「名前は?」
「……」
「何か喋れ!」
「……」
――さて、どうしたものか。
現在パレット・プログラムのプロデューサーに詰められている。
目の前の女性はウェーブがかった長髪黒髪高身長。モデルスタイルで切れ長の目をした美人顔。そんな顔立ちの人が鬼の形相をしているから超怖い!
「何か喋れっつってんだろ!」
「あ、はい。ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃねえ。私の質問に答えろっつてんだよ!」
怖すぎでしょ。
マジで早く来てよ平沢さん。
私の代わりにうまく説明してこの場を収めて。
……いや、あの人にうまい説明を求めることはできないな。
「なぜあんなことをした!」
「海よりも深い事情があったのです」
「ふざけるな!」
説明できないよ!
私はスパイでテロリストから皆を守りました、といえば信じてくれる?
いや、私はスパイだから自分の身分を説明することはできない。
とりあえず適当に会話を続けて時間を稼ぐしかない!
「あ、ライブ終わったみたいですね。すごい拍手。大成功ですね」
「お前がそのライブを台無しにする所だったんだぞ!」
「でも、ティアはこの事件をきっかけに有名になれるでしょ?」
「は? お前何を言って――」
「うちのティアはね、じきにこのグループでもセンターになりますよ! だから見ててください!」
とりあえず相手の勢いに負けないくらいの威勢を出してみる。
しかし、物事はそうそう上手くいかないもの。
私の稚拙な作戦は一瞬で瓦解した。
「だからといってあんなことをして良い理由にはならない。業務妨害で警察に通報させてもらう」
「ちょ、ちょっと待ってください。本当に事情があるんです! 深い深い事情が!」
「話にならん。警察に後は任せることにする」
まずいまずいまずいって!!!!
どうしようどうしよう。
考えろ私! 頭を回せ……!!
何か……何か無いか?
……いや、無いわ。
詰んだわ。ははは。
――その時、救世主の声がした。
「リーダー! 私のために……リーダー!」
「ちょ……痛い痛い!」
ライブを終えたティアが私に向かって飛びついてきた。
私を抱きしめる力が強くてマジ痛い。
「あのー、今のリーダーは私なんだが。というか、あなたはミコトさん?」
「え? あ、はい。私のこと知っているんですか?」
パレット・プログラムのリーダーが歩み出て私の顔をまじまじと見つめてきた。
さすがの美貌。少し青みがかった黒髪長髪ストレートで超絶美少女。
ぱっちりした二重の大きい瞳に薄いピンク色の上品な唇。
身長も体型も私に似ているけれど、放つオーラが違う。アイドルとしての力の差を感じずにはいられない。まあ、今の私はアイドルでは無いんだが。
「ええ。あ、自己紹介がまだでしたね。私の名前はナナミ。パレット・プログラムのリーダーをやっております。よろしく」
「ご丁寧にどうも。長谷川美琴です。今はアイドルではないですがよろしく」
私はナナミさんとお互いに会釈した。
「む? ミコト……そういえば聞いたことがあるな。混沌とした地下アイドル業界の中で伝説的な存在が居ると。確か『ミッション・インポッシブル』と言われていたな」
「え? なんですかそれは!」
鬼のように怖いプロデューサーさんが私を見つめてきた。
眉間に寄せる皺が怖い。というか「ミッション・インポッシブル」って何よ。
「そうそう、『ミッション・インポッシブル』です! 私も地下アイドル時代があったからミコトさんのことは一方的に知っていたんですよ。アイドル業界で起こる問題を次々に解決していくスーパーウーマン! 喧嘩や軽犯罪を未然に防いだり、手に負えない女の子達を説得して言うことを聞かせたり。卓越した人間力の前では解決できない問題など無いと言われた……だからこその『ミッション・インポッシブル』!」
キラキラした目で私を見てくるナナミさん。
というか何その話。確かに発生する数々の問題に対処してきたけど、そんな大層な渾名で呼ばれているなんて知らなかったわ。
「アイドルとしての知名度は無いが、業界人の間では有名なんだよな」
「う……」
鬼プロデューサーが酷いことを言ってきたけど、反論することができない。
「それにしても、そんな『ミッション・インポッシブル』が何故こんなことをしたんだ? 何か理由があるのか?」
「う……それは……」
鬼プロデューサーの表情が和らぎ、素直にこちらの話を聞こうとしている。
……だけど、それはそれでマズい。
なんて説明すればいいんだ!
