数日して。
モミジは鞘を握り柄に手を置いて、向かい合うシャクナゲの動きを見据える。
無詠唱で放たれたシャクナゲの
(クラバ殿の強みは圧倒的な対魔法戦、ここ暫くで剣術も伸ばしているが…当方の望むほどには育ちきっていない。未だ
(抜刀剣術の強みを活かすには、間合いの把握と抜刀時の速度。…未だ二年前の、鈴の鳴る剣術には至れていない)
踏み込んだシャクナゲが身体を前に刀を左に逃した動き。腕斬りだと判断したモミジは刃の軌道に小さな魔法障壁を二重に張り、自身への攻撃を遅らせ反撃をしようと試みる。
(それは既に見ているぞ)
(だろうな、刃を更に下ろし腿斬りに。シャクナゲの刃には微量の魔力が流されていて、無詠唱の魔法障壁のみで防ぐことが出来ない、遅らせることが精々)
「『
一歩引いたモミジはシャクナゲの一撃を回避して風の連撃を繰り出すも、男爵流派は護りの剣術であり無数に展開された風の刃は一太刀の元に打ち払われ、シャクナゲがモミジの右側面へと跳ぶ。
「チッ」
左腰に刀を佩いている都合上、右側面に位置取られると身体を回すか、刃を遅らせるかしないと攻撃が届かない。こうなると間合いと速度に優れる抜刀剣術の優位性を失ってしまう。
「
(今なにか)
(音?)
チリっと二人の耳に異音が届き、風を交えた無数の刃が荒れ狂う嵐となって解き放たれる。
「「な―――ッ!?」」
「シャクナゲ!!」
「あいわかった!」
シャクナゲは自身に迫りくる無数の刃を見切り、最低限の動きで被害を相殺した。してみせた。
「大丈夫か?!」
「はははっ、今のは良かったが、未だ足りぬな!……然しどうした、あの剣撃は?」
「分からん。うーむ、刀を極めると鈴が鳴る筈だが、…俺の実力では未だ未だだろうに」
「鈴が?」
「亡名の剣術の大本は、きっと鈴の鳴る剣術だ。何時覚えたのではない、生まれる前から覚えていた剣聖の剣術」
「??。まあ良く分からんが、極めれば鈴がなるということか。見たい、聞きたい、喰らいたい、早く極めて欲しいものだな」
「……いつも言っているが、俺の刃でお前は殺さんぞ」
「当方の寿命間際や病の死に際でもかまわぬ!当方は当方の理想を追い求め、天冥に御わす龍の神々に追い返されぬだけの死を感受するまで!!そのためにも!!クラバ殿には剣術を極めてもらわねば!!」
「お前は…本当に変わらんな」
「三つ子の魂百までというではないか。そういうことだ!」
「はぁあ、厄介なのに目をつけられたものだ。…まあいい、手合わせの前に言ったこと忘れぬようにな」
「当方は如何なる戦場にも出よう」
「……戦場にはしたくないがな」
一度呼吸を整えたモミジは針尾雨燕を鞘に戻しつつ口を開く。
「俺には刀を繰る才能があると思うか?」
「才能?多少はあるだろう、当方の剣術に食らいつくだけの実力はあるのだから。…だが、我が師が言うには『才能は始まりに過ぎん、頂に立つものは刀を理解できた者のみ』とのこと」
「お前の師か…」
「至って真っ当な御人であったが、刀に魅入られ刀を魅入り、喰われて死んだ」
「…真っ当…?」
「当方を天冥に送ってくれそうな良き師であった故、本当に惜しいと感じたものだ」
「そうか…。まあよく分からないって事がわかったよ、うん」
「呵々。破滅願望の破綻者たる当方の話しを聞いてくれるという点では、クラバ殿にも近いものを感じ入る。これからもよろしく頼むぞ」
「本当に厄介な破綻者だ」
「呵々」
二人は居住まいを正してから再度真剣を交える。
「はぁ…はぁ…、馬鹿疲れた……」
