事を色々やって来たじゃないですか! そう言うのに一番協力していたのは誰ですか!? 私ですよね! そんな忠実な部下を退職金も出さずに放り出すと言うんですか!?」


「その通りだ」


 下戸はそう冷たく言い放つ。

 悪党らしく、神陀を切り捨てるつもりのようだ。


「国の目についた以上。この事務所の労働基準法違反その他色々はじきに摘発されるだろう。そんな状況で、君が個人的にやらかしたブラックストーム? だったか? そいつら関係の話がこっちまで飛び火してはかなわん」


「……クっ」


 下戸のコネや財力を利用して助かる事も考えていただけに、神陀はますます追い詰められた気分だった。


 だが、神陀には下戸の言う通りだと思う心もあった。

 もしブラックストームが自分との繋がりを白状したのなら。


 その時に責任を取らされるのは仮にも一級探索者の彼らでは無く、弱い立ち位置の自分になるに違いない。

 下手に賢しいが故に、神陀はそう確信できてしまっている。


「クソがっ!」


 神陀は苛立ちのまま、下戸に別れも告げずに事務所を飛び出した。


「畜生畜生……!」


 これからどうなるか分からない恐怖が神陀の精神を蝕む。


「ほうここが親切探索者事務所か」

「今回は炎上真っ只中の事務所に来ておりまーす」

「取材取材取材取材取材……」


 事務所から出た瞬間、神陀は人の波に取り囲まれる。

 深夜だと言うのに熱心なもので興味本位の見物客、動画配信者、マスコミ等など。

 多くの人間が親切探索者事務所に押し寄せていたのだ。


「あれ? 親切探索者事務所の人ですよね? 良ければお話を……」


 向けられるマイク、ライト、カメラ。

 晒し者になる恐怖。


「や、やめろ! どけお前ら!」


「あー! 待ってくださいよー!」

「あれ? あの人どっかで見たような……なんだっけ……掲示板まとめ動画とかだったような」


「見るな、見るんじゃない! 俺を見るな!」


 必死に人目を避けて逃げ続け、

 気づけば神陀はどこかの裏路地にうずくまっていた。


「こんなのおかしいだろ……なんで俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだ! いつも……いつも俺ばかりが間違ってるみたいに言われて!」


「あの……大丈夫ですか?」


 発狂寸前の神陀に、天使のように優しげな声がかけられる。


「これが大丈夫に見えるか!?」


「そうですよね、貴方が苦しんでるようで嬉しいです。神陀多沼さん」


「は? ……いや、なんで俺の名前を……ひぃっ!?」


 顔を上げて、神陀は声の主を認識してしまった。

 か細い悲鳴が口から漏れる。


「私色々調べたんですよね。先輩を散々苦しめてくれたようで」


「く、雲上愛羽……」


 声の主は雲上。

 神陀にとっては忌々しい破滅の元凶だった。

 そんな彼女は無表情で神陀を見つめている。


「自分で言うのもなんですけど。私は世間からズレてる、そういう自覚はあります。優しい千擁先輩と違って、あなたが真っ当に裁かれるなんて耐えられない。自分の手で、やらなくちゃ――」


「う、うわあああ!!!」


 神陀とて、腐っても探索者だ。

 目の前の人間の敵意が分からない間抜けではない。

 叫び、裏路地から逃げようと走り出す。


「特級探索者を舐めないでくださいよ。敵をみすみす逃がすと思います?」


「ぐふっ!?」


 逃げようとする神田の足を何かが引っ張り、彼は前のめりに転んだ。

 何だ? 足を確かめる。足首には細く、光が当たればかろうじて見える程の白い糸が巻き付けられていた。


「こ、これは……」


 その糸は雲上の背中から伸びていた。

 更に目を凝らせば、彼女の翼がほどけてこの糸になっているのだと理解出来た。

 理解してしまう。


「まさか」


 昨日の配信はネットで話題になっていた。

 雲上が中層の魔物をむごたらしく虐殺したと、そして。

 その戦いで彼女は正体不明の包丁と、を使っていた。


「普段は魔法ばっかであんまり使わないんですけどね。だからちょっとやり過ぎちゃうかもしませんけど……大丈夫です。私治すのだけは得意なので、何度でもやり直しますから」


「ひ、ひぎゃあああああああああぁぁぁあ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!??」



「――!! ――!!!」


 空中に吊られた男は、全身を苛む痛みに絶叫を挙げたがっていた。


 しかし、それは叶わない。なぜなら、彼の顎は糸で縛られ、開かぬ様に固定されているからだ。

 彼がいくら叫ぼうとしても、声なき声が漏れ出る程度にしかならなかった。


「……!」


 彼の真下に有る水溜まりが朝日に照らされてきらめく。

 その水溜まりは、涙と尿、それから僅かな血によって作られていた。


 経過した時間はたった1〜2時間程である。

 だが、彼が味わった苦しみは地獄の刑罰と変わらないものだ。


 身動きが取れない中、関節を一つ一つ外されていく。

 骨が離れる感覚、肉が伸ばされる感覚。時折、肉が引き裂かれ血が吹き出す感覚。


 しかし、そんな物を味わいながら、死ぬことはおろか意識を失う事すら許されなかった。彼女の治癒魔法によって意識も肉体も治され、苦痛は途切れず。


 けれど、今、永遠に終わらないかと思われた責め苦は終わっていた。だが、彼女はなんの救いを与えず、ただ彼を打ち捨てて去っていった。


「……そこに誰かいるのか?」


 彼にはもう、知らない誰かの問いに答える気力すら、残されていない。


「おーい……? ひ、ひいっ! 空飛ぶタコの化け物!? いや違う人だ! お、お巡りさーん!!」



 神陀の受難はまだ続きます。

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