小さなテントの中に、八歳の少女が一人寝ていた。その少女は、身長百三十五センチメートルで細身、服は、男の子が着ていそうな軽装な服を着て、髪の毛は金髪のショートカットで、エルフの特徴のある耳を持つ、美少女、神野いのりであった。
いのりは、眠りながら泣いていた。とても辛い夢を見たからだ。いのりは、辛さに耐えられず目を覚ます。
「ゆ、夢か……」
いのりは、手で涙を拭くと上体を起こす。
テントは大人三人がギリギリ寝ることができる広さはある。だから、いのり一人寝るには決して狭くないが、所詮は小さなテント、広いとは言えない。だが、孤独を感じるには十分広すぎた。
テントの外から物音が聞こえたので、もう朝方なのだろうと思い、テントの入口を開いて外を見る。
いのりのいるテントは、冒険者ギルトの施設、いわゆる馬小屋と呼ばれている場所にあった。
馬小屋と言っても本当に馬がいる訳ではない。
冒険者ギルドは、いざって言う時、百人ぐらいの人間を収容できる施設を確保する義務が、法律で定められている。その為、体育館みたいな所にテントが五十張り設置されいた。
しかしながら、いざっていう時以外は、無駄な施設になってしまう。それで、冒険者ギルドのメンバーに無料で寝泊まりする施設として貸し出されているのだ。
昔は、冒険者ギルドのメンバーに無料で使える宿泊施設は馬小屋だった。その名残で今のこの施設も馬小屋と呼んでいる。そもそも、現在は、馬を乗用にしていることは少なく、ほとんど自動車を使う。馬小屋には藁があるが、車庫には藁などないので、かつての馬小屋のように車庫を宿泊施設として貸し出す訳には行かないのだ。
テントの外に顔を出したいのりは、馬小屋に設置されている壁時計を見る。時計は五時十分を示していた。起きるには早かったが、そのまま起きることにした。
枕元に置いてあった小袋を手に取る。いのりの持ち物はこの小袋と小袋の中身だけだ。
テントを出ると、他のテントから物音と言うか、声が聞こえる。いのり以外にもオーガーのカップルが、馬小屋を利用していた。一晩中だか、朝からなのか、お盛んである。
いのりは、馬小屋から廊下へ出て、男性器なし用トイレへ行く。
ちなみに男性器なし用トイレとは、男性器を持っていない人用のトイレである。女性は使える。また、体は女だが心は男と言う人も利用できる。しかし、体は男だが心は女と言う人は利用出来ない。
LGBT 理解促進法と言う法律ができ、裁判で男性器を持っていても心は女と言う人は女性として認めるべきと言う判決結果が出た。その後、男性器を持っている人間が女性用トイレや女性用更衣室、女風呂などに、大勢現れる様になった。その為、女性が公衆トイレや女性更衣室などを安心して使えなくなり、各自治体などにクレームが殺到した。
そこで一計を案じたのが、東京都渋山区長の愛蒔区長である。愛蒔区長が公衆トイレを男性器あり用トイレと男性器なし用トイレを設置。正確には、男性用トイレを男性器ありトイレ、女性用トイレを男性器なしトイレと看板を付け替え、男性だろうと女性だろうと、男性器を持っている人は男性器あり用トイレを使用し、持っていない人は男性器なし用トイレを使用することと条例を可決し、これを破った人間は、区の迷惑防止条例違反とすると罰則付きの条例を作ってしまったのだ。その為、渋山区では、男性器なし用トイレに男性器を持った人間が入れなくなったのだ。
この条例可決後、渋山区では、女性が安心して公衆トイレを使えるようになった。
それを知った他の自治体もマネをし始めた為、国中に広まったのである。
いのりは、トイレから出てくると、今度は、男性器なし用シャワールームに行く。男性器なし用更衣室から出てくると、いのりは、胸に四つのポケットが付いている冒険者服に着替えていた。いのりは、ギルドの食堂へ行く。
ギルドの食堂は五時から入れるが、本職のコックが作った料理が食べられるのは、六時からである。あと数分で六時のタイミングでいのりは、食堂に入った。
