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第五話 種族チェック

 昨日、鬼島が帰った後、いのりは、冒険者ギルドの保健室に担架で運ばれた。

 そして、冒険者ギルドの保険医でヒーラーのアイラの手により、応急処置を受けた。

 アイラは、ケガが酷いので治癒魔法を使おうとしたが、受付嬢の鋼崎が「本人の承諾を受けてからの方が良いわ」と言うので止めた。

 アイラは、全治三ヶ月の重傷と診断した。もしかすると、三ヶ月経ってもいくつかの後遺症が残るかもと診断したのだが、Sランク冒険者の星野が、「急所は損傷していない。いずれ完全に回復する」と言ったので、とにかく大変な応急処置だけを行った。


 何か不具合が残っても、私のせいじゃないからね。残ったら、鋼崎さんと星野さんのせいだからね。


 アイラは、視診しながら思った。



 アイラが、点滴を交換しようとテキパキ作業をしていると、その気配でいのりは目を覚ます。

「ここはどこ?」

 いのりは、状況を飲み込めず、思わず聞いた。

「え!」

 アイラは驚き、いのりを見る。

「もう、意識を取り戻したの?」

 アイラは、わかり切ったことを聞いた。しかし、意識を取り戻すには早過ぎたのだ。

「ここは何処ですか?」

「ギルドのシングルルームよ。鋼崎さんが年間パスポートを使って手続きしてくれたのよ」

「払い戻しをしてお金に替えようと思っていたのに。でも、あと六年分はお金に替えないと」

 アイラは疑問に思い、ベッドの横にあるサイドテーブルの上に置いてある年間パスポートを見る。

「年間パスポートってこれの事よね? 非売品の為、換金できないと書いてあるわよ」

「そ、そんな……」

 今は、お金の心配をしている場合じゃないでしょと、アイラは思ったが口には出さなかった。

「体痛くない? 本来、まだ麻酔が効いているはずなんだけど」

「ケガをしたら痛いのが普通。ケガの回復が遅れるから麻酔は良い」

「麻酔をしないと、痛くて眠れないわよ」

「麻酔。無料じゃないし、回復遅れるからいらない」

 強情ないのりに、アイラは溜息を吐く。

「それじゃあ、点滴はどうする。一番安い、食事の代わりになるものを使っているけど、もっと栄養価の高いものや、薬も入っている点滴に替えることもできるわよ」

 アイラの言葉に、自分が、点滴を打たれている事に初めて気付く。

「点滴…… それは有り難い。でも、一番安いモノで良い。それ以外は不要。お金がもったいない」

 そう言うと、いのりは寝てしまう。

「自分の体より、そんなにお金が大事なのかしら。女の子なんだから、傷跡が体に残らないかとか、そっちの心配は無いのかしら?」

 アイラは呆れる。



 アイラはお昼休みになり、食堂へ行く。

 すると鋼崎が、食事をしていた。アイラは、食券を買い料理を受け取ると鋼崎の前の席は空いていたのでそこに座る。

「鋼崎さん。あの、神野いのりちゃんって、どうしてお金に執着しているの?」

 アイラは唐突に聞いたので、鋼崎は苦笑いを浮かべる。

「いのりちゃんには、いろいろ事情があるのよ」

「事情は、冒険者なら誰でもあるでしょうよ。私は神野いのりの事情を知りたいの」

 アイラは、鋼崎に圧をかける。鋼崎は誤魔化すのを諦める。

「人攫いに攫われた弟妹きょうだいを探す費用を貯めているのよ」

 鋼崎が突然ヘビーな事をサラッと言ったので、アイラは呆気に取られる。

「えっと。それはお金を貯める前に警察に通報するレベルじゃないのかしら」

 アイラの疑問は最もである。

「弟妹と言っても、スラムの潰れた孤児院の血のつながりのない弟妹で、オークやハーフオーク、ハーフゴブリンとかなのよ。恐らく不法移民の子供達ね」

 鋼崎は、真顔でサラッと言った。

 二人の間に沈黙が走る。



 いのりの住んでいる国は東京王国と言い、大京連合王国と言う連合王国に所属する王国の一つであった。

 東京王国は、先代王までは、非常に経済が発展して、豊かな国であったが、現国王、岸十口国王になったとたん、あっという間に凋落した。

 プライマリーバランス黒字化をしろと、岸十口王が言い出すと、国民経済は不景気になった。

 本来なら不景気になった時点で政府は、景気対策をしなければならないところである。しかし、岸十口王は「このままでは、この国は財政破綻する」と言い出し、消費税を十パーセントへ増税するという、本来やらなければならないことの真逆の事をしてしまう。

