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第十三話「顔」

「おーい! こっちよー!」


 私と平沢さんは輸送用AIドローンによって空港から脱出し、都市を離れて郊外まで飛行した。そして最終的にドローンは真里お嬢様の下まで私達を送り届けてくれたのであった。


「本当に……良かったわ!」


 涙をハンカチで拭う真里お嬢様。

 化粧が崩れて目の周囲が黒くなり、パンダみたいになっている。


 ――しかし、のどかな田園風景だ。


 周囲が自然で埋め尽くされ、民家が点々としている。

 木造一階建ての家ばかりで、文明の力が及んでいない過疎化した村のようである。


「助かった。ありがとう」

「本当に心配したわよ!」

「い、痛い。やめてくれ」


 真里お嬢様が平沢さんに抱き着いた。

 平沢さんの身体を抱きしめる腕が筋肉隆々で血管が浮き出ている。

 本当に痛そうだ。


「美琴ちゃんもよくやったわ!」

「あ、ありがとうございます!」


 私も真里お嬢様のマッスルハグを受けた。

 想像以上に痛い。

 しかし、溢れんばかりの愛情を感じ、とても安心した気持ちになった。


 ――あれ……なんで私泣いているんだろう。


 自然と、両目から沢山の涙がこぼれ落ちた。

 今更になって、日本刀を持ったCAと対峙した時の恐怖を思い出した。


「よしよし。本当に頑張ったわね」


 大量の涙を流す私の頭を、真里お嬢様は力強く撫でてくれた。


「ははは……痛いってば」


 私の髪の毛はくしゃくしゃになってしまった。


「さて、拠点の中に入るわよ。込み入った話はこれから」


 真里お嬢様はひとしきり私達を労うと、これから滞在する拠点を案内した。

 しかし、真里お嬢様の背後に建っているのは何の変哲も無いボロボロの家。


「さあ、入って入って」


 中に入った瞬間に未来的な機械が沢山置いてある部屋になっていないか期待した。

 しかし、そんな夢幻は一瞬のうちに消え去った。


 家具もボロボロ。壁も土の汚れかカビみたいなものが付いてて汚い。

 床も机も埃だらけで、この中で呼吸しているだけで病気になってしまいそうである。


「美琴ちゃん。そんなドン引きした表情しないで」

「えぇ……」


 苦笑いで返した。

 しかし、真里お嬢様は何やらニヤニヤしている。


「さあ、このトイレの中に入って」

「え? 嫌だけど」


 真里お嬢様が私達をトイレに案内した。

 開いた扉の中を見た瞬間、吐きそうになってしまった。


 ――超汚い。


 茶色や黄色等、いかにも臭そうな汚れがびっしりとついた和式の形の便器が目の前にある。私の嗅覚は超敏感だから、臭いニオイを嗅いでしまうと気絶してしまうかもしれない。

 めちゃくちゃ嫌だけど、口呼吸に切り替えた。


「大丈夫よ。ここはトイレであってトイレでないの」

「意味わかんない!」


 鼻を押さえながら抗議した。

 なんか今日はトイレに纏わる悲劇が多くない?

 平沢さんの前でおしっこしちゃうことにもなったし!


 真里お嬢様は微笑みながら、トイレのレバーを引いた。

 すると、便器が備え付けられた床が上方に開き、目の前に階段が現れた。


「え? ま……まさか!」

「だから言ったでしょ? ここはトイレじゃないって」


 ――なんと、地下への隠し階段であった。


「私達の拠点はこの地下に用意されているわ。足元気を付けてね」


 私達は真里お嬢様についていきながら階段を下っていった。

 すると、私がはじめに期待した未来的な機械が沢山置いてある空間が目の前に広がっていた。


 大きなモニターの前に置かれたキーボードやPCもかっこいい!


