螺旋階段を上がる。塔の上に、ジャスパーの部屋はあった。
「失礼します」
ヤエルが扉を開き、アッシュとヴェロニカを部屋に入れる。
塔のてっぺんにある小さな部屋だった。帝国自由都市グラオトレイの最古参市参事会員にふさわしくない、質素で物の少ない空間。
朝日が窓から差し込み、一人用の椅子に深く腰掛けるジャスパーを照らしていた。皺だらけの白い肌に、白く長い薄い髪、目は青い。こけた頬と乾いた唇、顎には親指ほどの腫れ物があった。机には祈りで使う肩衣が畳まれている。
ヤエルは消えた。
「とても急用なそうで」
丁寧な口ぶりで、ジャスパーは言った。手元にあった聖書を閉じ、机の上に置く。
「私はヴェロニカ・シェーン・セラノ」
「自分はアッシュ・ルーランドです。初めまして」
「すまんね、狭い部屋で。椅子も一つしかないんだ」
ジャスパーは言う。
「それで、話とは?」
「アーティバッハをどうお考えですか?」とヴェロニカ。
「どちらのアーティバッハさんかな」
ジャスパーはとぼける。
「楽園派の指導者で、最近金にものを言わせて市参事会員になった男です」
「ヴェロニカさん、だったかな?」
どうやら興味を持った様だ。
「ええ、よく覚えてましたね」
「成程。そのアーティバッハがどうしたのかね?」
ジャスパーの口から、アーティバッハへの敬称が消えた。
「私達、彼に嵌められたんです。指名手配で都市追放の危機なんですよ。助けて欲しくて」
「ここは修道院です。何か勘違いされてる」
「アーティバッハの資金源が阿片密売だとしたら? 更に楽園派のカリオペ騎士団を強くする為に、ヨーク大陸の特別な寄生虫を手に入れ、魔導士を増やそうとしているとしたら?」
ヴェロニカの言葉を聞くと、ジャスパーが目を瞑った。何かを考えている様だった。
「寄生虫とは?」と短くジャスパー。
「話が早いですね」
「いいから話してくれ」
どうやらジャスパーも心当たりはあったらしい。
「魔導の才能を持つ虫で、人間に寄生するらしい。寄生された人間は魔導を使える様になる」
「よろしい、明瞭ですな」
ジャスパーは聖書の表紙に右手を乗せた。
「だが、それを私に伝えてどうしろと」
「気に食わないですよね、ラマ教の楽園派が。貴方達は十分の一税。向こうは十二分の一税。信者が長老派から楽園派にどんどんと流れていく」とヴェロニカ。
「このアッシュだって鞍替えを検討してますよ」
「それは言うな」
アッシュが言った。
「ジャスパーさん、ヴェロニカは時々ちょっと可笑しい」
「その様ですな」とジャスパー。笑いもしていない。
「アーティバッハを潰す機会を与えますよ。奴の陰謀を暴きます」
「証拠は? 貴方がたを信用すべき証拠はないのですか?」
「いい質問ですね」とヴェロニカ。
アッシュは深い呼吸をした。
「証拠なんてありません」
言い切った。
「ふむ、さてさて」
ジャスパーが顎の腫れ物を掻く。
「数日でいい、指名手配を保留にしてくれ。アンタなら出来るだろ」とヴェロニカ。
「保留が解除されれば、私達は指名手配犯に戻って、よければ都市追放、もしくは斬首。つまりここでの会話が公になる事はない。どうだ、悪い話じゃないだろ? アンタには損がない」
ヴェロニカの言葉から敬意がなくなった。緊張感が高まる。
「その間にアーティバッハの悪事を暴けるのかね?」
「ここでアンタが決断すれば、三日もしない内に税収が戻ってくる」
「参事会に手紙を書きましょう」
「流石、話が分かるな」
「私が動いたら、アーティバッハも知る事になる」
警告のつもりか。ジャスパーは言った。
「火花を散らすのは得意だ」
コイツは爆弾魔だ。火花みたいな可愛いもんじゃない。
「保険をつけたいのだが、良いかね?」
ジャスパーは再び顎の腫れ物を掻く。
「好きにしろ」
「失敗したら私のロイドン騎士団が君達の首を狩る。いや――性格にはアッシュ君の首を狩り、ヴェロニカさん、貴方は歯車になってもらう。いかがかね?」
「何を知ってる」とヴェロニカ。
「私の何を知っているんだ?」
「ヴェロニカさん、貴方は賢者の石を持っている。その胸の中に。違うかね」
「さぁな」
とぼけるヴェロニカ。
「私はその力が欲しい。文献によると、賢者の石は人造の肉体に結びつき、力を発揮する。その魔力は血となり命の代替品となり、万物の動力となる」とジャスパーは続ける。
「私を利用するって事か」
「何故私が知っているか、理由は聞かないのかね?」
「アンタは大物だ。そして私は裏の世界じゃ有名人だ」
「よろしい。ではいいのかね?」
「そこまで私が欲しいのか?」
「永遠だ、ヴェロニカさん。磔になり、永久機関の動力として、永遠に魔力を提供して頂く。いいのかね?」
どこか穏やかなジャスパーの表情が不気味だった。
「問題ない。なぁ、アッシュ」
即答かよ。
「問題あるだろ」
アッシュは言った。失敗すればアッシュは死ぬ。
「俺は死にたくない」
「問題ないよな」と再びヴェロニカ。
腹を殴られた。拳がめり込む。
「問題ないです」
アッシュが唸りながら声を絞り出す。
「よろしい、決まりましたな。ヤエルを呼んできてくれないか」
「恩に着る」とヴェロニカ。
「アッシュ、ヤエルを連れて来い」
アッシュはヴェロニカの命令に従う。