 すると、国民経済は、デフレ化し、あっと言う間に凋落していく。

 経済が凋落して行くと、若者は結婚しなくなり、正確には経済的な理由で結婚できなくなった。するとあっという間にこの国は少子化した。

 労働力不足になった政府は、安い賃金で働く労働者を求めて、外国人技能実習制度を作り、外国人を招き入れた。低賃金でこき使われるのが嫌で逃げ出す者も現れ、あっと言う間に不法滞在者が増えていく。そのウチ、その不法滞在している外国人を頼って不法入国する者まで現れ、あっという間に不法移民が増えていった。

 不法移民が、さらに治安悪化を招き、さらに景気回復を妨害する結果となる。悪循環であった。

 孤児院は、その不法移民の子供達を受入て、彼方此方の孤児院がパンクし、孤児院を増やす必要に迫られた。しかし、岸十口王は、孤児院の増設ではなく、逆に全国の孤児院を法人化し、国の管理下から外した。

 その為、孤児院は自主運営になり、費用は自分たちで調達しなければならなくなった。孤児院は、営利団体ではない。自分たちで運営費を集めるなんてできるはずもなく、国の管理下から外すことは、実質孤児院の廃止を意味した。

 岸十口王が、「どうせ使っているのは、不法移民の子供たちだろ。国が費用を出す必要はあるまい」と言ったから、結果的に孤児院が廃止されていった。



「警察が不法移民に冷たいのは知っているでしょ」

 鋼崎は、沈黙を破って言った。

「お金のことは、立ち入らない事にするわ。でも、栄養を取るために点滴以外の治療を全部拒否しているのは、どうにかならないかしら。麻酔まで拒否したんだけど」

 アイラは心底困った風に言った。

「そっか。アイラは、いのりちゃんの特異体質を知らないんだっけ」

 鋼崎がトーン大きめに言った。

「どういう特異体質なのか知らないけど、エルフの体は、それほど丈夫には出来てないわよ。特に子供のエルフは」

 アイラはジト目で言った。

「正直言うと、私も詳しくはないんだけど、いのりちゃんは普通のエルフじゃないのよ。エターナルライフエルフと言う種類で、ハイエルフの亜種らしいの」

「はぁ」

 アイラは、信じられない与太話のような話に戸惑う。

「だから、私も詳しくはわからないと言っているでしょ。」



 エルフの原種はハイエルフであると言われている。ハイエルフはエルフより、身体能力から知能、魔法能力まで優れており、さらに非常に長寿である。その代わり、子供をあまり産まないため、ハイエルフの人口はほとんど増えない。そのハイエルフの亜種と言うことはレア中のレアということであり、この世に存在するとは、とても考えられない。

 ハイエルフは実在しているが、町中でばったり偶然であったりするような存在ではなかったからだ。



「神野いのりちゃんが、レアなエルフだと言うのは、この際、どうでも良いわ。特異体質とは、どういう体質なのかしら?」

 アイラは、頭を抱えながら聞いた。

「エターナルライフエルフと言う種族には、自己調整能力があって、その能力のなかに超回復能力が含まれているの。つまり、大ケガしても常人よりもかなり早いスピードで回復するらしいわ」

 アイラはさらに頭を抱える。

「言っている意味が全然分からないけど、普通の人よりケガの回復が早いってことで良いのかしら」

「そう思ってくれて問題ないと思うわ。私も詳しいことは分からないと言うのが本当のところだし。今も調査中なんだけどね」

「そもそも、そんな怪しい話どこから出て来たのよ?」

 アイラはジト目で鋼崎を見る。

「ギルドに入会する際、種族チェックをするのを知っているわよね」



 種族チェックとは、種族チェックキットを利用したチェックである。種族チェックキットで、種族チェックを行うと、どのような種族の血が混ざっているのか、混ざりぐらいで個体を識別する事ができる。

