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第七話「ダーティーボム」

 ――同時多発テロ。


 世界がテロとの戦いを始めたとされる出来事。

 その出来事の背景にあるものについて色々と噂されてはいるが、従来の戦争とは違う形で市民の命が脅かされることとなった。


 ――日本でそんなこと起こるわけないと思っていた。


 これまで日本は平和だった。

 宗教団体がテロを起こしたことはあったが、それ以外でテロの脅威に晒されることは無かった。


 ――今起こっていることは現実なのか?


「美琴、大丈夫か?」

「美琴ちゃん、しっかりして!」

「……あ、はい。ごめんなさい」


 私は放心していた。

 社長が見せてくれている映像が、酷いB級映画のように思えてならない。

 まだ脳が現実と認識することを拒否している。


「それにしても、ダーティーボムを使うとはね。その可能性はわたくし達裏の社会では噂されてたけど。ついにテロの発生を許してしまうことになったわね」

「ああ。この国にはスパイ防止法が無いから、できることに限りがある。それに闇バイトという手段を使い、日本国民を使ってテロ活動に繋がる工作をすることが増えた。そうなれば、対処しきれるほどの許容量をあっという間に超えてしまう」

「って、ゴメン! 美琴ちゃん全然話についていけてなかったでしょ?」

「……うん。できれば一つずつ説明して頂けると助かる」


 さすが真里お嬢様。

 彼……彼女が居ると話が進みやすい。


「まず、ダーティーボムって何? 汚い爆弾?」


 「そうね。その名の通り『汚い爆弾』よ。その『汚い』という部分がポイントで、『放射能に汚染されている』という意味よ」


 私は血の気が引いた。


「それって……原爆? ニュースで見たことあるけど、小型核とか戦術核というやつ?」

「いいえ。ウラン等の放射性物質を含んだ爆弾のことよ。放射性物質はまき散らすだけで相当な被害を生み出せる。だから簡単な話よ。放射性物質を爆弾でまき散らせてしまえば良い」


 放射性部物質をまき散らせばいいって……狂ってる。


「……待って。もしかして、私達がいたライブ会場にも『ダーティボム』があったということ!?」

「ああ。鈴谷さんから連絡があったが、豊洲で起きた事件と関連している。俺達が防がなかったら、この映像と同じ悲劇が起こっていただろう」

「……そう」


 ――もし、私達が失敗していたら。


 そう考えると、恐怖で身体が震えた。

 あれだけ平沢さんが私のことを必死に止めようとした理由を理解した。

 一歩間違えれば、私は今ここに居ないかもしれない。


「さて、事件を整理しようか。長谷川くんも大変かもしれないが、落ち着いて聞いてくれ」

「はい……社長」


 私は拳をぎゅっと握りしめながら、社長の話を受け止めた。


「今、日本は諸外国から狙われている。スパイ防止法も無いし、移民も沢山受け入れている。テロを企んだり、日本の国力を低下させようと狙う勢力が沢山国内に居る。そこで長谷川くん、問題だ。国内にスパイは何人いると思う?」

「スパイですか? ええと……300人くらいですかね?」

「その100倍は居るだろうね」

「……え?」


 まるでバッドで頭を殴られたかのような衝撃が走った。


「映画で出てくるようなスパイはごく少数だ。情報集めを行う地味な仕事をする者も居れば、ナンパのような手口で近づき、直接ターゲットから情報を入手するような者も居る。研究室に居る留学生や外国人労働者がスパイに情報を渡すこともある」

「……そんなこと全然知らなかったです」

「そうだろうね。テレビや新聞からだけでは、日本や世界がどうなっているのか十分に知ることができなくなっている時代かもしれない」


 日本国内に数万人……人混みの中ですれ違う人中に、スパイやテロリストが混じっているかもしれないということ?


 そういえばライブ会場でも怪しい人を数人発見した。私自身がこの目で見ていたんだよな……。私が盲目的に信じていた「平和な日常」が音を立てて崩れていった。


「日本国内に数万人の人達が日本を狙っている。そして、今回のテロは闇バイトを利用されたということなんですね」

「まとめてくれてありがとう」


 自分で言葉にしてみて、とても悍ましいと思った。


「でも、これまで闇バイトって個人を狙った犯罪でしたよね? たしかトクリュー……匿名流動型犯罪グループでしたっけ? そういった人達が金品を狙って強盗したり、殺人を犯したり」

「はじめはそうだった。だが、現地の日本人を思い通りに動かせるかもしれないとテロリストは気づいてしまった。爆弾を所定の場所へ持っていくだけなら『ただ運ぶだけで高収入』と銘打てば良いからね。ダーティーボム自体は中東地域から近隣諸国ルートを通って日本国内に入れることができる」


 社長の説明が恐ろしくて仕方が無い。だけど知らないうちに日本がこんなことになってしまったからこそ、民間のスパイ組織という存在が必要なんだと理解した。


「そして、この闇バイトを活用して執拗に日本を狙うテロ組織が存在する。我々は、その者達の情報を集めているんだ」


 平沢さんがタブレットに写真を表示させ、私に見せてきた。

 その内容は、コンクリートの壁に赤いペンキで書かれた奇妙な文字列だった。


「4KN4S」


 全く意味が分からない文字列。

 アルファベットと数字の羅列でしかない。


「テロが発生した場所に、こういう謎の文字列が記されているんだ。この文字列を使用している犯罪グループは同一と見ている」

「そう。そして今回の同時多発テロ。この映像を見てくれ」


 社長が映す映像を見た。

 すると、ライブ会場の壁に「4KN4S」と赤いペンキで書かれているのを発見した。


「この正体不明の犯罪グループ。名前も無いから、我々は暫定的に『アンノウン』と呼んでいる。今、我々の最も重要な任務は『アンノウン』の正体に繋がる手がかりを見つけることなんだ」

「なるほど……わかりました」


 平沢さんの言葉によって自分が活かせる場所が見つかるかもしれないと思った。

 そしてその場所は、とても危険で、とても重要で、とてもこれまでの自分とはかけ離れた世界であった。


 ――だけど、こんな場所でも自分が役に立つのであれば。


 私は昔から自分に自信を持てなかったが、自分にできることは全力を出してきた。

 だから、もし平沢さんが私の全力を信じてくれるなら、やってみたいと思った。


「それで……私は何をすれば良いですか?」

「ほう。いい目になったね」


 社長が満足そうに笑みを浮かべた。

 しかし、次に出た言葉は予想外の内容であった。


「長谷川くん。君と平沢くんの二人で『海外旅行』をしてくれ」

「はい! ……え?」

「はい。これが二人の偽造パスポートと旅券」

「え、はい」


真里お嬢様に渡されたパスポートを開き、平沢さんのパスポートの内容も見た。


「え? 私と平沢さんが夫婦!? なんで!」

「身分を偽るのは基本だろ」

「え! でも……ええ!?」

「……不満なのか?」


 むっとした顔を向けてくる平沢さん。

 普段の枯れた中年姿なら全然ドキドキしないが、美少年顔で見つめられるとマズい。

 ひた隠しにしてきた私のショタコンスイッチが入ってしまう。


「と、とにかく私と平沢さんで海外出張に行くということですね! でも、暫く事務所に出社することできなくなるけど大丈夫ですか?」

「君達がいる営業課はダミーで作った課だ。何も売上、営業利益出してないから存在しなくても変わらない」

「……そうですか」


 少し釈然としない気持ちも抱えながら、平沢さんと二人の海外任務が決まってしまった。



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