山中に空いたほら穴はダンジョンの入口だ。
そこに入り、少し階段を下ると大きな扉が見えてくる。
その扉を開ければジャングルのような別世界が広がっている。
扉のお陰で普段はダンジョンから魔物が出てくる事は無い。
だが、ダンジョン内の魔物が増え過ぎる等の事態になると……
扉は勝手に開いて、魔物が出てくる。
再三言うようだが、そういった事態を防ぐのが俺達の仕事だ。
「ここは視界が悪い。つまり頼りになるのは耳だ、各々音に集中するように」
〈緑しか見えねぇ〉
〈音も風とか聞こえて判別出来ねぇ〉
〈そこがプロと素人の差だな〉
「主任、2時の方向から集団です」
「だ、そうだ。迎え撃つぞ、雲上も万が一の為に準備を頼む」
中柱の言う通り団体の気配がするな。
足音が多い、これは……
「キシャアアアアアアアアア!!!」
「ヌチャチャチャチャ!!」
「ズルズルズルズルズルズル!」
木々の間から現れたのは……凶暴猿、巨大芋虫、クソデカサソリetc……
とにかく大量の魔物達が絡み合いながら押し寄せてきており、
おぞましい事この上ない。
〈ヴォエ!〉
〈キッショ!〉
〈集合体恐怖症が死ぬ絵面〉
配信コメントも阿鼻叫喚だな……早く終わらせよう。
「なかなかキツイ絵面ですねー」
「ダンジョンは放置し過ぎるとこうなる」
「うぇぇ……すんません
自分は猿の方やるんで芋虫の方は任せて良いっすか?」
「それで構わない。中柱以外の人員も猿の方は任せる」
中柱を含めた部下達は猿の群れに向かっていく、
同時に俺も巨大芋虫の方を向いた。
「『辻風』」
俺はまず辻風を放ち、芋虫達を排除。
あいつらは近づくと糸やら毒液やら、捌きにくい攻撃を連発してくるからな。
「キチチチチ!!」
群れから飛び出して来た一匹のサソリが俺の前に立ち塞がる。
そしてサソリは直ぐに、こちらを刺し殺そうと巨大な尾を振りかざす。
「『刃返し』……甘い攻撃だな」
「キチッ!?」
俺はいつも通りに尾の刺突を弾いてから、即座に切り返してサソリの頭を狩る。
しかし、息つく暇も無くサソリの群れがこちらに迫ってきていた。
「ここまで近づかれると辻風は遅いな……『血纏』」
俺は久しぶりに「血纏」を発動させ、刀に斬り殺したサソリの血を纏わせる。
「血纏」は血が必要な代わりに、
刀の攻撃範囲と切れ味を同時に強化出来る良いスキルだ。
「回転……!」
そしてその場で回転しながらの一薙ぎ。
「「キチィ!?」」
サソリ共は血の刃に斬られ纏めて絶命していく。
こいつらの相手は思ったより余裕そうだな。
さて、部下の方は……
「遅いっすねぇ!」
「キシャア……」
部下達の方に目を向ける。
皆、猿の集団を見事に翻弄して優勢に立ち回れているようだ。
「手伝いは要らなさそうだな」
「キチっ!」
「……」
俺がサソリを相手にしつつ部下を見守っていると、奥から強い気配が。
見れば、大剣を携えた一際大きい猿が近づいてきている。
奴がこの集団のボスか?
「……キャ」
カキン!
「いきなり大将狙いか。子分達は無視か?」
ボス猿は子分達に加勢せず、
真っ直ぐに俺の方へと向かってきて剣を振り下ろした。
俺はその剣を刀で受け止める。
「キキッ……!?」
ボス猿は難なく防御した俺に対して目を見開いている。
今の一撃は奴にとって不意打ちのつもりだったようだ。
「……不意打ちってのはな」
ドス!
「こうやるんすよ」
「キャ!?」
中柱は気配を遮断してこちらに近寄って来ていた。
そして彼女の刃はボス猿の心臓を的確に貫き、その命を絶つ。
「流石だな」
俺は褒めたのだが、中柱はバツの悪そうな笑みを浮かべる。
「へへ……ほんとはもうちょい正々堂々とやりたいんすけどね」
「難しい問題だよな……やりたい事とやれる事が違うのは」
中柱は勇敢な探索者を目指していて、普段からいの一番に敵に向かっていく。
だが、彼女は真正面から切り合うより、影から不意打ちする才能が強い。
ままならないものだ。
「先輩、お疲れ様です」
「ああ、君の力は借りずに済んだな」
〈なんかさぁ……千擁以外も強くね?〉
〈あんな量の魔物相手にしてるの中々見ないな〉
〈連携もバッチリだし、とても零細事務所とは思えない〉
戦いが終わると雲上がこっちに来て、同時にコメントも見えてきた。
「ああ、うちの部下は頼れる奴ばかりだ」
「へへ……そんな褒めても何も出ないっすよ」
「むー……それは良いんですけどお二人ともさっきから距離近くないですか?」
「キ!」
「っ!? 中柱!」
話していたその時、確かに心臓を貫かれたはずのボス猿が起き上がり、刀を構えようとしていた。
「キィェア!」
「うおっと!?」
ボス猿は刀を中柱目掛けて投げる。
だがしかし、刀は彼女の横を掠め外れた。
……良かった。
「こいつ!」
「キ……ェ」
カチリ。
俺はすぐさまボス猿に刀を突き刺し、今度こそとどめを刺す。
……この手応えは。なるほどな、ボス猿が生き返ったカラクリが読めた。
「あれ……確かに心臓を刺したはずだったんすけど」
「どうもコイツは内臓逆位の突然変異個体だったみたいだな」
内臓逆位。人間にも極稀に存在する特異体質で、内臓の位置がひっくり返したかのように左右逆になっているそうだ。
つまり、本来とは違う場所に心臓があった為に、このボス猿は致命傷を回避したのだ。
「うぅ……刺す前にそれが分かってれば。面目無いっす」
「そこまで読んで戦える奴はそう居ないと思うが……」
「あの、ところでさっき変な音しませんでした?
千擁先輩がその魔物倒した時に」
「え?」
雲上に言われて気づいたが、確かにそんな音がしたような。
俺はボス猿の死体を退かして、地面を確認してみた。
地面には赤いスイッチ。まさか。
「落とし穴の罠……!」
ガコン!
気づいたその瞬間、俺を中心とした半径2m程の穴が開く。
そして重力には逆らえず、俺の身体は落ちていき……
「くっ……ここは罠が有るタイプのダンジョンだったか。しくじったな」
「ちょっ、えっ、千擁先輩!!!」
上方に見える落とし穴から、手を伸ばそうと覗き込む雲上が見えた。
だが、一瞬の内に穴は閉じてしまう。
「まったく、面倒な事になったな」
「うわあああああああっす!?」
「……やっぱりお前も一緒に落ちたのか」
聞き覚えの有る悲鳴がしたので、横を見ると俺と同じく落ちている中柱の姿が有った。
この状況は……とりあえず着地してから考えるか。