「当方も」
汗を滝のように流す二人は互いに刀を鞘に納めては軽く礼をし手合わせを終える。
「そのままだと風邪を引きかねません。クラバは湯で汗を流してください」
「ああ、そうする」
布巾で簡単に汗を拭き取り、浴室へ向かっては姿をモミジへ戻して簡単に汗を流す。
(市井の大浴場も行ってみたいな、温泉とか)
さっぱりとしたモミジは新しい服を着てからコウヨウへと変身すると、鼻を擽る香ばしい醤油の匂い。釣られるように厨房へと向かえば、姐さんたちが焼きおむすびを作っていた。
「あら、ほかほかのクラバちゃんが釣れちゃったね」
「美味そうな匂いがしててな」
「そうよね、未だ未だ食べ盛りって年齢だし、一つ食べてく?」
「いいなら貰うが」
「私たち含め、バレイショ区裏通りの人たちに差し入れしてくれてるからね」
「そいじゃお言葉に甘えて。あつっ!」
「あはっ!急いで食べちゃって」
ふーふーと息を吹きかけ冷ます様子を姐さんたちは小さく笑いながら、モミジの食事を眺めている。
「クラバって食事中にほとんど喋らないよねぇ」
「美味かったよ。ふぅ…食事は静かにしたいんだ、俺は」
肩を竦めるモミジに、姐さんたちはじっくりと舐めるような視線を送って。
「はぁーあ、絶対いいとこの出身なのに、私たちに靡く風もなくて困っちゃう」
「そうよねぇ」
「私たちもなんか、クラバちゃんのこと弟みたいに思えてきちゃったしぃ」
「残念ねぇ〜」と声を揃え、姐さんたちは溜息を吐き出した。
「弟ねぇ」
「嫌だった?」
「いや別に。結構、身長高いと思うんだがなって」
「うふふ、偶に抜けてるわよね、クラバって」
「そうねぇ、ふふっ」
婀娜っぽい姐さんに笑われながら、モミジは帰り支度をする。
「またな」
「日暮れも近づいて寒い、寄り道しないで帰れよ」
「ああ。…、暫くは俺も余裕がある。忠実に顔を出すよ」
「暇ならうちで働いてみるか?社会見学ってやつだ」
「成る程、面白いかもしれんな。うん。考えとく」
「待ってるぜ」
手をひらひら振るタガヤに見送られ、モミジは路地裏へと消えていく。
(ああ言われはしたが、情報収集するならちょうどいい時間。二楽家の屋敷を見ていこう)
小翼竜に姿を変えたモミジは王城ではなく、二楽家の方へと回頭し翼を羽撃かせながら魔力で加速し、名家の邸宅建ち並ぶ富裕層区画へと辿り着く。
直に屋敷へ入るのは危険なので、鳥や翼竜が上空を通過できている屋敷の敷地内に立つ樹木へと留まり、じっくりと様子を窺う。
(鳥や翼竜が避けて飛んでいる。それなりの期間、強固な障壁を展開している証拠だな。………警備は、詳しく見えんが変な位置に二人、…が二組。障壁の魔法陣を守っていると思っておこう)
周囲の屋敷を間借りし四方から観察を行えば、合計五組の警備が要点とは別の、風変わりな位置を警備している。
(あんな風に人を置いていたら怪しいにもほどがあるが…、それでも守る必要がある地点ということなのだろうか。……然し、妙に人気のない屋敷だな)
二楽家は大所帯というわけでないのだが、それにしても人気がなさすぎるというのがモミジの感想。振り返り適当な屋敷を眺めてみれば、住人が食事をしていたり、家族団欒に過ごしている。
(遊園会にクルミとリンゴを招待したはずだが、姿を見せなかったし。もう既に何処かへ逃げていて、はったりの為に変な配置で警備を置いているとか?………、何にせよ兄貴の知性にはケチが付く…か)
「対策が必要か」と心の内で呟いて、モミジは飛び立った。