――パチパチパチパチ。
突然、拍手が聞こえた。
皆で音の発生源の方へ振り向くと、そこにはパンク系ファッションをした金髪ショートボブのイケメンがニヤニヤしながら座っていた。
「いやぁ、面白すぎでしょ君。めちゃくちゃ笑わせてもらったよ」
「あの、誰ですか? どうやってこの楽屋に入ったんですか?」
イケメン顔で男性かと思ったが、カッコイイ女性のハスキー声であった。
猫のような可愛さと鋭さが入り混じった瞳。目力が凄い。
「ん? ああ、ボクのこと? ボクは鈴谷昴(すずやすばる)。警察だよ」
自分を警察と名乗った昴さんは警察手帳を広げて見せてきた。
恰好と喋り方から全く警察官っぽくない。見せてくる警察手帳は偽物なんじゃないかと、この部屋に居る者全員思っただろう。皆固まり、口を閉ざしている。
「実は、そこの美琴ちゃんには警察に協力してもらってたんだよ。ほら、そこの男の人が美琴ちゃんの上司」
昴さんが指さした先には平沢さんが居た。ちょうど楽屋に入ってくる所だった。
ちょっとむかついたから色々言ってやる!
「あ、平沢さん。ていうかもっと早く来てよ! 大変だったんだから!」
「……君こそ無茶しすぎだ」
「無茶したのはそうだけど、あの状況じゃ仕方無いでしょ!」
「……君の無茶のお蔭で多くの命が救われたことは確かだ」
「ほらね! ほら、褒めてよ」
「む……。今後も頑張ってくれ」
「ちゃんと褒めて」
「く……よくやった」
「はははは! 何? 平沢ちゃん新人の子にたじたじじゃないか! はははは!」
私と平沢さんのやり取りを見てお腹を抱えて笑う昴さん。
そして何が起こっているのか分からず固まるパレット・プログラムの皆さん。
「……もういいか? 鈴谷、あとは任せた」
疲れたように頭を掻く平沢さん。ざまあみろ!
「うんにゃ。上手いことやっておくから帰ってゆっくり休みな」
「行くぞ、美琴」
「うん」
困惑するパレット・プログラムの皆を楽屋に残し、私と平沢さんはライブ会場を後にした。
「さっきの昴さんって……もしかして公安警察の人?」
「ああ、そうだ。俺達の協力者だ。プライベートインテリジェンス会社は公安警察に情報を提供する組織。だから、俺達は情報収集が役割なんだ。犯人を取り押さる等の戦闘は彼女達公安警察が行う」
「なるほどね」
「だから――」
突然、平沢さんに両肩を掴まれ、まっすぐ真剣な眼差しで見つめられた。
「無茶しないでこちらの言うことを聞いてくれ。心配したんだ」
「……ごめん」
平沢さんの眼差しと言葉に少しドキドキしてしまった。
ほんと何なの……!
鼓動が速くなった心臓を静めるためにも、自分の胸に手を当てた。
「分かればいい。さて、この後は拠点に戻って今後のことを話す予定だ」
「了解。拠点に戻る……ね。……拠点?」
私は血の気が引いた。
「もしかして拠点って……社長とテレビ通話したあの部屋?」
「そうだ」
「寝るのもあの部屋?」
「そうだ」
私達はまたラブホテルで一夜を過ごすことが確定した。