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第七話 不吉な影

 鬼島と戦った日から三日後。

 いのりは、五時四十五分に目覚まし時計で起きる。まだ、ビルの外は暗いが六時には食堂で朝のビュッフェが始まる。それに合わせて起きたのだ。

 体中の彼方此方が、まだ微妙に痛いところはあるが、行動を阻害する痛みはなくなっていた。


 これなら、軽い戦闘ならできる。


 いのりは、確信した。しかし、アイラが認めないと今日もクエストの受注も、下水道への魔獣退治にも行けない。


 アイラの検診の前に、しっかり食べて回復させておこう。


 いのりは、食堂のビュッフェでしっかり食べると心に決めた。


 腹いっぱいに食べた後、しばらく食堂でくつろいでいたが、食堂が混み始めたので、食堂を出ることにする。

 昨日、冒険者ギルドビルの外にいのりが出かけたことは、アイラにとって想定外だったらしく、ウインドウショッピングから帰ってきたいのりを見て驚いていた。いのりはすごい剣幕で怒られる。その際、明日、つまり昨日にとっての明日である今日は、九時になったら、保健室に来るように言われていた。

 しかしながら、まだ七時半、九時にはまだ時間が大分ある。仕方ないので一旦自分の部屋にもどることにした。


 誰もいない自分の部屋に戻るとベッドに座る。特にやることもないので眠くなってきて、寝てしまう。

 いのりは、目覚めて居眠りをしてしまったことに気付いた時は、すでに九時十五分になっていた。慌てて保健室へと急ぐ。


 いのりは、保健室へ入って行くとデスクにアイラは座っていた。

 多くの棚や作業台には薬品や医療器具や機材がいっぱいあり、保健室と言うには、設備が整い過ぎている。さしづめ、個人病院並みの機能が備わっていた。

 いざって言う時の避難所に使われるため、冒険者ギルドには必要な機能である。

「あら、いらっしゃい」

 アイラは、いのりが来たのに気付いていった。

「遅れてしまった。すまない」

 いのりが言った。

「いまは、忙しくないから別に良いわよ。とりあえず、包帯をとりかえるから、こっちに来て」

 アイラは、カーテンで仕切られている場所にいのりを案内する。

 いのりの包帯を取り換えるには裸になる必要がある。その為、別の患者がやって来ると裸を見られてしまう可能性があるので、カーテンで仕切られている場所で包帯を交換するのだ。

「もう、あまり痛まない。包帯を取り換える必要も多分ない」

「あなたの体の回復力が普通じゃないのは、昨日見て分かったけど、過信はダメ。判断は診てからします」

 アイラは、ハッキリ言う。

 いのりが、創具の術を解除し、一瞬で包帯に巻かれた裸になる。

「便利な魔法ね」

 アイラは、苦笑いすると、包帯を外し始める。あっという間に包帯を全部外し、傷口に貼っていたカーゼ等も取り外す。どの傷ももう大分治りかけており、絆創膏を貼ったり、ガーゼをテープで止める程度の処置で良いモノになっていた。

 アイラはテキパキと処置していく。

「確かにこのぐらい回復したら、戦闘のないクエストぐらいならやっても良いでしょう」

 アイラは回復力の凄さに感心しながら言った。

「わかった」

 いのりは、『戦闘のないクエストなんてあるのだろうか?』と思ったが、この場はそう答えた。

「今日無理しなければ、明日には全回復するでしょうね。普通じゃありえない回復力よ」

「ありがとう」

 いのりは、創具の術で下着を着ている状態で出すと、徐々に服が着ている状態で出す。最後は冒険者服を着ている状態で出す。

「まるで、ゲームキャラの着せ替えを見ているようね」

「ありがとう」

 そう言うと、カーテンで仕切られている場所から出る。

「絶対無理しちゃダメよ」


 体が動くようになった以上、いのりには怠けるという選択肢はなかった。

 とは言え、体にダメージが無かった状態でも、先日は左腕をキラーハクビシンに麻痺させられた。この前同様、下水道の魔獣が活性化したままなら、今日のコンデションで行くのは危険だろう。

 とりあえず、本日も先日同様下水道の魔獣が活性化しているか調べることにした。


 いのりは、一階ロビーに行く。クエストが貼り出されている掲示板の一角に、モンスター発生の情報等が貼り出されている掲示板がある。いのりはその掲示板の前まで行くと、下水道の魔獣の活性化に関する情報も貼り出してあった。

 見てみると、いのりが普段良く行く、東中央区大崎冒険者ギルドの近くの下水道入口付近は、魔獣が活性化して危険であると書いてあった。

 この前、体にダメージがない状態でも左腕をキラーハクビシンに麻痺させられたことを思います。今のコンディションでは危険だと判断する。

 念のため、受付に行くと鋼崎がいた。

「戦闘のないクエストは、ありますか?」

 鋼崎は、妙な質問に察する。

「残念だけど、今は戦闘のないクエストはないかな」

 鋼崎が、申し訳なさそうに言うので、いのりはガッカリする。

「ありがとう」

 そう言うと、いのりは、下水道の魔獣の活性化に関する情報をもう一度みる。すると、かつて良く行った元神殿の裏手にある下水道入口付近は魔獣が活性化していないことが分かった。

