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第四話 戦闘訓練

 いのりへの報酬である年間パスポートはテーブルの上に置かれているのを、いのりは確認する。

 審判の矢上が開始位置に着く様に言う。

 稲田は両手用の大剣を模した木刀を手に武器置場から取ると、開始位置から大分後ろ側に位置取る。体の大きさの差と武器のリーチの差を利用して、有利に戦おうという戦術である。その為、開始合図の出会いがしらにインファイトに持って行かれないようにするため、開始線から大分離れた場所を位置取ったのだ。

 いのりは、それを確認すると、片手剣の長剣を模した木刀を持っていたが、木の槍に持ち替える。そして、稲田同様、開始線より、大分後に位置取る。

 矢上は、二人の様子を見て、「開始」と言うのと同時に両手を振る。



 いのりは、一斉に稲田の方へ一直線でダッシュする。槍の石突に右手を起き、本調子ではない左手は槍の向きを調整するために添える程度に置いている。

 稲田は、いのりが距離を詰めるためだけに走っていると勘違いし、待ち構える。いのりが自分の間合いに入り、且つ、いのりの間合いに入る前に一撃を加える為に。

 しかし、いのりはあっという間に距離を詰め、稲田の間合いに入る前に槍がグイッと石突を押し込む。槍の先が稲田のみぞおち当たりに見事に命中する。いのりの突進の勢いと腕による押す力の相乗効果でかなりの打撃である。

「いた!」

 稲田は、痛みで声が出る。

「一本」

 矢上が言った。

「おい。今のが一本なのか!」

 チョが因縁をつける。

「今のは、突きを入れられた本人が痛いと言いました。十分一本です」

 チョは、小声で稲田に話しかける。

「どうして、痛いなんて言ったんですか。その服は木刀程度だったら、痛くないはずですよ」

「本当に痛かったんだから仕方ないだろ」



 稲田が着ている服は、 防刃と衝撃緩衝素材の服で、木刀で殴られた程度の衝撃は殆ど吸収してしまう高性能の服であった。その為、いのりの攻撃が効くとは思っていなかった。

 木刀で普通に殴った場合、木刀の側面に当たったり、切っ先が掠る様に当たる事が前提になっている。いのりの槍による突き攻撃の様にスピードと体重が乗った突き攻撃までは想定されていなかったのだ。

 いのりの攻撃は物理的に理にかなった攻撃であった。力が作用する方向に突進のスピードに乗せて、腕でも突いている。その上、面や線ではなく、一点で攻撃している為、一点に威力が集中していたのだ。



 チョは、次の戦術を稲田に小声で教える。

 稲田は、武器置場に置いてあるヘルメットを被って登場し、開始線の直ぐ近くに立つ。

 先ほどいのりがやった突進攻撃の威力を削ぐ為である。

 いのりは、それを見て、槍を武器置場に戻し、大盾とロングソードを模した木刀に持ち替える。そして左の腰にショートソードを模した木刀を差す。そして、大盾は左前腕部にベルトで固定する。大盾は、防護盾よりは小さいが大きな盾である。

 まだ、麻痺は残っているが、前腕部にベルトで固定したので、なんとかなるだろうと、いのりは判断した。

 いのりは、木刀用の鞘を背中に背負い、ロングソードの木刀を背中の鞘に入れる。そして、開始線の近くに立つ。

 稲田とチョは、ほくそ笑む。自分たちの有利を疑っていなかったからだ。

 体格差と武器のリーチ差で、自分たちが圧倒的に有利であり、仮に近距離に潜り込まれても、攻撃が当たりやすい胴体は冒険者服で防いでいるし、ダメージが通りやすい頭はヘルメットで防御している。正に隙が無いと思っていた。

 矢上は、二人の様子を見て、「開始」と言うのと同時に両手を振る。

 いのりは、右手は背中の木刀の柄に添えており、左腕の盾を前面に構えている。

 稲田は、いのりが自分の間合いに入って来るのを待ち構えていた。

 いのりは呼吸を整えると、盾を構えながら、背中の木刀の添えられていた右手は左の腰に差したショートソードの木刀の柄に手を添えて、今にも抜く体勢を取り、稲田が喜びそうな間合いにワザと入る。

