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第三話 左手の麻痺

「驚かせて、すまない」

 下水道の入口で遭遇した冒険者パーティの一人が、発した言葉だ。

 二人は剣士、一人は弓兵、一人はヒーラー、一人は魔術師と言う構成の冒険者だった。

「いえ」

 いのりは、一言だけ言って、去ろうとする。

「あ、ちょっと。俺たち、下水道にいる魔獣活性化の調査に来たんだ。下水道の様子を教えてくれないか?」

 剣士の一人が聞いてきた。いのりには、人当たりの良さそうな感じがした。

「たしかに、今日はいつもより魔獣が多く出現したと思う。それにポイズンウイーゼルは、いつもは一体ずつしか出てこないのに、二体同時に出てきて、しかも連携して攻撃してきた。いつもは見たこともない魔獣も出てきた。ハクビシンみたいで、頭に角があって、麻痺毒を使ってくるモンスターだった」

 いのりは正直に教えてやる。

「それは、キラーハクビシンだな」

 剣士が言った。

「その腕は、キラーハクビシンにやられたのかい?」

 ヒーラーが聞いてきた。

 いのりが自分で、左腕の袖の先を切り取って、キラーハクビシンに噛まれた辺りを見えるようにしていた為、赤く腫れているのが、見えるようになっていた。それに、いのりが左手を庇っているので、ヒーラーが気付いたのだ。

「あなたたちのいうハクビシンみたいな魔獣がキラーハクビシンで合っていたらそうなる」

 冒険者パーティに軽い笑いが漏れる。

「なら、ニ、三時間もしたら、その麻痺も消えるよ。早く治したかったら、麻痺消しのポーションか、ヒーラーに治してもらうといい」

 ヒーラーが言った。

 いのりは、礼を言うと、金網のフェンスの近くまで行く。

「もう、魔獣が活性化しているってことで引き返していいじゃね?」

 いのりに話しかけてきた剣士とは別の剣士が言った。

「まだ、全然調査していないだろ。それに、どうやって報告書を書くんだよ。たまたま出会った冒険者に話を聞きましたで、報告書が通るわけないだろ」

「折角楽できると思ったのに」

 そんな会話をしながら、冒険者パーティは下水道へ入って行った。

 いのりは、聞き耳を立てて、冒険者パーティが下水道へ入って行ったのを確認する。すると、袖が切れた冒険者服を消滅させて、新しい冒険者服を着ている状態で作り出す。



 大通りに面してビル群が立ち並んでいる中の一つとして東中央区大崎冒険者ギルドビルは建っていた。周りのビルと比べても見劣りしないしっかりしたビルだ。

 入口の上に 『東中央区大崎冒険者ギルド』と書かれた看板が設置されている。

 大崎冒険者ギルドは、東京王国の王都、東京都東中央区の大崎町にあり、大通りの向かい側は東品区と言う別の地区になる。東品区側は、道路に面した辺りはちゃんとしたオフィスビルやマンションである。しかし、ちょっと奥側へ行くとスラム街であり、治安も良くない。

 道路を挟んで雰囲気が大分違う。


 朝の十時頃、大崎冒険者ギルドの前の大通りには車が走り、歩道には人が疎らだが歩いている。その歩道をいのりも歩いていた。

 下水道の入口で出会ったヒーラーから、二、三時間したら、自然に麻痺が消えると聞いていたが、本当に消えるかどうかは、まだ分からない。麻痺が広がり、動けなくなったら困るので、一応人通りがある道を選んで歩いていた。冒険者ギルドの入口まで到着でき、やっと安心する。

 いのりは、自動ドアを通って大崎冒険者ギルドの中へ入って行く。

 冒険者ギルドの一階はロビーになっており、壁は掲示板が張られており、ギルドへの依頼が書かれた紙が所せましと、張り出されている。そして、ロビーの奥に受付があった。

 掲示板を見て依頼を探している冒険者や、ベンチで休憩していたり、テーブルの席に座って仲間が来るのを待っていたり、新たな仲間を探している冒険者もいた。八時半の頃に比べると人は若干多いが、人の動きはのんびりしているように見える。

 いのりは、ロビーを突っ切り、受付へと向かう。すると、二人の男が受付嬢のところで揉めていた。受付は一つだけでなく、受付嬢も一人ではない。別の受付嬢に、小袋から魔石を出して見せる。