 元神殿の裏手の下水道入口付近は、グレイラットがほとんどで、たまにポイズンウイーゼルが現れるぐらいで報酬面では、残念なポイントだが、リハビリには丁度いいかもしれない。いままで倒してきたグレイラットのクズ魔石も大分溜まっている。今日も集めてまとめて売れば、数千円ぐらいにはなるだろうと判断した。




 いのりが元住んでいた孤児院は、スラムにあったので、いのりは臆することもなくさっさとスラムの区画に入って行く。

 スラムと言うところは、スラムの住人だから、中に入って大丈夫ということなまったくない。スラムの住人は、不測な事態に対処できるというだけの事である。

 そして今のいのりにも不足な事態が起きた。

 得体の知れない気配の奴につけられていた。いのりは、気付いていない振りをした。最初は、普通と変わらない速さで歩き、少しずつ少しずつスピードを上げていく。そして、いつの間にかスラムの中をスタスタ猛スピードで早歩きする。突然走ったりすると、気付いたことに気付かれ、走って追いかけてくることもあるからだ。

 徐々に速くしていくと、追跡者はいつの間にか見失うこともある。しかし、今回の追跡者も手練れで隠れながらついて来る。

 今度は、いのりのような小柄な人間しか通れないようば場所を通ったりした。撒いたと思ったら、しばらくすると追跡してきた。

 いのりは、スラムに住んでいた時に、身を守るために自然と習得した方法を駆使したが、それでも追跡者はついて来ていた。



 これでも撒けないとは、厄介だな。どうしよう。逆に打って出たらどうだろうか? どれだけの手練れか分からない。きっとかなり強そう。一人では勝てないかも。



 いのりは打つ手がなく、困っていた。そんなとき、さらに不測な事態に遭遇する。狭い路地にて、五対二でトラブルになっており、一触即発の状態だった。そして、いのりが見ているそばから戦闘が始まった。

 当然、二人組の方が一見不利そうに見えた。しかし、二人組の方は戦闘向きの装備をしているのに対し、五人組はスラムのどこにでもいるチンピラの服装で戦闘用の装備ではない。


 いのりは、二人組の方が、強いと直感的に悟った。そして、二人組の顔を見て驚く。二人組の一人はこの前、冒険者ギルドビルの訓練場で戦った金持ちのボンボンの稲田だった。しかし、もう一人は別人になっていた。

 前回一緒に居た付き人は、チョ・ミルヨンと言う名のノッポのホブゴブリンだった。そして、今の付き人は額に二本の角が生えているハーフオーガーのチョン・チチュウであった。いのりには、別人に変っている事しか分からなかったが。


 いのりは、この不測な事態を逆に利用することにした。

 この戦闘中の路地を無理やり通り抜ければ、追跡者は追跡できないだろう。

 いのりは、戦闘中の狭い路地へ突っ込んでいき、道路の端の方へ寄り、通りぬけようとする。すると、五人組の一人がブロックするように通せんぼする。いのりは慌ててストップする。

「この道通りたいんだけど。戦闘に巻き込むな」

 いのりは、声にドスを効かせて言った。ドスを効かせても、少女から少年のような声になるだけであったが、チンピラが慎重になる程度には効果があった。

「嘘吐け。仲間を呼ぶ気だろ」

 いのりをブロックしたチンピラが言った。

 いのりは、不愉快そうに「はぁ!」と言うと、続けて「あんたたち五人掛かりでもあっちの二人には勝てない。なんで助け何て呼ぶ必要がある」と言った。

「なかなか見所のあるガキじゃないか」

 稲田が言った。

 そして、稲田はいのりを見て驚く。

「お前はこの前のガギじゃないか! なんでこんなところに居る」

 稲田が驚き言った。

「それは、こっちのセリフ。金持ちがどうしてこんなところに居る」

 いのりが言った。

「どうでも良いが、お前は手を出すなよ」

 稲田は、好戦的な表情で言った。

「仲間じゃないのに、手助け何てするわけない」

 いのりは迷惑そうに言う。

「それでいい」

 稲田はそう言うとニヤリとする。

「お前、やっぱりあの二人と仲間なんだろ」

 チンピラの一人が短刀をいのりに向ける。

「何度違うと言ったら分かる。それに私はこの道を通り抜けたいだけだと言っているだろ」

 いのりははっきり言うが、チンピラは信じようとしない。

 チンピラは問答無用で短刀で斬り掛る。

 いのりは、大きくバックステップで避ける。仕方ないので、創具の術で防護盾を出し構える。

「私に関わっていると、お前の仲間がやられるぞ」

 いのりは、チンピラを焦らせるために言った。

「うるせえ。俺はお前を倒すのが役目だ」

 チンピラが、短刀を振り回しながら言った。

「お前ら全員、あっちの二人より弱い。そして、あの二人は私より弱い。なのに、お前一人で私を倒せるわけないだろ」

 いのりは、イラっとしながら言った。

 見かけだけなら、一番弱そうなのがいのりであることは事実である。

 チンピラは、短刀を滅茶苦茶に振回し、いのりへ攻撃するが、すべて防護盾で防ぐ。

「降りかかる火の粉は、払うからな」

 いのりは、仕方なく参戦することになった。

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