 稲田はいのりの頭目掛けて木刀を振り下ろす。いのりは盾で受けつつ腰に差している木刀を抜き、柄の先を稲田が木刀を握っている手の甲に思い切り叩きつけた。

 稲田の冒険者服は、下手な皮鎧よりも防御効果のある性能が良い服だ。しかし、ヨロイではないので、手の甲までは守っていない。

「いてぇ!」

 稲田は木刀を落としてしまう。

「一本」

 矢上が言った。見物している人達が、感嘆の声を漏らす。

「おい。今のが一本なのか!」

 チョが因縁をつける。

「痛みで武器を落としました。実践なら確実に死にます。十分一本です」

 痛がる稲田をみて、チョは、歯ぎしりをする。



 受付嬢の鋼崎とSクラス冒険者の星野も一緒に見ていた。

 星野は、見かけは二十代後半の人間の男に見え、黒髪の黄色人種のイケメンである。服装は通常のポロシャツにパンツを履いていて、冒険者らしくない服装だが、腰には剣を差している。

「あのお嬢ちゃん。なかなかやるね。体調不良とは思えないな」

 星野は、いのりの左腕が痺れていることに気付いていた。

「え。体調不良なの。それなのにこんな決闘みたいなことやっているの」

 鋼崎は驚いて聞く。

「格下だから、勝てると思ったんだろ。実際役者が違う」

「あとで注意しておかなきゃ」



 チョは、次の戦術を稲田に小声で教える。

 稲田は、武器置場にある籠手を付け、脛を守る脛宛て、足の甲を守る安全靴をつけて登場し、開始線の直ぐ近くに立つ。

 いのりは、武器の持ち替えをせずに、左手の様子を少し見る。盾を固定している前腕部のベルトを外し、盾を手で持つ。開始線の近くに立つ。

 稲田とチョは、ほくそ笑む。自分たちの有利を疑っていなかったからだ。

 冒険者服が守っていない、手の甲や脛、足の甲を防具で守ったからである。

 矢上は、二人の様子を見て、「開始」と言うのと同時に両手を振る。

 稲田は、いのりの様子を見る。いのりは、両手で盾を持って構え、呼吸を整えタイミングを見計らっている。稲田が、ゆっくり距離を詰めてくる。稲田の間合いに入ると、渾身の力を込めていのりへ木刀を振り下ろす。

 いのりはそれを盾で左に受け流し、盾の腕に固定するためのベルトが木刀に絡むように細工をしながら盾を手放す。そして右手で左の腰に差しているショートソードの木刀を抜く。稲田は、慌てて木刀を戻そうとすると、盾のベルトが絡まり思った通りに戻せないが、辛うじて間に合うかと思った瞬間。いのりのショートソードは、顔面目掛けて飛んでいく。いのりはショートソードの木刀を投げたのだ。稲田は上体を仰け反らし、辛うじて投げられたショートソードを、バランスを崩しながらも弾く。

 いのりは、背中に背負っているロングソードの木刀で、稲田の木刀を狙って一撃を加える。稲田は堪らず、木刀を落とす。

 いのりは、右足に創具の術ですねあてを着けて稲田の股間を思い切り蹴り上げた。

 稲田は、声も上げられず、その場に崩れ倒れた。

「い、一本」

 矢上が言った。見物している人達が、絶句する。

「おい。今のが一本なのか! ふざけるな反則だろ。盾を投げたり、剣を投げたりなんてありか。挙句の果て金的なんてよ」

 チョは抗議する。

「盾や剣を投げるのは、感心しませんが、ルール違反ではありません。また、金的もルール違反ではありません。そもそも、訓練を継続できない」

 矢上は、気絶した稲田を見て言った。

「蹴られたくなかったらどうして、籠手やすねあての様に、金玉も守らなかったんだよ」

 いのりは、冷たく言い放つ。

 チョは、テーブルの上に置かれている報酬の年間パスポートを地面に叩き落とすと、年間パスポートを踏んづける。

「俺は納得しない。報酬が欲しければ、俺から奪ってみろ」

 いのりは溜息を吐く。

「それはもう私のモノだ。現在、奪っているのはあなたの方だ」

 いのりは、創具の術でウォーハンマーを作ると、年間パスポートを踏みつけている足の甲を思い切り叩きつける。チョは、痛みのあまり、よろける。いのりは、チョの股間も蹴り上げて倒す。