「気に入ってくれたかしら?」

「すごい! すごいよ真里お嬢様!」


 私は興奮して部屋中を見て回った。


「そこは寝室よ。各部屋ひとりずつだから安心して。あと二人とも空港からスーツケース持ってくる余裕無かったでしょ? 代わりに手配して回収しておいたわ。部屋に置いてあるから確認してね」

「え? そういえばそうだった。本当に助かる!」


 良かった。

 やっと安眠できる。


「さてシンジちゃん。今日の所はゆっくりと休むとする?」

「……ああ。そうする」


 何か元気の無い平沢さん。

 拠点の中に入ってからも心ここにあらずといった感じだ。

 一体、どうしてしまったのだろう。


「それじゃあ、わたくしが夕食の準備をするから二人はゆっくり休んで頂戴」


 真里お嬢様の言葉に甘えて、私達はそれぞれの部屋に入って疲れを癒すことにした。


「ふう……なんだか、今でも夢に見てる気分だな」


 独り言を言いながらベッドの上で仰向けになった。

 天井を見上げながら、今日起きたことを思い返した。

 しかし、自分がこんな経験をしてたなんて今でも信じられない。


 ――それに、平沢さんのあの様子。


「よし!」


 私は起き上がって着替えを済ませると、自分の部屋を後にした。 


 ◆◆◆


「もしもーし」

「……なんだ?」


 平沢さんはベッドの上に座り、俯いていた。着替えもせずに。


「私、今日頑張ったと思わない?」

「……ああ」

「ご褒美」

「え?」


 ふふふ。俯いてドンヨリした表情を困惑した表情に変えることに成功したぞ。

 さて、これからたっぷりと困らせてやる。


「ご褒美って……何をすればいいんだ?」

「膝枕して」

「え」


 私は平沢さんのももの上に頭を乗せて、ベッドに横たわった。

 筋肉質な太ももが何とも素晴らしい。


「頭を撫でて褒めなさい」

「……う」


 言われるがまま、ぎこちない手で私の頭を撫でてきた。

 抵抗されるかと思ったけど、意外と素直である。

 しかし、私を誉める言葉は彼の口から出て来ず、暫く二人とも沈黙した。


 ゆっくりと静かな時間が流れていく。

 二人の呼吸音や私の髪を撫でる音だけが鳴り続けていた。


 どれくらいの時間が経っただろうか?

 ふと、平沢さんが口を開いた。


「ごめん」

「本当よ」


 ポツリと謝罪してきた。


「守れなくてごめん」

「そっちじゃない。平沢さんはちゃんと私のことを守ったじゃない」


 私は平沢さんの太ももを枕にしたまま、平沢さんの顔を見上げた。

 彼は今にも泣きだしてしまいそうな表情をしていた。


「自分を犠牲にして私を逃がそうとしたでしょ? それにはちょっぴり怒ってる」

「……ごめん」

「まあ、怒っているよりも私のことを最後まで守ろうとしてくれたことの方が何倍も嬉しいよ。ありがとう」

「……」


 平沢さんは言葉に詰まった様子で顔を背けた。


 私も伝えたいことは伝えたし「イジワル」はこれで終わりにしてあげることにした。


「さて、そろそろ夕食できるかもよ。いいニオイがしてきたね。先に向こう行ってるから」

「あ……ああ」


 戸惑う平沢さんを背に、私は部屋を出て真里お嬢様の下へ向かった。


 ◆◆◆


「うーん……どうしたものかねぇ」

「どうしたの?」

「っきゃ!」


 大きなモニターの前で腕を組んで考え事をしている様子のエプロン姿の真里お嬢様。

 おいおい。その反応可愛すぎるだろう。

 筋肉隆々で高身長のマッチョがしていい反応じゃないよ。


「ん? この映像ってあの日本刀持ったCA?」

「う……うん。そうなんだけどさ」


 ――その時、私は自分の目を疑った。


「これは美琴ちゃんが毒液を相手にかけた後の映像よ。このCAはゴムマスクを着けて変装していたの。毒液が付着したマスクを取った映像がこれよ」


「そ……そんな……。どうして?」


 私は思わず一歩後ろに下がった。


「な……なぜだ。あ……あ……あああああああ!」

「平沢さん!」


 背後から平沢さんの悲鳴が聞こえた。

 振り返ると、その場で頭を抱えて蹲っていた。


「なんで……なんで……!」


 身体をガクガクと震わせる平沢さん。私は彼の背中を擦りながら宥めた。

 しかし、私も非常に混乱している。


 ――私達を襲った暗殺者の素顔が、平沢さんと瓜二つだったのである。


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