「ううう……あああああああああああああ!」
「平沢さん! 落ち着いて!」
床に四つん這いになり呻く平沢さん。
あの時私の事を守ってくれた大きな背中が、なんだか小さく見える。
――そっと、私は平沢さんの背中に触れた。
ひどく、背中が冷たくなっている。
どうしよう! 何て声をかければいいんだろう?
私だって、モニターの映像には驚いているし、内心整理がつかない。
平沢さん自身、こんなに困惑しているし。
うーん……。
――そうだ。私自身大切にしている言葉があった。
「平沢さん。人に頼れるってことは強さでもあるんですよ」
「はぁ……はぁ……え?」
真っ青な顔で私に振り返る平沢さん。
その必死で、情けなくて、弱弱しい表情が私の胸をきゅっとさせた。
「私……いや、私達のことも頼って下さい。一人で抱えきれないことは、一緒に抱えさせて下さい」
「……」
――人に頼れることは強さ。
これは、私の言葉ではない。
ふと、お姉ちゃんとの思い出が蘇ってきた。
◆◆◆
「人に頼れるってことは、強いということでもあるのよ」
「人に頼れることが強さ? お姉ちゃん、逆なんじゃないの?」
私の涙を拭きながら、お姉ちゃんは優しく微笑んだ。
「人一人にできることは限界があるの。自分にできないことを他の人に手伝ってもらう。これで、沢山のことを成し遂げることができるようになるの」
「そっか……。まだよく理解できないけど」
家でお母さんの彼氏に襲われそうになったり、学校の成績のことでお母さんに酷い事言われたり、クラスメートから揶揄われたり。
私はいっぱいいっぱいになり家出をしてしまった。
そんな私のことをお姉ちゃんは見つけ出して、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「そうかもしれないね。でも、美琴にはお姉ちゃんがいる。お姉ちゃんには頼れるでしょ?」
「うん! お姉ちゃん大好き!」
「ふふふ。私も大好きよ!」
それから、私はお姉ちゃんによく相談するようになった。
自分にできることとできないことを振り分け、自分ができないこと、知らないことをお姉ちゃんに頼った。
お姉ちゃんも私の相談を受けた後、私にできることは教えてくれて、今後は自分にできるように誘導してくれた。
そんな日々は私の中でかけがえのない大切な経験となった。
お姉ちゃんが居なくなった後は、私自身がお姉ちゃんのようになれるように頑張った。
お姉ちゃん以外の人に相談するようにして、逆に自分にできることは手伝ってあげた。
そのようにしていると、新しい人間関係を築けるようになった。
家だけであった場所から世界が広がり、お母さんやその彼氏の脅威から抜け出す術も見つけることができるようになってきた。
地下アイドルになった後は頼られることが多くなり、問題解決に奔走することになってしまったが。
というか、「ミッション・インポッシブル」と呼ばれているなんて知らなかったんだけど……。
◆◆◆
「はぁ……はぁ……。すまない。ありがとう」
汗を拭きながら立ち上がる平沢さん。
冷静さを取り戻したようだ。
「マルティネス。会議を始めよう」
「……わかったわ。キツくなったら言うのよ」
「ああ」
真里お嬢様は、母親のような慈愛溢れる笑顔を見せた。
これまでも平沢さんのこと支えてきたのだろう。
彼は戦闘能力等スパイとしての力は凄いと思う。
だけど、人としての不完全さが見え隠れする。時々、年下のような……子供っぽい危うさを感じる時がある。
彼の過去は知る由も無いけど、その不完全さを真里お嬢様がサポートしてきたのかもしれない。
「まずは、このバルクネシアという国で私達が成すべきことを整理しましょう。日本で話した通り、今私達の生活を脅かしている『闇バイト』がインフルエンサーによって手引きされている可能性があった。そして、そのインフルエンサーがバルクネシアに潜伏している可能性が高い、ということまでは覚えているわね?」
真里お嬢様が私に目線を向けた。
「ええ。確か……『真実を語る足長おじさん』だっけ? 目のような形のロゴが入った奇妙なニット帽に黒いサングラスをかけている人。そのサングラスに窓の外の風景が映っていて、バルクネシアの建物が映っていたんだよね」
「そう。だから、わたくしはあなた達がここに来るまで調査を行っていたわ」
「その様子だと、手がかりは見つけられなかったようだな」
いつもの平沢さんだ。
少しだけ安心した。
「ええ。シンジちゃんの言う通りよ。動画撮影していたホテルや部屋の番号まで特定できたけど、もうインフルエンサーは別の場所へ移動していたわ」
「なるほど。でも、個人情報は入手したんだろ?」
「そうよ。ホテルのシステムに入り込んで、過去その部屋を利用した人の情報を全て入手したわ」
「真里お嬢様凄い!」
真里お嬢様は大きなモニターに顧客情報一覧を映し出した。
「まずは、動画投稿日より後の日付を省く。そして、サングラスに映る風景は晴れだった。だから雨の日の所を省く。すると、残りはこの10人に絞られてくる」
「真里お嬢様。女性や外国人の名前も省くことができるんじゃない?」
「いや。動画を見る限り、コイツは男性の声で男性の姿に見えるけど、実は女性かもしれない」
私は口を開いた平沢さんの方を見て、その後真里お嬢様へ目線を移した。
「ああ、なるほど」
「今、わたくしのこと見て納得した?」
「そんなことない」
私はギクっとしながら否定した。
「ということは……一見流暢な日本語を喋っているけど、外国人の可能性もあるってことかな?」
「ええ、その通りよ美琴ちゃん!」
真里お嬢様が褒めて、私の頭を撫でてくれた。
少しこそばゆい。
「というわけで、これからこの10人からインフルエンサーを特定しなくてはならないわ。あと、さっきの日本刀を持った女性についての情報も集めなくてはならないわ。今のわたくし達は知らないことが多すぎる」
「『4KN4S』という謎の言葉もあったよね。全部関係しているのかな……それとも、全部別の組織なのか……?」
沢山新しい謎が出てくる。危険も出てきた。
果たして、私達はちゃんと目的を果たすことができるのだろうか?
少しだけ、そんな不安が胸をよぎった。
「マルティネス、情報収集について案はあるか?」
「ええ、もちろん!」
真里お嬢様は満面の笑みで化粧道具やウィッグをテーブルの上に置いた。
そして、とんでも無いことを言いのけた。
「シンジちゃん。美琴ちゃん。あなた達二人でスマーチシティ内でデートをするのよ」
「わかりま……ええええええええええええええええええええ!?」
デートなんて、これまで一度も経験したことが無いんだけど。