「スマートシティ……ね」
「どうしたの? 浮かない顔しちゃって」
「だって、スマートシティってあまり良いイメージないもの。『スマートシティは最新テクノロジーを集結させた街』ということで、当時皆期待してたよ。自動運転やドローンでの運送システム、加えてAIロボットを活用した地下インフラなんてものもあったらしいじゃない? でも、そんな技術の粋を結集させた場所でも問題は発生した……」
「ああ。『裾野事件』ね」
「そうそう」
会議の後、私と真里お嬢様は二人でお酒を飲みながら語らっていた。
平沢さんは自室で休んでいる。
「このカシスオレンジみたいな空だったよ。静岡県裾野市のスマートシティが燃えていた、あの空は」
「わたくしの自慢のカシスオレンジを物騒なもので例えないでくれるかしら」
「ごめんごめん」
真里お嬢様はカクテルも作ることができるらしい。
ほんとに何でもできるよね。ご飯も美味しいし。
……私の料理の十倍くらい美味しいし。
女として完全に負けてる気がするわ。
「裾野のスマートシティって、ガス爆発が起こったんだよね? そう報道されてたけど」
「なんか……その目は別の理由があったんじゃないかって疑っているようね」
「まあね」
私はカクテルが入ったグラスの縁を指で一周なぞった。
「当時ネットでは事件があったんじゃないかと噂されていたのよ。銃声が鳴ったり、何度も爆発音が鳴ったりしていたという話があったし。色んな動画も出回っていた」
「確かに、そういう噂もあったわね。でも、その噂を信じる人は『陰謀論者』と言われていたわね」
「『陰謀論者』って良い言葉だよね。簡単に少数派の意見を切り捨てられるもの」
「あら? それは珍しい意見ね」
グラスに残ったカシスオレンジを飲み切った。
空のグラスを真里お嬢様へ渡すと、カクテルのおかわりを注いでくれた。
「これは?」
「チルアウトよ」
「わあ! これも美味しい! 甘いね! ……まるで平和ボケした世間のよう」
「……褒めてるの? 貶してるの?」
「ごめんごめん。言葉の綾だよ」
「……もう!」
でも、世間に対しては少し非難したい気持ちもあった。
私はここ数日、防諜活動を通して日本が狙われていることを実感したわ。
現実は世間で思われているほど甘くない。死の危険性が迫っていることに皆気づいていないよ。
「『陰謀論』という言葉自体はある諜報機関が作った言葉でもあるわね」
「ああ、それ聞いた事ある! 世界で一番規模が大きいあの諜報機関でしょ?」
「そうよ。都合が悪い情報については『陰謀論』という言葉で蓋をすることができてしまうからね」
「ねー。もちろん、全くデタラメな話も沢山あるけどさ……中にはちゃんと考えなきゃいけない内容もあると思うんだよね。そういう内容までも『陰謀論』で片づけてしまうって、とても危険なことだと思う」
「そうねぇ」
スッと私の目の前に水が入ったグラスが置かれた。
確かに、私は少し酔いが回っている。頭がふわふわして、少し気持ち良い心地になっている。
差し出された水を飲みほして、真里お嬢様にズバリ質問した。
「で、真里お嬢様は知っているんでしょ?」
「んー……そうねぇ。私達裏の世界では、あの事件のことを『事変』と呼んでいるわ」
「『裾野事件』じゃなくて、『裾野事変』ってこと?」
やはり、世間が陰謀論扱いしてはいけない内容だったようだ。
「そう。内戦に発展しそうな内容だったらしいわ」
「内戦!? 外国じゃなくて、日本国内で起こった話だったの?」
「この建物は知っているかしら?」
真里お嬢様は白い建物をモニターに映した。
真っ白な壁と、ブラインドがかかった窓。恐ろしいほど個性が無い建物である。
しかし、その周辺は高い白壁と黒色の門で囲われている。他を拒絶するかのように。
「知らないけど……怪しい建物だね」
「一般的には知られていないわ。この建物は、『伊邪那能力開発局』という……そう噂されているわ」
「いざなのうりょくかいはつきょく? 初めて聞いたわ。能力開発とか怪しいね……遺伝子操作や超能力開発でもやっているの?」
「んー……そんな所かしら」
「マジで!?」
私は身を乗り出して、モニター内の建物を見つめた。
「遺伝子操作技術は進んでるって話は聞いたことあるし、現代技術ならできそうだよね。法律が及ばない場所、地域だったら遺伝子操作なんていう禁忌を犯しても罰する行為を行えないかもしれないし」
「法律が及ばない……ね。すごい鋭いこと言うわね」
「そう? どこの国のものになってない場所って意外にありそうじゃない? 海や宇宙とかに研究所を作ることができればやりたい放題でしょ。それに国内でも権力的に日本の憲法、法律の枠組みに含まれない場所とか色々ありそうじゃない。素人意見で適当に言ってみただけだけど」
「なるほど、そう考えるのね。まあ……こういった話が真実なのかどうかは確たる証拠が出ているわけでは無いわ。でも……ね?」
「ああ……そうだよね」
真里お嬢様は平沢さんの部屋へ目線を向けた。
私の胸中で抱えている疑問に繋がる内容である。
――平沢さんの顔と瓜二つの顔をしたテロリスト。
平沢さんの出自は、噂に関係するような特殊なものであるかもしれない。
「それで話を戻すけど……『裾野事変』ではどういう争いだったの? 国内にテロ組織が潜んでいたということ?」
「それが、詳細情報が全く出回ってないのよ。綺麗に情報が消されているの。美琴ちゃんはどう思う?」
真里お嬢様が期待した目で私を見つめてくる。
いや……そんな期待されても困るよ。
「うーん……どうだろうね。あれかな? 『伊邪那能力開発局』の実験体になっていた人達が反乱を起こしたとか?」
「ほう。その研究室がスマートシティ内にあったと?」
「そうだね。何か最新テクノロジーが揃ってそうな場所だし。それにスマートシティって日本以外の国も協力したり、特区として特別な法律が与えられてそうじゃない? 法律の書き方によっては、従来の制限を超えた研究環境を実現できるかもしれないよね」
「……」
真里お嬢様は肯定も否定もしなかった。
って、何か言ってよ。怖いじゃない。
「さて、そろそろわたくし達も休むとしますか。……あ、そうだったわ。美琴ちゃんに用意したものがあったんだったわ」
「え? なになに? 私のために?」
真里お嬢様がテーブルの上に化粧品を並べた。
「え!? 何これ可愛い! 全部化粧品!?」
「化粧品じゃなくて、スパイギアよ」
「そうなんだ」
「そんな顔しないでよ。わたくしが持っている最先端技術を詰め込んだ自慢の作品なんだから!」
「へえ」
化粧品じゃないと聞いて一瞬テンションが下がったけど、映画で出てくるような物凄い道具であるらしい。
真里お嬢様が嬉々として説明を始めた。