 いのりは、年間パスポートを拾うと、七枚あることを確認する。

 チョに対する金的はすこし浅かったらしく、よろけているが立ち上がる。

「ふざけんなよ。舐めんじゃねえぞ」

 チョは真剣に手を掛ける。

「それを抜いたら、こっちも手加減しないよ」

 八歳の少女が言ったとは思えない迫力があったが、チョは構わず剣を抜き、斬りかかる。

 いのりは、創具の術でショートソードを作ると、ショートソードを投げるモーションに入る。

 チョは、いのりが稲田の股間を蹴る際にすねあてを出しことに気付いており、創具の術だと見破っていた。ショートソードを投げても消えると思っていたが、ショートソードは消えず、チョの顔面の近く飛んでいく。チョは慌てて剣でショートソードを弾く。弾いたショートソードの柄には、紐が付いており、その先はいのりが持っていた。

 紐で繋がっていたから、ショートソードは消えなかったのだ。

 チョが仕掛けに気付いた時には、遅かった。いのりの一太刀がチョの剣を持った手首を斬り落とす。

 チョは、悲鳴を上げ、蹲る。

「早く手を持って病院に行くなり、ヒーラーに治してもらうなりしなさい。そうすれば繋がるはずよ」

 いのりは、至って冷静に言った。



 いのりは、突然、殺気を感じ、咄嗟に防護盾を作る。気が付くと燕尾服を着た鬼、稲田家の執事の鬼島が、持っているナイフで攻撃を仕掛けてきた。

 いのりは、なんとか初撃を防護盾で受けたが、鬼島は激しく連続攻撃してくる。盾のお陰で防げていると思ったら、鬼島のナイフは、グニャっと曲がると、盾を迂回していのりに刺さる。

 いのりは慌てて、ナイフの軌跡を読み取り、急所に当たりそうになると創具の術で鉄板を作り、ナイフが刺さるのを防ぐ。しかし、鬼島の連続攻撃は激しく、全部は受けきれなかった。

 いのりはあっという間に彼方此方切り裂かれた。

 そして、鬼島が止めの一撃をいのりへ入れようとした瞬間、鬼島の右腕を切り裂いたナイフが地面に刺さる。

「その辺で止めて置いてくれないか。そうじゃないと、俺が相手になるぞ。アサシン野郎」

 ずっと成り行きを見守っていた星野が言った。ナイフを投げたのは星野だった。

「ウチの若いもんが、世話になったんで、少々感情的になってしまいました」

 鬼島は、慇懃にお辞儀する。

「私は、稲田家の執事、鬼島と申します。以後お見知りおきを。貴殿の名を伺ってもよろしいでしょうか?」

「俺は、大崎冒険者ギルド所属のSランク冒険者、星野だ」

 鬼島は、チョの元へ歩いて行くと、腕を止血すると、稲田の方へ歩いて行き、抱き抱える。

「チョ。お前は自力で歩けるな」

 チョは、斬り落とされた自分の手を拾うと、鬼島の元へ歩いて行く。

 鬼島は、軽く会釈をすると、チョを連れて帰って行く。



 鋼崎は、急いでいのりの元へ駆け寄る。

「これは酷いわ。誰かアイラを呼んできて」

 鋼崎が叫ぶ。アイラは冒険者ギルドの保健室のヒーラーだ。



 白衣を着た金髪美人のエルフ、アイラがやって来た。

「これは重傷ね。とりあえず、保健室で処置するから誰か担架を持ってきて」

 アイラが、近くの人に呼びかける。

「困ったなあ。今エルフの輸血用血液ないんだけど、どうしようかしら」

 アイラは独り言を言った。

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