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一三話 優美な女の子。 其之一

(最近、モミジが不在。何かしらあって外に出てるんだろうけど…、むぅ…)

 サクラは侍女のシズカを連れて砂糖楓宮さとうかえでのみやへと足を運び、モミジの不在を知ると退屈そうに口先を尖らせる。

「はぁ…、」

(園遊会本番でモミジから流てきた魔力、あの温かい感覚を確かめたいのになぁ)

(砂糖楓宮にやってきては溜息を一つ。…お勉強にも身が入っていないようですし、モミジ殿下と会えない状況を寂しがっているのでしょうか?…もしかして)

「モミジ殿下にご連絡いたしましょうか。お手紙を投函すれば工面をしていただけると思いますので」

「うーん。邪魔になっちゃ悪いし…」

「サクラ様から会いたいとお伝えして、邪険に扱う方ではありませんよね?」

「そうだけどー…、でも」

 やや優柔不断に、眉をハの字にさせて表情を陰らせるサクラは中々に重症で、シズカの方も眉を曇らせていた。

(お年頃では有りますが…、予想が正しければ中々に荒れそうな話題ですよね。こういった事は両陛下にお伝えするのが通常業務、…けれど繊細な時期ですし)

「……戻って勉強するわ」

「畏まりました」

(…、サクラ様の為です私の方から陛下にご連絡いたしましょう。ついでに)

 サクラに気取られないようシズカは走り書きを投函し、後を追っていく。


「陛下、実はご相談したことが有りまして」

「ヒトリシズカ、…サクラのことか?」

「はい」

「ここ暫く、何か思い悩んでいるようだけど」

「当にその事をご相談しようと参りました」

「続けて」

「率直に申しますと、サクラ様はモミジ殿下に懸想している可能性があります」

「ぶっ!!けほっけほっ!」

「へ、陛下!?」

「大丈夫、驚いただけだ。…………、サクラがモミジに?」

 吐き出した茶をシズカが拭いていき、ヒノキは目を白黒させる。

「はい。園遊会から少しして、日々に落ち着きが戻ってきてから、毎日のように砂糖楓宮に足を運び、モミジ殿下がいないことを確認すると退屈や寂寥の感情を見せ、溜息を吐き出していまして。…年頃の恋煩い、かと思い相談に参りました」

「成る程ね。他の者、二奏鈴にそうりん家等に報告は?」

「上げていません。私はサクラ様にお仕えする侍女ですから、主の幸福を願うばかり」

 名門たる二奏鈴家、その令嬢として生を受け、サクラに仕えることが叶ったシズカ。

 明文化された決まりがあるわけではないが、王女の嫁ぎ先は筆頭侍女の実家となるのが通例であり暗黙の了解。二奏鈴家としてもそういった利益を感受できるものだと当然のように思っているので、サクラが別の者と結ばれることは確執を生む結果になりかねない。

「………。」

「如何しましょうか。必要とあらば、退職に躊躇致しません」

「先ずは本人から話しを聞こう。…それに君は優秀なうえ、サクラの事を一番に考えてくれる侍女だ、私が二奏鈴家との間を取り持つよ」

「感謝いたします」

(モミジを息子と出来るのならば、二奏鈴との会合と取引であれば易いもの。……、このままサクラとモミジにヒトリシズカを付けさせることで、その先の夢を見させられるだろうし交渉材料としても不足はない。先ずはサクラ、……そしてモミジ次第になるが、スモモの対処に足を踏み入れているのがまた面倒)

 簡単に服を着替えたヒノキは、自室を出てサクラの部屋へと向かっていく。


「サクラ、少しいいかな?」

「はい、お父様。鍵は掛けていませんので、どうぞお入り下さい」

「失礼するよ」

 サクラの部屋はシズカを中心とした従者が綺麗に整頓し、年頃の女の子らしい部屋模様となっている。

 手頃な椅子に腰掛けたヒノキは、どう切り出すかと考えながら一度考え込み、単刀直入に言葉を吐き出す。

「最近思い悩んでいるようだけど、お父さんが力になれることはあるかな?」

「……、お仕事で忙しくされているお父様のお手を煩わせるわけには」

「ごめんね、父親らしいことをしてあげられなくて」

「いえ、お父様は自慢のお父様です!誰にでも誇ることが出来る、この国の王様で優しいお父さんです」

(うっ、ちょっとうるっときた…)

「なら話しだけでもお父さんにしてほしいな」

 下唇を噛んで少し悩んだサクラは、意を決したようで一度大きく息を吸い込んでから口を開く。

「園遊会でモミジと魔法を使った時、手を繋いでいたのですが、その時お互いの魔力が混じり合い身体へ入り込んできました。…昔、お母様の魔力に触れた際、火花が爆ぜるような感覚を味わっていたので、他人の魔力は抵抗のあるものだと思っていたのですが…モミジの魔力は暖かくて、優しくて、また触れたくなってしまう感じがしました」

調和性ちょうわせい魔力接触まりょくせっしょく。本能で二人の相性が良いことを悟ってしまったのか。……一方的な感覚になることもあるはずだが、モミジの方が嫌悪感を抱いていないのなら、これ以上ない逸材だ)

「それはね、調和性魔力接触といってね、お互いの相性が非常に良い事を示す現象なんだ」

「相性が、良い?」

「そう。結婚相手とかにね」

 声を潜めたヒノキは口の前に指を置いて告げた。

 するとサクラは頬を紅潮させながら、「モミジと…」と呟き言葉を咀嚼そしゃくする。

「…二年前に、テンサイ様からモミジを幸せにして欲しい、とお願いされたことがありました。最初はお嫁さんにって舞い上がったのですが、良く考えればそんなことはないと一度落胆して…だけど。お父様!私、モミジの隣に立ってお嫁さんになりたいです!」

(モミジと結婚すれば、モミジが離宮で一人っきりになんてならないんだし、幸せにしてあげられるんだから!)

(乗り気になってくれたね。王族に産まれた以上、その存在を利用されることは避けれない。…ならば本人が望む道へ進ませてあげるのが父というもの)

「となるとモミジに思いを伝え、許可を取り付けないといけないね。勝ち取れる自信はあるかな?きっとモミジは難敵だよ…どう転んでも今までと同じ関係は続けられなくなる」

「…っ!」

(お父様からお願いしてもらえば、モミジは首を縦に振ってくれる。…けどそれじゃ、隣に立てない気がする。…断られて遠ざけられちゃうのは…嫌。…嫌だけど)

 自身の胸に手を置くと、鼓動する心の臓腑に熱を感じ、それが全身を駆け巡る。

「隣に立つんだから真っ向勝負よ!お父様有難う御座います!私の進む道が見えましたわ!シズカ、砂糖楓宮でモミジを待ち伏せるわ!」

 扉を開け放ったサクラは、淑女とは思えない全力疾走で離宮を飛び出していった。いってしまった。

(振り切れてしまった…)

「…サクラに何があったのですか?」

 困惑頻りなダリアがヒノキへと尋ねると、彼は仔細を説明し「誰に似たのかしら」と面白そうに笑いこけていたとか。

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