「ふっ!」
「へぶっ!」
落とし穴に落ちてから数秒程すると草の茂った地面が見えてきた。
俺は手足の四点で着地する。
同時に中柱が横で小さく鳴いて落ちた。
背中から落ちたように見えるが、一応受身を取ったようだ。
俺が心配する間もなく、彼女は直ぐに起き上がった。
「ここは雰囲気的に中層か。上層の皆とは完全に分断されたな」
「うぅ……また自分のせいで……」
中柱が自分を責める様に呟く。
……確かに、彼女はなんというか不憫というか不運というべきか。何かにつけて運が絶望的に悪い。
たまたま敵の内臓が真逆だったり、その敵が倒れた先に罠があって巻き込まれたり、就職先の環境が終わってたり……
「運が悪いからと言ってお前を責めるつもりは無いが……今日は特に酷いな?」
「厄日って奴なんすかねぇ……」
中柱とは数年共に働いてるが、ここまで直接影響してくるのは流石に珍しい。
今日は早めに終わらせた方が良いか?
「起こったことは仕方がない。向こうも心配してるだろうし、早めに合流しようか」
「了解っす!」
俺と中柱は並んで上層への階段を目指して歩き出す。
「そういえば千擁主任。二人になった今だから言えるんすけど」
「なんだ?」
「昨日配信がバズったせいか、今うちの職場ヤバい事になってるんすよね」
「ヤバい……もう少し具体的に頼む」
「あの配信で千擁主任が異様に強いのが世間に知れたじゃないすか。そのせいで『なんでこんな人材が隠れてたんだ』ってダンジョン庁の人が親切探索者事務所に出張ってきて……」
「国が、随分高く評価してくれるんだな。あれは運も有ったと言うのに」
「またそんな事言って……ともかく。神陀とかうちの社長とかがずっと応接室から出てこなくて、おかげで今日は仕事量が普段の2割くらいになってるんすよね」
「それは良いことだ。みんなも久しぶりに体を休められるだろ」
ふむ……それにしても、国の人間が直接来るなんてな。事態は俺の想像より好転していたらしい。
俺が変に策を弄する必要も無かったと言う訳か。
「最近は千擁主任が抜けたからか仕事も減ってたんすけど、それでもキツかったんでありがたいっす。国もたまにはまともに働いてくれるんすねー」
「はは、ほんとにな。……ところで、さっきから魔物の気配がしないな?」
「確かにそうっすね」
俺は違和感を覚えていた。
上層があれだけ魔物で溢れていたのだから、中層のここもこんなに静かなはずないのだが。
「層が下る程、魔物の数は増えづらくなるらしいが……」
「ここら辺にいないって事は階段付近に集まってるんじゃないすか?」
「そうかもしれないな。今の内に、大群を相手にする心構えはしとこうか」
「了解っす!」
*
「……いや、これは」
中柱と歩き続けること30分程。
ようやく階段までたどり着いた俺達を出迎えたのは信じられない光景だった。
「フー……! フー……!」
地面を染める血溜まりと、それに浮かぶ肉片達。それらの残骸はおそらく中層の魔物達だったのだろう。
そして残骸の中心に人が一人。
全身が返り血に染まり、息を切らして興奮した様子の雲上だ。
「……地獄絵図って奴っすね」
中柱がつぶやく。あまりにも衝撃的な光景に、彼女の顔も青い。
「あっ、先輩!」
中柱とは真反対の、上気した赤い顔で雲上はこちらに駆け寄ってくる。
「もーいきなり居なくならないでくださいよ。私ビックリしちゃいました」
「……ああ、すまなかった」
〈えっなにこれは……〉
〈俺は何も見てない何も見てない〉
〈へー可愛くてもちゃんと特級探索者なんだな〉
どうにか謝罪の言葉を口にすると、配信のコメントが目に入る。
少しだけ冷静な奴もいるが、ほとんどがこの状況に恐怖していた。
「私思うんですよ、不幸が起きた時に一番辛いのは二回目だって。だって最初はどれだけ苦しいのか分かりませんからね。私と先輩はあの時別れ、再会するまで長い時間が過ぎました。その間苦しいことも多くて、だからまた先輩を失ったらあの苦しみもまた襲ってくるんじゃないかって怖かったんです」
雲上はそこまで言い切ると、顔の血を拭う。
それから手に持っていた包丁……おそらく彼女の武器にして、この惨状を作った凶器を懐にしまった。
「……今回は幸いにも直ぐに会えましたけど、気をつけてください。私、自分をどれくらい抑えられるか分からないんです」
雲上は不安に顔を曇らせている。
洞窟に入る直前に一悶着有った様に、彼女は我を失いやすい性質らしい……
先程まではまるで鬼のような様子だったが、戻ってくれた……のか?
「ああ、気をつけるよ。余計な心配させて悪かった」
俺はそう答えるしか出来なかった。
*
雲上の地雷
先輩を失う>>>>|越えられない壁|>>>>先輩に惚れてそうな女が登場する>>>>ブラックストームみたいな連中に絡まれる
あ、雲上さんのヤバさがまた露呈した所でいよいよ次がざまぁ回です。