「換金してください」

 いのりが受付嬢の鋼崎に言った。

「今日も下水道に行ったのね。頑張っているわね」

 そう言うと、鋼崎は、魔石を鑑定し始める。

「お金を早く貯めたいので」

 いのりは、いつものセリフを言った。

「でも、無理しないでね。下水道には、結構強い魔獣が出ることもあるから」

 いのりは、肯く。

 鋼崎は、鑑定を終える。

「ポイズンウイーゼル四体に、キラーハクビシン一体と言ったところかな」

 鋼崎は、いのりが倒した魔獣を言い当てたので、いのりは肯く。

 いのりには、魔石から元の魔獣がどうして分かるのか、仕組みは分からない。しかし、ちゃんとした鑑定士が鑑定すると元の魔獣がわかる。



 ちなみに、いのりのいる世界には、魔獣とモンスターがいる。違いは、

 魔獣 死ぬと死体は消え、魔石になる。

 モンスター 死ぬと死体が残る。

 ことである。魔獣もモンスターもどちらも、一般人には脅威でしかない。



「金額は一万五千三百円になるけど。換金するなら、口座に振込んでおくけど」

 鋼崎が、確認すると、いのりは「お願いします」と答えた。

 いのりは、シャワーを浴びるために受付から去ろうとすると、別の受付で揉めていた二人の男の内の一人、ノッポのホブゴブリンで黒いスーツを着ている男、チョ・ミルヨンがやって来る。

「お前。魔獣を狩っているのか。それなら、そこそこ強いのだろう? ウチのわかと手合わせしろ」

 チョは、若がいる方を親指で指しながら言った。

 若は、稲田陽一と言う名で、貴族稲田家の六男で十四才。貴族の息子とは思えない程、粗野な顔つきで、赤髪の短髪、人間の黄色人種にしてはやや緑かかった肌、十四才にしては長身であり、ガッチリした体つきをしていた。服装は、防刃で打撃を若干だが吸収する構造の冒険者服を着ていた。かなり高級な服だ。

 いのりは、一目見ただけでそれらを見破る。

 この男には、ケガをしている、疲れている、等の話は通じないだろうと判断した。

「タダ働きは嫌」

 いのりは、それだけ言うと、そのまま立ち去ろうとする。

 チョは、慌てていのりの進もうとしている方へ回り込む。

「なら、若のいい練習相手になったら金を出そう」

 いのりは、ムッとする。

「後払いじゃダメ。前払いじゃないと引受けない。あと勝負の方法で金額を決める」

 チョは少し考える。

「シングルルームの年間パスポートをやる」

 いのりは、シングルルームの年間パスポートの価値を知らなかった。

「鋼崎さん。シングルルームの年間パスポートは、いくらするの?」

「冒険者が購入する場合、三十六万円です」

 鋼崎は即答した。

 いのりは、「払い戻しをしたら、いくらになるかしら。でも全額は無理だよね」と、考えた。

「現物支給で、その金額だとちょっと足りない」

 チョは、ワナワナしている。

「五年分、いや七年分やろう。そのかわり後払いだ」

 いのりは、腕組をする。

「お前たちは、事前に冒険者ギルドの職員に年間パスポートを渡しておく。十分戦ったと、冒険者ギルド職員が判断したら、私に渡し、不十分と判断したら、お前たちに返す。これで良ければ引受けよう」

 チョは、渋い顔をする。

「嫌なら他当たれ」

 いのりは、冷たくあしらう。とても八歳の少女とは思えない対応だ。



 この世界には、いのりの様に大人顔負けの子供達が結構な頻度で現れる。この世界には、異世界転生者が結構おり、前世の記憶を引き継いでいる為である。そして、いのりは、異世界転生者であった。

 異世界転生者の特徴としては、前世の知識を継承していること、そして、異能力を持っていることである。

 いのりは、前世の記憶もあり、異能力も持っていた。いのりの異能力は、創具の術である。



「わかった。それで良いだろう」

 チョが渋々答えた。しかし、チョは、心の中では、舌を出していた。チョが持っているシングルルームの年間パスポートは、購入した物ではなく、稲田家が冒険者ギルドへ資金援助している事により、返礼品として冒険者ギルドから無償でもらった物だから、そもそも懐は傷んでいない。