 ただ、純血種が多い地域では個体識別にはあまり有効ではない。

 人間百パーセントとかエルフ百パーセントと言われても、百パーセントの者が多い地域では、個体が識別できないからだ。逆に複数の種族の混血が多い地域では、混血の具合がそれぞれなので、個体の識別に役に立つのだ。例えば、人間の父親とエルフの母親のハーフであっても、必ずしも人間五十パーセントエルフ五十パーセントになるとは限らず、人間六十パーセントエルフ四十パーセントとなる事もあり、同じ両親から生まれた兄弟でも微妙にブレが発生する。そのブレは一生変らないので個体識別に使える訳である。

 ちなみに今の東京王国は、比較的役に立つ地域と言える。

 その為、死ぬことが多く身元が分からなくなりやすい冒険者は、冒険者ギルドに会員登録する際、種族チェックすることになっている。



「当然知っているけど……」

 アイラは怪訝な顔をする。

「いのりちゃんを検査するとエターナルライフエルフ百パーセントとでたのよ」

「それって製造元に問い合わせたの?」

 アイラは、種族チェックキットの不良を疑った。

「調べてみたけど、製造元って良くわからないから、販売元に問い合わせたのよ。そしたら、製造元に問い合わせると答えたから、製造元ってどこなのか聞いてみたけど、企業秘密だって、教えてもらえなかったのよ」

「それで販売元から返事はあったの?」

 アイラが聞くと、鋼崎は憮然とする。

「いのりちゃんがエターナルライフエルフで間違いないと言う答えと、エターナルライフエルフの事を、私が文献で調べて元から分かっていたことを、ながながと説明されたあと、『非常に珍しい種族なので、死なないように見守ってあげてください』って、いけしゃあしゃあと言われて終わりだったわ」

「それで納得したの?」

「納得はしていないけど……正しいと思われる節はいくつかあるわ」

「例えばどんな?」

「一つは、非常にケガの回復が早い事。もう一つは、グレイラット熱病に耐性があるらしくて、私の知る限りグレイラット狩りを一人でしているのに、一度も掛った事がないこと。正確にはグレイラット熱病に掛っても、症状がでないで、すぐに治っているだけかもしれないけどね。グレイラット熱病に耐性があるから」

「グレイラット熱病は、ウィルス性の病気だから、一度掛ると誰でも免疫はできて、掛り難くなるとか、掛っても強毒化しなくなるとか、いろいろあるけど普通に耐性は付かないわよ」

「疑うんなら、種族チェック結果を確認してよ。個人情報だから他には絶対漏らさないようにね」

「私だって医者の免許持ってるから知ってるわよ」



 アイラは、医療行為で必要として、いのりの種族チェック結果を閲覧する許可をキルドマスターに取る。

 そして、確認し驚く。

 確かに鋼崎が言った通り、エターナルライフエルフと言う種族であり、 自己調整能力と言う能力があることがわかった。どうもエターナルライフエルフに備わった能力であり、いのり特有の能力と言う訳ではないようだった。とは言え、身近にいるエターナルライフエルフは、いのりしかいないので、いのり特有の能力と言っても間違いではないかもしれないが。また、グレイラット熱病、耐性大と書かれており、鋼崎が言っていたことは正しかった。

 他にも、あらゆるステータスが平均以上であり、非常に優秀な肉体の持ち主であることが分かる。



「何これ。ありえないでしょ」

 アイラは思わず口に出して言ってしまった。

 アイラが驚いたのは肉体限界年齢である。



 肉体限界年齢とは、天寿をまっとうできた場合、その肉体で生きられる年齢の事である。寿命とも言い換える事ができる。

 ちなみに人間は平均八十才、ドワーフは二百才、エルフは八百才と、種族ごとに異なる。

 いのりの肉体限界年齢は、八十七才だった。つまり、エルフと言うより、人間の肉体限界年齢に近かった。

「いったい、エターナルライフエルフってどんな種族なのよ」



「私は一体どんな看護計画を立てたらいいのよ」

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