ギルドの食堂の朝はビュッフェになっており、好きなだけ食べられるので、いのりはいつも朝一番で行き、お腹いっぱいに食べることにしていた。定額でお腹いっぱい食べられるからだ。
ビュッフェが行われているのは朝八時半までであり、八時までに食堂に入らないとビュッフェではなく、通常のメニューになってしまう。その為、ギルドの食堂で朝食を取る人は、七時台にやって来る。
その混雑を避ける意味もある。
いのりは食券の券売機の前まで行くと、券売機の整備を終えた職員と目があう。
「お嬢ちゃん。今日も早いね」
「うん。いっぱい食べたいから」
毎日朝一番に来るので顔見知りになっていた。
いのりは、食事を終えた後、しばらく食堂で、何もすることがなく、考え事をしていた。今朝見た夢を思い出し、弟妹たちの事を思い出していた。人攫いに攫われた後、消息が全然掴めていない。だから、お金を貯めて、ギルドに頼んで弟妹の居場所を見つけ出し、助け出したいと思っている。その調査費用の為にお金を貯め、助け出せるように強くなりたいと思っていた。だが、今やっている事は、安い報酬の簡単な依頼と、下水道にいる魔獣退治ぐらいであった。そのことを考えると、いのりはいつも焦燥感に駆られた。
ギルドの受付が始まるのは八時半からなので、そのちょっと前にギルドの受付のあるロビーに行く。
すでにロビーには、冒険者が集まり始めている。朝一番にクエストを受注したい人達が集まっているのだ。
クエストの内容が書かれている張り紙は、掲示板に張られているが、今張られているのは昨日から張られている物である。今日のクエストは、八時半を過ぎないと張られない。だから、昨日の時点で掲示板を見ていた冒険者は今見ても新しいクエストを見つけるのは難しい。
さらに言うと、Fランク冒険者である、いのりが受注できるクエストを見つけるのはさらに難しい。
しばらく待つと、八時半丁度に受付に受付嬢が立つ。
受付嬢とは別のスタッフが掲示板に新しいクエストを貼り始める。
クエストはだいたいランク毎に貼り出されるので、Fランククエストが張られる辺りへ行く。見るとやっぱり、新たなFランククエストはなかった。
顔馴染の受付嬢が受付に立っていたので、話を聞きに行く。
ギルドの帽子をかぶったいつもニコニコしているスタイルの良い美人の受付嬢、鋼崎にいのりは話しかける。
「新しい、Fランククエストはありますか?」
Fランククエストは、冒険者でなくてもこなせる簡単な物が多い。だから、Fランクのクエストを探す者は、そもそも一般のアルバイト情報誌を当たることが多い。しかし、いのりは八才の為、アルバイト情報誌のアルバイトは年齢制限で弾かれる為、冒険者ギルドで依頼されるのを待つしか無かった。
「ごめんなさい。今日もFランククエストはないわ」
「そうですか。ありがとうございました」
そう言うと、いのりは受付を去る。
いのりは、ギルドの近くを流れている川へ来ていた。川はコンクリートで護岸されていたが、ここ最近は国による管理がちゃんとされていないようで、ゴミが散見された。
金網に囲まれた、小さな平屋建ての建物があるところまで、いのりは来ていた。いのりは、特別中へ入るカギを借りており、金網の塀の出入口に取り付けられている南京錠のカギを開ける。中へ入ると内側から南京錠をかける。
小さな建物の扉のカギを開けると中へ入って行く。中には、地下への階段がある。いのりは、慣れた足取りで階段を降りていく。
そこは下水道であった。いのりは、魔獣を狩る為にここに来たのだ。
魔獣とは、倒すと死体が消え、魔石と呼ばれる石に変る化物の事である。弱い魔獣は小さい魔石、強い魔獣は大きな魔石になる。
そして、魔石は、魔法の道具の材料になるので、大きな魔石は貴重であった。
ただし、いのりがやって来た辺りに現れるのは、グレイラットという、小さいグズ魔石にしかならない魔獣とポイズンウイーゼルと言う一つ二千円~四千円の価値のある魔石になる魔獣であった。