 チョは、陽一にそのことを耳打ちする。

「戦闘訓練する前に、シャワーを浴びてくる。待てないと言うのなら、他を当たれ」

 いのりは、言った。下水道で魔獣を退治していたのだ。嫌な臭いが染みついていたし、まだ左手が麻痺していからだ。


 いのりは、男性器なし用シャワールームの更衣室に来る。ロッカーの中に小袋を入れる。冒険者服のポケットの中に物が入っていない事を確認すると脱ぎ捨てると、冒険者服は消滅する。肩に貼り付けておいたガーゼを剥すと、傷はすでにかさぶたができ、辛うじて塞がっていた。他にも、応急処置をした箇所を全部確認すると、傷口はすべてかさぶたで塞がっていた。完全治癒とは言えないが、まずまずだ。

 ただ、肝心の左手だが、赤く腫れている箇所は小さくなり、左手は戦闘ができる状態ではないが、何とか動くようになってきた。

 いのりは、ロッカーのカギをかけると、下着を抜き捨てる。下着は消滅する。下着も創具の術で出したモノだったのだ。



 いのりは、十分汗と汚れをシャワーで洗い流すと、バスタオルを創具の術で作り出し、水滴をすべて拭き取る。そしてインナーを着ている状態で作り出す。

 シャワールームから更衣室に出ると、そのままドライヤーが置かれている鏡の前に行き、髪を乾かす。

 髪の毛が乾いた後、もう一度、手が動くか確認する。試しに防護盾を作り、持ってみる。

 防護盾は辛うじて持てたが、敵の攻撃を受けたら落としてしまうかも知れない。戦いには前腕部に固定する盾を使った方が良いかもしれないと考えた。


 いのりは訓練場へ行くと、稲田は他の冒険者と戦闘訓練をしていた。

 稲田はもうすでに勝負が付いていても、しつこく木刀で相手を殴っていた。冒険者ギルドの職員で訓練場の管理人、矢上もおり、審判をしていたので、若を止める。その他のギャラリーも、呆れて見ていた。

 いのりは、稲田の事を、「コイツはこういう奴なのね」と思った。

「若様と手合わせしろと言うことだったけど、どういうルールを想定していたの?」

 いのりは聞いた。

「若が満足するまで戦ってもらう」

 チョが言った。

「それはルールとは言わない。若様が私にコテンパンにされて、負け続けたら、ずっと満足しないだろう。それでは終わらない。私に勝利がないルールで報酬は私が勝利した場合に与えらえると言うルールは、破綻している。金持ちはやっぱり詐欺師の集団なのか?」

「俺は、貴族稲田家の男だぞ。それを詐欺師と呼ぶか!」

 さっきまで黙っていた稲田が言った。

「お待ちください。しかしながら、チョさんが指定したルールにはいのりちゃんが指摘したように欠陥があるのは事実です。ルールを決めましょう」

 矢上が言った。

 いのりも若も肯く。

「武器は、この訓練所に置かれているすべて使って良いことにし、相手に苦痛を与える一撃を入れたと判断出来たら、一本としたらどうだ」

 チョがほくそ笑みながら言った。

「木刀では、ほとんどダメージが通らない冒険者服を着ているのに、そう言うルールを指定するか?」

 いのりが呆れて言った。

「そのルールを認めませんか?」

 矢上がいのりに聞いた。

「別に良いわ」

 いのりがそう答えると、稲田とチョはニヤリとする。

「その代わり、素手や異能が使える場合、素手や異能による攻撃も有効とすること。戦闘訓練を継続できないと判断されたら、その時点で勝負ありとする」

 いのりが言った。

「あと、審判から提案ですが、三本先取勝負としましょう。つまり三本をどちらか一方が取るまでの勝負とする」

 矢上が言った。

「私は構わないけど」

 いのりは、即答する。

「こちらも構わないぞ」

 チョが言った。


 審判が開始位置につくように言うと、稲田は、両手用の長い木刀を武器置場から取ると、開始位置から大分後ろ側に位置取る。いのりは、片手剣用の長い木刀を持っていたが、木の槍に持ち替えると開始線より、後ろ側に位置取る。

 審判である矢上は、いのりと稲田の様子をみて、「開始」と同時に右手を振る。

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