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第四話「アイドルライブテロ事件」

『応援してます!』

『頑張ってください!』


 私が地下アイドルをしていた頃、ファンの皆の言葉が私に元気をくれた。


 他のメンバーと比べて私に向かう言葉はちょっぴり少なかったけど、言葉一つ一つが大きくて、何もない私を何者かにしてくれた。



 ――だから元アイドルとして、ファンとの大事な場所を脅かす者は許さない!



「今からテロリストを見つけるから、平沢さん何とかして!」


「待つんだ。我々の役目は情報収集だ。最低限今集めた情報だけ持って帰れば良い。すぐに警察に通報するから戻るんだ!」



 どんどん腐敗臭が強くなっていく。


 胸騒ぎもする。心臓の鼓動も速い。身体が脅威に備えて血液を全身に送ろうとしているのがわかる。



「それじゃ間に合わないでしょ? 危機が迫っていることが分かっているのに……この会場にいる人たちを見捨てることなんてできない!」



 平沢さんと口論しながら会場を見渡し、臭いの出どころを探る。



 ――私はファンの顔を見続けてきた。


 彼等、彼女達の推しを見る眼差しは真摯で、必死で、とても熱い。


 そんな愛に溢れた想いが集う場所の中で「異物」を見つけることなど、私には容易い!



「俺達は戦闘専門の組織ではない。準備も無い。それに君は素人なんだ。ここは冷静になって、プロに任せるべきだ」


「会場前方エリア中央。白い帽子にグレーのパーカーの長身の男」


「……」



 私の言葉に沈黙する平沢さん。


 インカム越しに大きなため息が聞こえた。



「その男がテロリストであるという証拠は?」


「無いわ。だけど、このメガネで送った男の顔写真見てるでしょ? テロリストかどうか調べて。テロリスト情報のデータベースで照合するか知り合いの公安警察にでも連絡して調べて」


「……」



 再び黙る平沢さん。


 スパイだから特殊な情報ネットワークを持っているだろう。何とかあの怪しい男に関する情報を集めてよね。


 しばしの沈黙の後に回答が返ってきた。



「確認の結果、海外でテロリストとして指名手配されていることが分かった。この情報は警察に連絡したからすぐに戻るんだ」


「それは難しいわ。絶対間に合わない!」



 ライブが終演間近。


 パレット・プログラムのセットリストで最後の曲が始まろうとしており、メンバーが一人ずつファンに向かってお礼の挨拶をしている。


 この会場で一番大きい隙が生まれるとしたら、最期の曲が始まった瞬間になるだろう。


 その時、テロリストは事を起こすかもしれない。



「私が隙を作るから、その後は何とかして。できる?」


「……わかった」


「ありがとう」



 平沢さんが暗い声色で返事をした。


 でも、私の我儘を受け止めてくれたから感謝の言葉を言っておく。



 ――しかし、どうしたものか。


 隙を作ると言ったけど、何かアイデアがあるわけではない。


 周囲を観察してみる。……何か利用できるものは無いか?



 会場の皆を混乱させて集中力を分散させるか、ライブをいったん中止にできれば男を制圧するための時間稼ぎができるかもしれない。



 何か無いか……?


 いっそのことステージに乱入して暴れてみるか……?



「皆さん、今日は来てくれてありがとう! 今日は私が初めてパレット・プログラムのメンバーになったお披露目ライブ! これからも二条ティアをよろしくお願いします!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 ――二条ティア?


 私はその声、名前を聞いた途端ステージへ走った。



「それでは、最後の曲――」


「ちょっと待ったあああああ!」



 私はステージに上がり、近くにいたパレット・プラグラムメンバーの一人からマイクを奪った。


 そして、二条ティアに向かって指さし、叫んだ。



「ティア! なんだその姿は! 全然目立って無かったわよ!」



 会場に沈黙が訪れた。


 皆唖然として固まっている。まるで時が止まったかのように。



「平沢さん。お願い」


「了解」



 小声でインカム越しに平沢さんにおねだりした。


 後は平沢さんが何とかしてくれるだろう。



「目立って無かったとはどういうことですか!」



 私を涙目になりながら見据えてくるアイドル。


 身長は私よし少し低いくらいで、ウェーブがかった茶髪のロングヘア。クリっとした大きい目で小動物のような可愛さを感じる。また豊かな胸部は同性の私でもすこしドキッとさせられる。



「ティア」



 私はかつての可愛いくて才能あふれる後輩に向き合った。



「私と一緒に活動していた時はもっと輝いていたわ! 不動のセンターで、誰よりもファンを虜にしていた!」



 二条ティアは私が地下アイドルをやっていた時のメンバーで、私をよく慕ってくれた後輩だった。一時期一緒の部屋で暮らしたこともある。



 私は人気があまり出なかったものの一番しっかりしていたためリーダーをやっていた。アイドルとして私のほうが圧倒的に力が劣っているのに、彼女は私のことを「リーダー! リーダー!」と言って頼ってくれた。本当に、自慢の可愛い後輩である。



 事務所の経営が破綻しアイドルグループが解散になった後、彼女とは道を違えた。だけど流石、私達のセンター。有力アイドルのパレット・プログラムのメンバーになっていたとは。



 ――だからこそ、私は悔しい!


 他のメンバーに気後れして縮こまっている姿なんて見たくない!


 会場内の警備をしていたとはいえ、私はティアがステージに立っているなんて全く気が付かなかった。本来の彼女の実力を出していたら絶対に私は気づいていただろう。



「パレット・プログラムのメンバーは凄いかもしれないけど、ティアは全然負けてない! 堂々と自分のパフォーマンスをしなさい!」


「……リーダぁ」



 ティアが泣きだした。



 会場中にどよめきが広がる。


 そして私の下に何人ものスタッフが駆け寄ってきた。



「君! 何やっているんだ!」


「ちょ、痛い! 離して!」



 私は何人ものスタッフに羽交い絞めにされ、舞台袖に引きずられた。


 抵抗するフリをしながらテロリストの男の方向を見ると、頭上にドローンが飛んでいた。



 次の瞬間、ドローンからテーザーガンが放たれ、男は気絶してその場に倒れた。

 男の下に走る平沢さんの姿も見えた。



「良かった」


「何が良かっただ。ああん?」


「あ」



 スタッフに引きずられた先には、鬼の形相をしたパレット・プログラムのプロデューサーらしき女性が立っていた。



 ――バチン!


 思いっきり平手打ちを喰らった。


 脳が揺れるほど強烈で、思わず少しよろめいてしまった。



「話は楽屋でたっぷりと聞かせてもらおう」



 私は首根っこを掴まれながら連行された。

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