下水の直ぐ傍までくると、早速、体長一メートルぐらいの巨大な灰色のネズミ、グレイラット一体と遭遇する。
グレイラットは直ぐ逃げ出すので、いのりは、創具の術で投網を出すと、すぐに投げる。グレイラットは網に掛るが、網ごと逃げようとするが、さらに、いのりは創具の術で槍を出し、グレイラットを刺す。グレイラットは消滅し、小さい魔石に変る。
創具の術とは、術者が構造や性質を理解している物を作り出す術の事である。いのりが使った技は、仮初の道具と言う技で、自分の体の一部と接触する状態で道具を作り出す事ができる。しかし、体から離れると一瞬で消滅してしまう。
ちなみに、現在、いのりが着ている冒険者服も創具の術で作った物である。
いのりが、網と槍を手放すと消滅する。そして、小さい魔石を拾うと、冒険者服のポケットの中にしまう。
グレイラットは、単独で行動している場合は、ほぼ逃げ出す。そして、カピバラよりも大きいネズミの癖にかなりすばしっこく、攻撃を命中させ辛いので倒し辛い。倒して得られる魔石は小さいグズ魔石だと考えると、逃げ出すのは放置しておけば良いと考えがちであるが……
いのりは、単独で遭遇したグレイラットを二十体ほど、倒したところで、六体同時にグレイラットと遭遇した。グレイラットは逃げ出すのではなく、一斉にいのりを攻撃し始める。
いのりは、咄嗟に巨大な防護盾を左手にとショートソードを右手に出し、防護盾でグレイラット四体の攻撃を防いだ。しかし、二体の攻撃は盾の外側からの攻撃だった。防ぎきれずグレイラットの牙による攻撃が左肩に当たり、冒険者服を切り裂き、いのりの肩を切り裂いた。もう一体は、いのりのショートソードで攻撃を受けられ、逆にショートソードで切り捨てられた。
いのりは、バックステップで距離を取る。
こいつ、病原菌持ちだ。傷口がチリチリ痛い。
いままでグレイラットを何度も狩ってきたから、その際に受けた攻撃で病原菌もその際に受けた。チリチリした痛みは、病原菌によるモノである。
普通の人がこの病原菌の影響を受けると、即効性はないので、しばらくは動けるが、数時間で高熱に襲われ、ニ、三日動けなくなる。
しかし、いのりは、特異体質なため、グレイラットの持つ病原菌には、ほぼ耐性を持っていた。その為、傷口がチリチリ痛むぐらいで、ほぼほぼ大した効果を受けなくなっていた。
グレイラット五体は、再びいのりを一斉攻撃する。一体は、いのりのショートソードに串刺しにされた。他の三体は、巨大な防護盾に弾かれた。そして、残りの一体の攻撃が、いのりの太腿に当たり、冒険者服を切り裂き、いのりの太腿から血を流させた。
グレイラットの集団による一斉攻撃はやっぱり厄介である。
普通の冒険者は、下水道に一人で入らない。最下級の魔獣のグレイラットでさえ、徒党を組むとこのように厄介だからだ。
いのりは、再びバックステップで距離を取ると、防護盾とショートソードを捨てる。防護盾とショートソードは消滅する。そして、いのりは創具の術で投網を出す。そして、グレイラットが一斉攻撃をしてきたタイミングで投網を投げる。残り四体を投網ですべて捕らえた。いのりは、槍を出すと落ち着いて全部に止めを刺す。
戦闘を終えたいのりは、周りに敵がいない事を確認すると、冒険者服のポケットに入れていた小さい魔石を小袋から取り出した、更に小さい小袋に入れ替える。そして、創具の術で出して着ていた冒険者服を消滅させ、インナーのみになる。
すると、グレイラットに傷づけられた左肩に創具の術で出したガーゼを当てボアテープで固定する。そして、太腿も同じように処置する。そして、新しい冒険者服を創具の術で着ている状態で出す。
創具の術は、使いこなせれば、結構便利な術であった。
いのりは、再び下水道を進む。すると、殺気を感じたので、いのりはそっちを見ると、暗闇からいのりを睨む視線を二体分感じた。